No Smoking


▼ 08-2/3

 正午。

「おォ、ナマエ! こっちじゃ、こっち!」
「ガープ! 貴様もう少し大人しくできんのか!」

 食堂を訪れるとやたら仲よさそうなお二人さまがいらっしゃった。見れば彼らのテーブルにはずらりと料理が並んでいる。いきなり来たのにご一緒していいのだろうかと悩みつつ、肉を食べながら手を振るガープさんに返事をして近寄ると、遠巻きに見ている海兵さんたちがほんの少しどよめいた。

 ガープさんは、おつるさんと同様にわたしのことはたしぎ姉さんから聞かされていたらしく、初対面からわたしに対してとても親しげだったのもあり、あれよあれよと言う間にお友達になった。そのときはおせんべいを分けてくれるいい感じのじいちゃんと言う認識だったのだが、後々クザンさんにガープさんが海軍の英雄とか呼ばれてるなんかものすごい人だとお聞きし、まじかよと驚いたのはまだ記憶に新しい。センゴクさんとおつるさんとガープさんの三人は同期とのことで、すごいのも当然のような気はするが。

 ていうかそうだ、この人たちって偉い人なんじゃないのだろうか。偉い人はあんまり食堂には来ないイメージだったけどそうでもないのかな。ガープさんの場合は、部下の人たちにも砕けた態度で和気藹々としているようだったから分かるのだけど……センゴクさんがいるせいか周りの海兵さんたちも気を遣っているみたいだ。

「こんにちは、ガープさん、センゴクさん」
「どうしたんじゃナマエ、ここでお前を見かけるのは初めてな気がするのう」
「ときどき来てますよ。わたしもガープさんがここによく来てるのは知ってましたけど、センゴクさんは初めて見ました」

私がそう言うと、センゴクさんはガープさんを睨みながら眉間のしわを深めた。

「私はこいつに無理やり引きずり出されただけだ。たまには時間を取って食事しろとな」
「センゴクお前、元帥になってからカリカリしすぎなんじゃ。メシくらいゆっくり食わんか。それからたまにはわしと遊んでくれてもいいじゃろ、付き合い悪いぞ」
「ガープ……」

もぐもぐと咀嚼しつつ話すガープさんと、その横で頭を抱えるセンゴクさん。いつもに増してお疲れのようである。

「まあセンゴクさんもお忙しいんでしょうけど、ご飯はちゃんと食べたほうがいいですよ」
「ぶわっはっはっは! 見たかセンゴク、ナマエもわしの味方のようじゃぞ! ほれナマエ、これを食え! これとこれとこれもやろう!」
「多いです」
「そうか! ならわしが貰う!」
「少ないです」
「仕方ないのう、ほれ!」
「あまりにも多いです」
「お前わがままじゃなー」
「……ガープ、いい加減にしてやれ」

 センゴクさんはガープさんの顔を押しやると、山積みの料理を取り分けてわたし用の皿に盛り付けてくれた。なんだかんだセンゴクさんもわたしに甘い。少しばかり気後れしながら皿を受け取り、わたしは彼らの向かい側に腰を下ろした。

「ありがとうございます、センゴクさん」
「気にするな。君も大変だろう」

 センゴクさんは味噌汁を啜りつつ、同情の眼差しでわたしを見る。うーん、大変とはいえセンゴクさんには遠く及ばないと思うんだけど。しかしこのおじいさまは唯一異世界の知っていることもあり、色々と気遣ってくれてありがたい限りだ。

「そういえば、あれからなにか思い出したのか?」
「いえ、相変わらずですね。ああでも、夢を見ても忘れなくなりました。魘されることも減りましたし」
「ふむ、変化があったのか……また何かあれば相談してくれ」
「はい。センゴクさんがお忙しくなければ」

