▼ 07-2/4
「こんにちは。わたしナマエっていうんですけど、本部の中に入ってもいいですか?」
今日の警備の海兵さんは、どうやら昨日とは違う人らしい。背の高い海兵の男性は、わたしが名乗るとほんの少し驚いた顔をした。
「ナマエ? 君、確か保護対象の子だったな。通ってくれて構わんよ」
「おお、ありがとうございます」
「それから……君が来たら部屋を訪れるように伝えてくれと大将青キジが仰っていた。頼みたいことがあると」
「クザンさんが?」
あの人がわたしに頼みごととはなんだろう。サボりたいから身代わりになってくれとかだろうか。そんな感じの頼みなら丁重にお断りさせていただこう。
「了解しました。お勤めご苦労様です」
「……君、大将直々に頼みごとをされるとは、一体何者なんだ?」
「知りたいですか。なんとわたし、只者です」
戸惑っている海兵さんにアホなセリフをかまして、わたしは入り口を通り抜けた。そしてくるりと周囲を見回して分かれ道を確認し、Uターンする。
「あの、海兵さん」
「まだいたのか、君……なんだね」
「クザンさんの部屋どこかわかります?」
わからないのも無理はない。だって昨日はクザンさんについてっただけだったので、道なんて覚えていないのだ。海兵さんの微妙な呆れ顔に、わたしはあははと笑顔を向けた。
「よォ、ナマエちゃん。また会ったな」
「こんにちはクザンさん。すぐでしたね、再会」
相変わらずでかい図体でだらけきっているクザンさんは、部屋に入ってきたわたしに気づくと、アイマスクを持ち上げて楽しそうな笑顔を浮かべた。
あのあと結局説明を聞いても道がわからなかったので、海兵さんにここまでわざわざ送り届けてもらってしまった。しかしいい人だった。質問には律儀に答えてくれたし、割と事細かに説明してくれたので、今度からは一人でも辿り着けそうだ。
「それで頼みごとって?」
座るようにと促されたのでソファに身を沈めながら、わたしはクザンさんに質問を投げかける。クザンさんはどこからかジュースを取り出してコップに注ぎ、即席で氷を作って放り入れつつ、「それなんだが」と切り出した。
「ナマエちゃん、結局スモーカーんとこで世話になるんだってな」
「そうなんですよ、不本意ながら」
「不本意なァ。ま、いいじゃないの、スモーカーとは仲良くやってるみてェだし……そこで提案があってな」
クザンさんは執務机を離れ、わたしの向かいに腰を下ろした。冷えたジュースが目の前のテーブルに二つ置かれる。なんか独特な色合いをしているが何味だろう。
ていうかクザンさんの座ってるそこ、畳とはいえ床だけどいいんですか。昨日から思ってたけど海軍本部、畳を土足で歩くのは如何だろう。日本人のわたしとしては抵抗感が大である。
「ナマエちゃん、今後どうするのか考えてるか? スモーカーんちでずっと家事するわけでもねェでしょ」
「ん〜、まあしばらくはお掃除で忙しいですけど、確かにそれが片付いたら暇ですね。あれだったらバイトとかしてもいいですけど」
「そうか……そんならよ」
おお、ジュースおいしい。クザンさん、もしかしてまたレアものを出してきたのだろうか。どうやら能力でコップごと冷やしたらしく、全体がキンキンに冷えている。なんて便利な能力だ、羨ましい。
「おれんとこで働く気はねェか」
「………………えぇ……?」
うわ、ジュースに気を取られていたせいでちょっと失礼すぎる声が出てしまった。一応もっとライトな感じで、「えー!?」みたいな声を出すつもりだったのに。お口がミスったよ。
しかし許していただきたい。なにしろクザンさんの下で働くとなると大体どうなるか予想がつく。わたしが渋るのも詮無いことだ。だって大方、
「あなたも働いてくださいクザンさん!」
「仕事なんて明日からでも困んねェでしょ……ほら天気がいいし昼寝でもするか」
とかそんな感じになるに決まっているのだ。自分で言っといてアレだが的を射過ぎてる。絶対いやだこんなの。仕事しないと分かってる人のところで働く奴がいるか。まったくこのオサボリさんめ。
「ちょっとちょっと、なんなのよその声」
「ごめんなさい、口が滑りまして。ここまであからさまに嫌がる気はなかったんです」
「嫌がるつもり自体はあったわけね……」
クザンさんはポリポリと頭を掻く。
「だってわたしが働いてもクザンさんは働かないでしょう、絶対」
「あらら、ひどい言い草じゃない。いくらおれだってナマエちゃん一人にあくせく働かせるような非人道的なマネはしねェよ……俺が働いてるときにでも手伝ってくれりゃいい」
「なんですそれ。ていうかそもそも、わたしになにを手伝えってんですか。言っときますけどわたし腕っ節は人並み以下、デスクワークは人並み、雑用根性は人並み以上、消臭への執念は人並外れですからね」
「なんの情報なのよそれ……」
クザンさんは困り顔で、コップを手にしてジュースを啜る。というかなんでまたこの人、わたしをやたら気に入ってんだろう。手伝いが欲しいならわたしじゃなくても、他にたくさん立候補者がいそうなものだけど。
「お前さんみたいな奴はそうそういねェだろ……おれとしては逃したくない人材なんだが。何しろ話し易いし、サッパリしてるし、やるこたァやるし、よく食うし、それに可愛いからなァ」
