No Smoking


▼ 06-2/4

 スモーカーさんは怒り心頭、私はといえば心配で胃が痛い。突然居なくなってしまったナマエさんを見つけることは、夕方になってもまだできずにいる。

 行方不明になった近辺の情報を集めたところ、最近あの辺でスリが多発していたらしい。ナマエさんはかなりあの鞄に拘っていたし、何か大事なものでも入れてあったようなので、確かにスられたら追いかけそうなところではある。それとは別に海賊の脱走の話も聞き、ますます不安は募っていく。
 ああ見えて頭の回るナマエさんなら先に海軍本部に向かっている可能性もある、と思ったのだけど、海兵が昼頃、それらしい少女をすでに追い返してしまったらしい。なら近くにいるはずだと探しても、まるで攫われたのかというほどに忽然と足跡を消したナマエさんは、まだ見つからない。

「……大将青キジが、海賊を捕捉した?」

 その情報をやっと掴んだのが、ついさっきだ。私とスモーカーさんはほぼずっと外を駆けずり回っていたため、本部の話はほとんど入ってきていなかったのである。話によるとその現場に、変な女の子がいたらしい。もしやナマエさんだろうか、あり得る話ではある。
 それなら大将青キジに心当たりがあるかもしれないと、彼と比較的親しいスモーカーさんと共に、私は海軍本部の上層部へ向かっているところだ。相変わらずスモーカーさんはピリピリしているし、わたしはソワソワしているし……はあ、ナマエさん、大丈夫かな。


「おや、スモーカーじゃないか。戻ってたのかい」
「ぶわっはっは! 相変わらず険しい面じゃのう!」

 黙々と歩を進めていると、和風に統一された木製の廊下の向こうから、二人の中将が姿を現した。大参謀おつるさんと、海軍の英雄ガープ中将だ。

「……どうも、お揃いで」

不機嫌そうなスモーカーさんはあの二人を前にしても憮然とした態度を崩さない。こういうスモーカーさんはいい加減見慣れてはきたけれど、それでも毎回寿命が縮む思いをする。せめてもう少し、愛想よくしてくれても……。

「相変わらず苦労してるね、たしぎ」
「は、はいッ!? いえ、そんなことは……!」

いきなり話を振られて動揺する。おつるさんはガープ中将に絡まれているスモーカーさんを横目でみやり、ゆるりとため息をついた。

「あんたの決めたことだからとやかくは言わないが、スモーカーんとこに嫌気が指したらいつでもあたしの部隊へおいで」
「あ、ありがとうございます。しかし私は、スモーカーさんもよくしてくれてますし、このままやっていくと決めてるので……」
「そうさね、あんたはそう言うと思ったよ」

柔和に微笑みながらおつるさんは言った。こんなすごい人に気にかけてもらえるのはひたすらに恐縮だけれど、でも実際、私はスモーカーさんの部下であることを不満に思ったことはない。確かにおつるさんのところは女性ばかりで構成されている、居心地の良い部隊だろう。けれど、女を捨て、剣士として生きると決めたのは自分の意思だ。そう簡単に曲げるつもりもない。

「スモーカー! この野犬めが、お前また政府の連中に反抗したんじゃろ。次遠方に飛ばされるまでひと月は持つかのう」
「……はァ。別に本部に拘りはねェんで」
「なんじゃお前、いつにも増して不機嫌じゃな。またなんかあったのか?」

 スモーカーさんにとってガープ中将は、羨望の念はありつつも物凄く苦手なタイプらしく、その顔には苦虫を噛み潰したような色が浮かんでいる。ああしかし、せめてもう少し、表情を抑えてくれてもいいと思います。

「ガープ中将、おれァ青キジに急ぎの用事があるんで、ここを通してもらいてェんだが」
「クザンか? あの若造なら脱走した海賊を捕まえて戻ってきてから、執務室で楽しそうにしとるぞ」
「……楽しそうに?」

スモーカーさんも私も、思わず怪訝な声を出していた。あの青キジ大将が、暇そうにでもなく、眠そうにでもなく、楽しそうに? 仕事終わりの楽しそうな青キジ大将とは、想像しにくい光景だ。

