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「うわーあ」
どこまでも高い青空。
見渡す限りの水平線。
髪をなぶる潮風。
そして大海原を青チャリで二ケツするわたしとクザンさん。すごい字面だ。
といってもわたしの席はクザンさんの後ろではなくて手前、彼の足の間である。後ろだと落ちたとき危ないとのことだから、多少ソワソワする位置だけどまあ仕方ない。実際クザンさんの背中にしがみついてられる自信もないし。
本日は、あのセーラー服事件と引き換えに手にした、クザンさんとチャリデートの日である。午前中は手早く家事を済ませて執務室に向かい、クザンさんから言い出したのだからと昼前までに仕事を終えていただき、そして現在、わたしたちはこうして海の上にいる。
「こらこら、ナマエちゃん……あんまり身を乗り出さないでちょうだいよ」
「ちょっとくらい許してくださいよ。しかしこれすっごいですねえ」
「フフ……今まで見たことねェくらい楽しそうだな、お前さん」
キコキコと自転車を漕ぎつつ、海を凍らせていくクザンさん。うーん、いつ見ても便利な能力だ。わたしが今まで出会った人が持つ"悪魔の実"の力の中では二番目くらいに羨ましい。だってサカズキさんのは危なすぎて逆に使い所に困るし、ボルサリーノさんのは速度は羨ましいけど光るってちょっと恥ずかしいし、スモーカーさんなんてモクモクするだけ……いや、よく考えたらふわとろ煙が自分で作れるのか、それはちょっと羨ましい。
「だってこんな体験、クザンさんでもなければ一生できないですよ。誰だってはしゃいじゃいます」
「そうか? このチャリに人乗せるのはナマエちゃんが初だからな……他の奴の反応なんて知らねェのよ」
「えー、それは勿体無いですって。わたしのためにも青チャリ海面散歩五時間コースとかから始めていきましょうよ」
「そりゃちょっと長すぎじゃねェの、おれをどれだけ酷使する気なのよ。それにこれ、意外と体力使うから……っと、ごめんよ」
チリンチリンとベルを鳴らしながら、クザンさんは飛び跳ねた魚が凍りつかないようにするりとハンドルを傾ける。海面を覗き込むと、鈍色の鱗を煌めかせた魚の群れが泳ぎ去っていくのが見えた。
「しかし残念だったな、ナマエちゃん」
「ん? 何がです」
「外出許可の話よ。日帰りしか駄目となると、そう遠くにゃ行けねえでしょ」
「ああ、それですか」
そうなのだ。そもそもクザンさんの条件では、自転車に乗せることに加え、好きな島に連れていってくれる……とのことだったのだが、外出前にセンゴクさんやおつるさんから
『一応君は保護対象扱いだからな……いつまでも縛り付けはしないが、ひとまずは近場にしておいてくれ』
『そうさね、まあ夕方までには戻っといで。それにクザンもあんたの管轄ってわけじゃないだろう?』
と言われてしまったので、今日は暗くなる前に帰らなくてはならないのである。わたしとしては預かってもらっている身の上であるし、当然の言い分だと思うし、その点に文句はないのだが……しかしこれは付き添いがクザンさんってのが問題な節がある。おつるさん曰く『やる時にしかやらない子』だそうで、クザンさんはイマイチ人間性に信用がない。まあ普段からサボリ魔だし女性関係にだらしない人だから仕方ないのかもしれないけど。
それはそれとして、多分スモーカーさん付き添いなら日跨ぎの許可も出るのだろうし、遠出はまた別の機会にお願いしよう。そもそもわたしの管轄はスモーカーさんなんだから、本来はあの人がセンゴクさんとかおつるさんみたいなことを言わなくちゃならないんだと思うが。
「いいんです。クザンさんがオススメスポットに連れてってくれるらしいと聞いて、わたし結構期待してますから。なにしろこの辺りのことは詳しくないので」
「あららら、そりゃおれも責任重大だな。ま、いつも頑張ってくれてる礼も兼ねて、今日は気楽に過ごしてくれや……」
珍しくいつもよりやる気を出してくれているクザンさんにお礼を言いつつ、わたしは向かい風で暴れる前髪を押さえつける。しかしクザンさん、どことなく元気がないのは気のせいだろうか。サカズキさんが帰ってきてからはずっとそんな感じである。わたしを雇い始めたことで書類仕事も結構真面目にしてくれているようだし、彼にとっても気分転換になれば良いのだが。
遠くを眺めやれば、正面の水平線から小さな小島の影が顔を出すのが見えていた。
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