「今わたしちょっと照れました。レアですよ」
「マジか……気づかなかった」
昨日のたしぎさんとの会話を聞いてて思ったけど、クザンさんはサラッと褒めるし口説いてくるなあ。こう見えてプレイボーイなのかもしれない。いや、ボーイって歳ではないだろうけど。やはりセクハラ親父が適当か。わたしはさておき、昨日のたしぎさんへのセリフは訴えられても仕方ないもんな。
「でもほんとに、わたしって特に役立たないと思いますよ。それにクザンさん、今まで手伝いを雇おうとか考えたことないでしょう。なんでいきなりこんなこと言い出したんです?」
「いや、いきなりってわけでもねェのよ? 昨日助けた時から考えてた話だしな。でも、ま、そうだなァ……本当のとこ言うとよ」
クザンさんはコップを机に置くと、にわかに真剣な顔になってわたしを見た。わたしもコップを口に挟んだままじっと彼を見つめ返す。昨日に増して会話がぐだぐだなクザンさんであったが、ようやくちゃんと話してくれる気になったらしい。
「ナマエちゃん、まだ小せェが将来的にゃいい女になりそうだからな。今のうちに粉かけとこうと思ったわけよ」
「ふざけてるんですか?」
色々と間違えまくってる台詞が飛び出してきた気がする。本気で何言ってんだこのおっさん。
「いい歳して下心満載過ぎないですか。言っときますけど、わたしは成長期終えてるのでこれ以上育ちませんからね。ご期待には確実に添えませんよ」
「んなわけねェでしょ。むしろこれから育ち盛りってとこじゃないの……。まァこの理由は冗談なんだが」
冗談なのかよ。まったく、めんどくさがりのくせにめんどくさいな、この人。ていうかわたしの話をちゃんと聞いて欲しいものである。スモーカーさんもだけど、本当にクザンさん、わたしのことを何歳だと思ってるんだ。
「真面目な話、おれもお前さんが心配なわけだ」
「?」
クザンさんは軽く笑いながらわたしの顔を覗き込んだ。ちなみにソファに座っているわたしと床で胡座をかいているクザンさんの視線は同じくらいの高さである。相変わらず規格外のでかさだ。
「昨日の件や、船旅の間の話を聞いてても思うんだが、ナマエちゃんはアレだろ……巻き込まれ体質でしょ」
「……いやだなあ。やっぱり、そうですかね?」
「まァな……今後も事件があるたびに、お前が関わってんじゃねェかとちょっと考えるだろうな」
「まじですか」
「大マジだ。そもそもマリンフォードの町では滅多に昨日みたいなことは起こらねェのよ。だからどーも、お前を町に放っとくってのは不安でな」
いやいや、とはいえわたしだって、まだ海賊絡みの事件に巻き込まれたのは2件だけだぞ。まあ島に上陸した回数もまだ2回だし、どちらも初日で遭遇したわけだけど……ん? これ確かにかなりの確率なのか。
「んでまた一日も経たねェうちに指に怪我こさえてんでしょ……なにしたのか知らねェけどよ」
指の怪我に関しては不可効力な点が多いので許してもらいたいけど、左手の人差し指から小指まで絆創膏を貼っつけている様子はかなり痛々しい。これはまあ心配もされるか。
「スモーカーもどうにかするつもりはあんだろうが、おれァやっぱりナマエちゃんに毎日本部へ顔を出させるべきだと思うのよ。こっちもなにかあったら気づけんだろ。一応センゴクさんはお前さんを保護対象にしたわけだし、どっかに攫われでもしたら海軍の落ち度になる」
「む……その辺の気遣いには遠慮はしませんけど、だからってなんでクザンさんがわたしを雇うんです?」
「それは今までだらだら説明した方が理由だ……単純におれはナマエちゃんを気に入ってんのよ」
クザンさんはジュースを一気に飲み干して、氷を噛み砕きながら口角を上げた。
「ま、ナマエちゃんが働いてくれる気なら、そうだな……午後から1、2時間ほど顔出しておれに書類仕事させりゃいい。なにしろおれはすぐ溜めるからな……おれが仕事してる間は、まァ書類整理でもするか、話し相手になるかしてくれや」
「仕事内容までぐだぐだっすね」
「楽でいいじゃねェの……それにアレだ、おれァずっと本部にいるわけでもねェからな。海賊とっ捕まえに出かけたりするんで、顔出してもおれが居ないときはあるんだろうが……ま、適当にやんなさい」
本当に雇う気があるのだろうかこれ。いや、むしろ無くてもおかしくないのか。言ってみればこれはわたしの安否を海軍大将として把握するための、わたしを本部に出入りしやすくするための方便でもあるわけだし。
まあいいか。実際、これと言ってやりたいこともないわけだし、悪い話じゃない。海兵になる気はないけど本部に居るなら、やろうと思えば多少の自衛手段を得ることもできるだろうし。
「うーん……そうですね。別に文句もないので、お言葉に甘えて雇われてみようかと思います」
「おォ、そうかそうか。んじゃ、気楽にやろうや」
「はい、では今後ともよろしくお願いします」
わたしが飲み干したコップを机に置くと、溶けかけの氷がカランと鳴った。
「……あ、ところでクザンさん」
「んん?」
「海軍本部に洗濯機ってないですか?」
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