「そうじゃ。ちょうどわしの孫くらいの歳かのう、元気そうな娘っ子を連れてきとったぞ。ほれ、どう見てもあいつの趣味じゃないじゃろ、どうもおかしいと思ってなァ」
「……あの、それってもしかして、このくらいの背丈でサイズの合わない服を着ていて、表情だけは無愛想な、小柄な女の子でしたか?」
「ん〜、そう言われりゃそうだったような気もするが、よく知っとるな。知り合いか?」

スモーカーさんと顔を見合わせる。

「スモーカーさん、まさか」
「……行くぞ、たしぎ」

スモーカーさんはそう言いながらガープ中将の脇をすり抜け、廊下の向こうへ突き進んでいく。中将方に対して礼儀も何もあったものではないけれど、今すぐ安否を確かめたいのは私も同じだ。私もガープ中将に頭を下げて、スモーカーさんの後を追おうと床を蹴った。

「お待ち、スモーカー」

 スモーカーさんとすれ違う拍子に、おつるさんが有無を言わさぬ口調で呼び止めた。流石のスモーカーさんも無視することはできなかったようで、頭を掻きながら歩調を緩め、うんざりしたように振り返る。

「つる中将、説教なら後で聞……」
「お黙り。あんた……何か変わったね?」

腕を組んだまま、おつるさんはつかつかとスモーカーさんに歩み寄る。スモーカーさんは珍しく気圧されたように、少し困惑しながら一歩だけ足を引いた。

「いや……心当たりはねェが」
「そうかい。じゃあ誰かが世話を焼いてんのかね……スモーカー、あんた匂い消してるだろ」
「……は?」

スモーカーさんが目を丸くする。私も同じく。一体何の話だろう。

「きっと服だね、炭か何かで匂いを取ってある。スモーカーほど念入りじゃないが、あんたもだよたしぎ。……男所帯だとこういう細かいことは気にしない奴が多いが、新しい清掃員でも雇ったのかい」

ナマエさんの仕業だ、とすぐにピンときた。さすがウォシュウォシュの実による洗濯人間と名高いおつるさんだけあって、そういったことには人一倍目敏いらしい。それにしても、スモーカーさんはいつも通り葉巻を咥えているのに、匂いなんてすれ違っただけでわかるものなんだろうか……。

「えっと、清掃員というわけではないんですけど、私たち、ここへ向かうまでの船旅で女の子を一人保護しまして……。多分その子がしたんだと思います。かなりのタバコ嫌いで、いつもスモーカーさんに噛みついてますから」
「ほう。もしかして、今クザンのとこにいるのがその娘かい」
「あ! そ、そうなんです、多分」

おつるさんは感心したように頷いた。

「どこから引き抜いてきたのか知らないが、いい仕事をするじゃないか。保護っていうと、身寄りがないんだね、その娘は」
「はい。ただ迷子の事情も事情なので、とりあえず海軍本部へ、と思いまして」
「つまり、今後の当てはないのかい」
「いまのところ、そうですね。……あ、でも本当にいい子ですよ。スモーカーさんも彼女のことをずいぶん気に入ってるみたいで、今日の朝も……」
「たしぎ、余計なことを言うんじゃねェ」

スモーカーさんにぴしゃりと叱責され、私は慌てて口を噤む。おつるさんとガープ中将は私の話しかけた言葉を聞いて、意表を突かれたような顔をした。

「気に入ってる? スモーカーがねえ……」
「相当な変わり者なんじゃな」

首を傾げるおつるさんと、相槌を打つガープ中将。

「……話はもういいだろ、失礼する」

 スモーカーさんはため息まじりにそう言って、とうとう中将たちを振り切り、足早に廊下の角を曲がっていってしまった。あ、置いていかれた。私も追いかけようと今度こそしっかりと頭を下げてから、廊下の奥へ急ぐ。そのとき、自分の足音とともに、背中の方から中将たちの話し声が聞こえてきた。

「その子、いっそスモーカーに預けさせたら良いと思わないかい。前々からあいつが不健康なのは気になっていたし、少しでも改善されるなら良案だろう」
「ぶわっはっはっは! おつるちゃんはお節介じゃのう! わしもいいと思うが、一応訳ありのようじゃぞ」
「そうだね。……センゴクにも手を回しとくかね」
「どうもやる気じゃな? おつるちゃん」

 ……ナマエさんってば、会う前からおつるさんに気に入られてしまったようだ。

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