 そんな会話をしていると、黙々と料理を掻っ込んでいたガープさんが不機嫌そうにわたしたちを見やる。

「なんじゃ、わしは仲間はずれか」
「そうだ、ガープ。貴様には関係のない話だ」
「フン、偉そうに!」

悪態を吐きつつも、ガープさんは笑顔だ。このお二人は若い頃からの長い付き合いなのだろうし、いかにも戦友という感じで素敵だと思う。得難い関係だ。

「ン? なに笑っとるんじゃ、ナマエ」
「いや、お二人は仲よさそうでいいなあと思って」
「ぐー……」
「……?」
「ぐー……」
「ガープさん、起きてください」
「ハッ、寝とったわい。なんじゃナマエ」
「えーと、ほら、お二人は仲良しですよね」
「ぶわっはっはっは! わしらを見て仲がいいとは! そんなことはおつるちゃんしか言わんぞ!」

「ナマエ、少しは腹を立てても構わんのだぞ……」


 そんなこんなでガープさんは気持ちがいいまでの食べっぷりを披露して皿を空にしてしまった。その一部をいただいただけとはいえわたしもお腹いっぱいである。ご馳走様でしたと手を合わせたあと、そういえばとわたしは周囲を見回した。

「なんじゃ探し物か、ナマエ」
「いえ。お昼は食堂のはずなのにスモーカーさん見てないな、と思いまして」
「あァ、スモーカーなら早めに食って戻ったぞ」

なるほど、どうやらすれ違ったらしい。別に会いたかったとかいうわけではないのだが、実を言うとわたしはまだ本部内でスモーカーさんに遭遇したことがない。つまりたしぎ姉さんやスモーカーさんの部下の海兵さんたちにもしばらく会えていなかったりする。うーん、とはいえ、用事もないのに訪ねるのもあれだし。

「あ、そうだ」

 突然声をあげると、再び言い合いを始めようとしていたガープさんとセンゴクさんに視線を移される。そんな二人の方に、わたしはポケットに入れていたメモを差し出した。

「わたし専用の子電伝虫用意してもらったので、連絡先お伝えしといていいですか?」

 センゴクさんはわたしの手から既に番号の書かれているメモを受け取り内容を確認すると、ああ、と頷いてポケットにしまい込んだ。

「準備がいいな。何かあれば私からも連絡しよう」
「ありがとうございます」
「君はこれからクザンのところへ?」
「あ、そうですね。そろそろ行った方が良さそうです」

 ガープさんがわしの分は!?という顔をしているのをスルーして、わたしは椅子から立ち上がる。なんだか思ってたより賑やかなランチになったので満足だ。

「お昼、ありがとうございました! ご一緒できて楽しかったです」

わたしは笑顔でお二人に頭を下げ、彼らが微笑むのを確認してから、クザンさんの部屋へと足を向けた。



 午後1時。

「遅ェじゃないの、ナマエちゃん」
「早いくらいですよ……ってなんですかそれ」

 襖を開けると目に飛び込んできたのは、大量のカタログらしきものを机に広げ、積まれた布生地を手にメジャーを掲げるクザンさんである。また性懲りも無くなにやってるんだこの人。しかしなんとなくあのおっさんの意図が掴めてしまった気もするわたし。

「まァとりあえず座んなさいよ」
「はい、お邪魔します」

 クザンさんは珍しくソファの方に腰を下ろしているので、いかにも座れと言うように開けられたお隣のスペースへ失礼する。狭くはないがやっぱりでかい。相変わらずのサイズ感だ。

「それで、これは一体なんですか? わたしが頼んだのは美味しいお菓子だったはずですけど」

 見渡しても、そこにあるのは色とりどりの布生地とカタログだけだ。見たところ何かのファッションカタログだろうか。どう見ても女物だし、クザンさんのためのものでないと言うのは確実だが、となるとやはりわたしのものだろうか。

「おやつにするにはまだ早いでしょ……せっかく時間もできたことだし、そろそろナマエちゃんの制服を用意してェと思ってな」
「制服? なんでまた」
「ほら、ナマエちゃんはおれに雇われて海軍で働いているわけじゃない……私服ってのも目立つだろ。ま、おれが着せたいだけってのもあるんだが」

