No Smoking


▼ 05-1/3

「ひまだ」

 真昼間からベッドの上で大の字になって船室の天井を見上げている、ナマエことわたし。いや、なにも好きでサボっているわけではない。
 なにしろここしばらくの間、わたしがキッチンやお風呂を訪れて手伝おうとすると、大人しくしていろと追い出されてしまうのだ。別にわたしが役立たずというわけではなく、それもこれもこの頭を取り巻く大袈裟な包帯のせいである。スモーカーさんやたしぎ姉さんに抜糸するまでは雑用禁止、と言われてしまってるので、特にやることもなくわたしは暇を持て余しているのだ。

「あー……ひまだ」

 にしても、やることがなさすぎる。スモーカーさんの部屋の消臭はすでに念入りに済ませてしまったし。
 仕方なく海兵のおじさんから「退屈だろ」と貸してもらった本を引っ張り出す。この世界の常識くらいは頭に入れておきたいと言うことで、地図やらなんやらが書かれた本と、絵本が数冊と、それからおまけに悪魔の実図鑑。

「悪魔の実……」

 ぱらぱらめくってみると、割とえげつない色と模様の果物らしき何かが解説付きで書かれている。伝説の実とかなんとか書いてあるが、こんなにあるんだしうっかりしたら食べられるんじゃないかと思わないでもない。しかしなんとこの実、アホみたいな高額で取引されているらしい。戦うわけでもあるまいし、それなら売るよなあ。

「……悪魔の実のデメリット?」

そのページで手を止めて、流し読みする。悪魔の実を二つ以上食べると死ぬ、悪魔の実を食べると泳げなくなる……、泳げなくなる?

「それって、スモーカーさんもカナヅチってことか……」

海兵なのにそれって致命的なのではないのか。海に落とされたら終わりってそれまずくないか。どういう理屈か知らないが、泳げないのに海に出るとか結構無謀だと思うのだが。まあわたしも泳げないけど。
 ……ふむ、能力者というのは、水に浸かると体の力が抜けるんだそうだ。つまりあの煙男をぶっ倒したいなら風呂どきを狙えと。ちなみにスモーカーさんがシャワー派だった場合、ただのラブハプニングで終わってしまう点に注意したい。

「よし、また一つ賢くなった」

 パタンと本を閉じて立ち上がる。ひまなので散歩でもしようと、わたしはスモーカーさんの部屋を出た。近いうちに抜糸できるほどには治ってきてるらしいし、散歩くらいで咎められたりはしないだろう。わたしもみんなに心労をかけるのは本意ではないのだ。




 廊下を渡り、階段を登って甲板に出る。凪の帯、相変わらず良い天気だ。潮風になぶられた髪が頬を撫でる。こんな日は洗濯物もよく乾きそうだ。
 思えばわたしも、ずいぶんこの船に馴染んできたものだ。最初の一週間は海兵さんたちにも不審がられていたし、軍艦で迷うわ軽く船酔いするわ寝不足だわで散々だったもんなあ。
 寝不足といえば、今更だけどスモーカーさんには色々と助けてもらったし、改めてお礼を言っておいたほうがいいかもしれない。

「……この船とも、そろそろお別れかあ」

 空を仰いでいると、口が勝手に呟いていた。ずっと一人でいたもんだから、ちょっとおセンチになっているのだろうか。まあそれも仕方のないことだ。
 だってこの船の人たちは、この世界で唯一の、初めてのわたしの知り合いなのだ。やっぱりお別れは辛いし、寂しい。たしぎ姉さんとは約束をしたからきっとまた会えると思うけど、他のみんなと再会することは無くてもおかしくないのだ。あとそうだ、スモーカーさんとも。ああ、そうなれば、もうあの柔らかい煙では眠れないのだ。実に口惜しい。

 なんだかんだ、わたしが一番お世話になったのはスモーカーさんだ。そのぶん主に喫煙方面の被害は被ってきたが、それを差し引いても、そもそも命を助けてくれたのは、厚意でこの船に置いてくれたのは、今後の頼りを探してくれているのは、寝不足を解消してくれたのは……全部スモーカーさんなのだ。こう考えると、そんなつもりはなかったのだが、わたしは結構スモーカーさんに甘えてしまっているようである。そこそこに不本意ではあるけど、事実そうだ。

「なんかお礼できるといいんだけど」

 返さなきゃいけない恩が山ほどあるし。

 ……うん、たしぎ姉さんがわたしに恩を感じて気を揉んでいた気持ちがよくわかった。確かに助けられてばかりでは落ち着かないものだ。だからって自分にできることはあんまりないんだけど。でももうお別れだし、ひとつくらいは。

 ああ、どうしようかなと背中から柵に寄りかかる。見上げると、眩しい太陽の中を遮って、カモメが空を飛んでいた。

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