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「クザンさん、こんにちはあ」
「おォいらっしゃい、ナマエちゃん」
今日も今日とて、クザンさんの元に顔を出したわたし。でかい図体でだらりと執務机に頬杖をつく例のおっさんの目の前には、色とりどりの小さい箱が山積みにされている。それはどう見ても小学生の味方、安価で美味しい日本の伝統的甘味――こと駄菓子だった。
「これ駄菓子じゃないですか! へーっ、ここにもちゃんとあるんですね」
箱を手に取って眺めれば、ラムネから10円ガム、準チョコにうまい棒的なものと何から何まで勢揃いしているのが分かる。これにテンションの上がらない人間がいるだろうか。いや、いるはずもない。いるとしたら毎日が光に溢れていたあの頃の記憶を失った可哀想な人とかそういう感じだろう。間違いない。
「お……ナマエちゃん知ってんのね」
「知ってるも何も、わたしの故郷ではみんな大好きですよ。これ、どうしたんです?」
「"東の海"のとある島の名産品らしいのよ……最近海兵の出入りが多いのは知ってんだろ? それで戻ってきた知り合いの海兵がくれたって寸法だ」
「いーいですねえ。昔はこういうのを大人買いするのに憧れたもんです。懐かしいなあ」
安っぽいロゴが貼りついた包装の数々に、自分の目が輝くのがわかる。ここに来てから日本のことはあんまり思い出さないんだけど、こういうのを見ると感傷的になってしまいそうだ。そんな感じで駄菓子に夢中になるわたしの頭上から、クザンさんの含み笑いが聞こえてきた。
「フフ……ま、こんなにあっても困るんでなァ。好きなだけ食べてってくれや……あれだったら持って帰っても構わねェしな」
「やった、いつもありがとうございます」
「ちなみにどれが好きなのよ」
「わたしは基本的になんでも食べますけど、よく買ってたのはそれですね。茎わかめ」
「ナマエちゃんらしい微妙なチョイスだな」
くつくつと笑いつつ、クザンさんはわたしが指差した茎わかめの封を切る。微妙に煽られてる気もするけど食べるには食べてくれるらしい。でも茎わかめはほんとに美味しいんだぞ。とか思っていると、いきなり口の中に茎わかめを突っ込まれた。
「もぐぁ! ちょちょちょっ、いきなり何すんですか。クザンさんの想定よりわたしの喉は細いんです、詰まったら即死しますよ」
「お前ね……もうちょっと照れるとかねェの?」
「クザンさん相手って無理がありますよ」
それに今のどう考えても照れる場面じゃなかっただろう。なんでそんなに残念そうなんだ。喉に詰まったら死ぬところだぞ。てかこんな危険を冒させてまで、一体わたしに何を求めてるんだこの人は。
「あ、でも美味しいですね。懐かしい味がします」
コリコリと歯ごたえのある茎わかめを咀嚼すると、最近はあまり流行らないノーマルな味わいが口の中に広がった。梅とかしそとかは嫌いじゃないけど、なんだかんだこれが一番好きだったりする。にしても日本ではスーパーとかに売ってるのに、マリンフォードでは茎わかめ自体見かけないんだよなあ。やはり一度作ってみるべきか。
クザンさんは普通に喜ぶわたしを見て愉快そうに笑みを深める。彼曰く、わたしの食べている姿はなかなか見てて楽しいらしい。喜ぶところか迷う評価だ。
「……しかしナマエちゃん、懐かしいっつってもお前さんからすればほんの数年前じゃねェの?」
「いや、そんなこたないですよ。あのときって小学校低学年とかですから、もう10年は昔の……」
話です、と言いかけたところで、駄菓子の山に紛れた商品の一つがふと目に入った。
「お」
そうそう、こんなものもあったなあ。包装の山を掻き分けてお目当を引っ張りだすわたしを、クザンさんが興味ありげに覗き込んだ。
わたしの気を引いたのは手のひらに乗るくらいの小さな箱だ。一瞬中身が無いのではと疑うほどに軽いが、振ればちゃんと音がする。そう、これこそ皆が一様にカッコつけて食べたであろう……あれだ。
「――クザンさん、これ、貰ってっていいですか」
駄菓子によるものだろうか、ふと脳裏に浮かんだのはずいぶん子供っぽい提案だ。弾む声でそう言ったわたしに、クザンさんは不思議そうに首を傾げた。
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