 最後の一言は無視して、そう言われると確かに私服を着てるのはそれなりに地位のある一部の人だけだ。海軍に入り浸る以上規則には従っておいたほうがいいのかもしれない。海兵さんたちだってみんな同じ制服を着てるし。うーんしかし、あんまり考えてなかったけど、目立ってたのかわたし。

「制服というと、海兵さんたちみたいなのですか?」
「そうだなァ、とはいえナマエちゃんは海兵ってわけじゃねェもんで、そのまんまってのもな……どうしようかと色々調べてるところだ」
「なるほど」

パラパラとカタログを眺めてみるがいまいちピンとこない。わたしとしては、周りに馴染めるんだったらなんだって構わないのだけど。

「おれァ秘書っぽくスリットの入ったタイトスカートとかを履いてもらいてェのよ」
「その趣味はおっさん臭いですよ。てか絶対似合わないの分かって言ってますよね」
「似合わねェとは思わねェが、確かにナマエちゃんはどっちかというと可愛い系だしな……ま、デザインは後々決めるとして」

 そう言いながらカタログを閉じ、いきなりこちら側へ振り向いたクザンさんに、わたしはメジャーを押し付けられていた。

「とりあえずスリーサイズ測るか」
「は」

 ついていけなくて思わず間抜けな声を出してしまった。ていうかスリーサイズって。
 いやいや、駄目だろう。セクハラだ。クザンさんが女たらしなのは薄々察しているとは言え、この発言は庇いようもなくセクハラだ。世が世なら、例えばジャパンとかなら訴えられても文句言えないぞ。まじで、本当にスリーサイズが必要だとしても、せめてもう少し遠回しに言えないのかこの人。せめて「測るか」じゃなくて「教えて」だったら情状酌量の余地もあったのに。流石のわたしもびっくりしたよ。

「待ってくださいよ。色々言いたいことはありますけど、下着を買うわけでもあるまいし、スリーサイズなんて要らなくないですか、クザンさん」
「そう照れんなって。折角オーダーメイドするんだから、丁度いいサイズに越したことないでしょ」
「はい? オーダーメイド?」
「おォよ」
「えっ、聞いてません。わざわざ作るんですか?」

 てっきり買うのだとばかり思っていた。ていうかオーダーメイドって、生まれてこのかた一回もしたことないぞ。自分の背丈に合わせて作ったものなんてせいぜい家庭科のエプロンくらいだ。それも自作だし。

「そりゃそうでしょ。おれだって服はいつも仕立ててる……ナマエちゃんもサイズの合わない服ばっか着てねェで、ちゃんとしたの着なさいよ」
「クザンさんはでかいから仕方ありませんけど、わたしはそこまでしなくても困りませんし。これでも一番小さいサイズを買ってるんですよ」

 実を言うと最終手段、子供服売り場に行くという手は残されているのだが、無いようなもんとはいえほんの僅かにあるわたしのプライドが折れそうなので避けている。実際ちょっと大きいくらいが楽だし。

「しかし、お前さんも女の子なんだから気ィつけなさいよ。いつもうなじから背中にかけてが丸見えで……」
「そういうフェチのカミングアウトは求めてません」
「あらら、そんなつもりじゃねえんだが。しかしフェチというか男なら誰しも……ん? ナマエちゃんこんなん付けてたっけか」

 いきなり話を変えるクザンさん。彼の視線の先にあるのは、わたしの首元に引っ掛けられた細っこいチェーンだ。今朝スモーカーさんに頂いたものである。

「スモーカーさんには身に付けなくてもいいって言われたんですけど、失くしそうなので持っとくことにしたんです。ほら、これ」

タグの部分を引っ張り出してクザンさんの正面にかざすと、彼はあァと頷いて、ついでのように金属板に目を通した。

「お、海軍本部保護対象……は知ってたが、それもスモーカーの管轄だったのね。おれのことは書いてねェのか、残念だな」
「まあこの仕事? っぽいもの、不正規ですからね」
「なんなのよ、その微妙な言い方。しかしコリャ、なんというか……」

