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ごぼり。
耳元でくぐもった泡音が聞こえる。上下からのし掛かる冷たい圧力に、体が押しつぶされてしまいそうだ。口と鼻と耳の中、ざらりと液体が流れ込んでくる。ひどく塩辛い。息ができない。鼻の奥がツンと痛んだ。
なんだこれは。何が起こってるんだ。
どうやら瞼を塞いでいたらしい。薄く目を開けると、揺らめく視界の中、遠くの方にみなもが見えた。真っ直ぐ瞳に差し込んでくる太陽の明るさで、暗がりに慣れた目が眩む。なんて綺麗な青だろう。きらきら光っていて、泡の一粒一粒が優しく肌を撫でて、瞼の裏に残る闇の名残さえも掻き消していくようで――って待て、見とれてる場合じゃない。
このままじゃ本当に死んでしまうぞ、わたし。何がどうしてこうなってるのかはさっぱりだけど、このしょっぱさとうねるような水流、現状は間違いなく海の中だろう。となればひとまず酸素にありつくべく上を目指さなくては。息ができないってのは文字通り死活問題だし。そう、あそこにさえ行けば助かるはず。
……まあわたし、泳げないんだけど。
言ってる場合ではない。なんだったっけ、力を抜いたら浮くんだっけ。さっき余計にもがいたせいで心なしか沈んでしまった。というか現在進行形で沈んできてる。たしか服を着たままだと布が水を吸うって聞いたことあるから、これはなんとか脱ぐしかないのだろうか。しかし今更、そんな実力も気力もない。となると、あれ?
「これ、死ぬのかな……」
そんな呟きは音にさえならず、泡に紛れてひとり立ち上っていってしまった。ああ羨ましい。苦しい。酸素が欲しい。ばかみたいに重たい体を引っ提げて海に沈むのを待つくらいなら、もっと楽な死に方を選びたかった。
一体、わたしはなんで海の中に? その答えを探してみても、記憶は混濁するばかりで思い出せることは何ひとつない。……なんて災難だ。自分がこんな場所にいる理由もわからないまま死んでしまうのか。
そもそも、どうして周りに誰もいないんだ。目が覚めたら海の中、なんて普通に考えてあり得ないんだから、少なくともわたしをこんな目に合わせたやつの顔くらい拝めるはずだろう。けど、船影も見当たらないし、人の気配さえないし、わたしは海の真ん中に放り出されている。なにかがおかしい。どうしてこんな目に遭うんだ。こんな場所に居るのはわたしの意思じゃないのに、一人寂しく海に殺されるなんて理不尽すぎるだろう。
死にたくない。本当は怖くて仕方ない。あまりに苦しくて泣き出しそうだ。助けてくれ、誰か。
そうだ、わたしはこんなにも死にたくない――
次の瞬間。突如、背中に強い衝撃を感じたかと思えば、わたしは海面に突き上げられていた。
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