クザンさんは歯切れ悪くポリポリと頭を掻く。その反応の意味がいまいちわからず、わたしは黙って首を傾げた。

「いやァ、中々に独占的じゃねェの」

? なんのことだ。

「誰がですか」
「誰がってわけでもねェんだが……強いて言うなりゃ絵面がな。ナマエちゃん、これじゃまるでスモーカーの飼い犬みたいなもんじゃない」
「はい?」

くつくつと笑い出したクザンさんにわたしは目を丸くする。確かに朝スモーカーさんとそんなような話はしたが、文面をチラッと見られただけで言われてしまうほどあからさまなのだろうか。だって実際、わたしの預かりはスモーカーさんがしているわけだし、特におかしいことはないと思うのだが。

「認識証に他人の名前が載ってる時点で珍しいんでなァ、つまり自分に何かあったらまずそいつに連絡が行くわけだし……。ま、このまま付けときゃいいんじゃないの。ナマエちゃんにはお似合いだと思うぞ、おれは」

なんか釈然としないまま、微妙にからかうような表情のクザンさんにも似合うとかなんとか言われてしまった。ていうか嫌だな、首輪の似合う女とか。なんだと思われてるんだ、わたし。

「うーん……まあちょっと恥ずかしいので、人に見せるのは避けることにします」

わたしはクザンさんの手からタグを引ったくり、ほんのり気まずい心地で襟の中にしまい込んだ。

「それじゃ早速測るか、ナマエちゃん」
「うちに帰ってからひとりでやります」
「あらら……つれねェな」



 午後3時半。

 あれからクザンさんとだらだら時間を潰し、3時にはおやつを食べ、そして現在。ようやくだらけきったモードから解放されたわたしは廊下を渡り、我が師匠の元へ向かっている。これから2時間ほどはおつるさんのもとで修行に励むのだ。


「あら、ナマエちゃんが来たわよ!」

 おつるさんの部下のお姉さんがわたしを発見して嬉しそうな声をあげた。常日頃からここに出入りしていると、お姉さんしかいないおつるさんの部隊にも顔馴染みが増えてきた。向こうもわたしみたいなタイプは珍しいのか、まるで妹のように……というかおもちゃのように可愛がってくれる。とはいえ、お姉さんにちやほやされるというのは中々に役得だ。

「ナマエちゃんは今日もナチュラルないい匂いね」
「あいかわらず髪の毛柔らかいわね、シャンプーはなに使ってるの?」
「お肌もすべすべじゃない、若いっていいわァ」
「頭ボサボサじゃない、ちゃんと寝癖直してるの?」
「せっかく素材がいいんだしもっとおしゃれしなさいな、ナマエちゃん」
「髪の毛結び直していいかしら」

 そんなこんなであっという間にとり囲まれてしまった。何だかいい匂いのするキャッキャした空間から逃れられない。ナイスバディなお姉さんの波に飲まれてしまったかわいそうなわたし。ていうかそんなにわたしの髪が気になるのかお姉さん。

「おやめ、あんたたち」

 ぴしゃりとおつるさんの叱責が飛んだので、お姉さんたちは名残惜しそうに笑いながら、そろそろと身を引いていく。おつるさんは解放されたわたしの姿を見て、面白いものでも見たように目を細めた。

「おやおや、ナマエ。突風でも浴びたのかい」
「なるほど、的を得た表現ですね」
「フフ……ほらおいで、そんなんじゃあ洗濯もできないだろう」

 おつるさんはわたしを呼びよせて、手早く髪を引っ詰めてくれた。髪質のせいもあっていつも襟足の髪は落ちまくってほとんどハーフアップになるんだけど、さすがおつるさん。めちゃくちゃ綺麗な一つ結びです。

「さ、今日も教えることはたくさんあるよ。急いで準備をし」
「はい、おつるさん!」

 本日も洗濯日和である。

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