No Smoking


▼ 34-2/3

 洗剤よし、石鹸よし。

 歯磨き粉のストック。スモーカーさん用のシャンプー。無くなりかけてたキッチンペーパー。ついでに可愛い布巾があったのでそれも購入。ちゃんと花屋にも寄った。前から欲しかったちっちゃいサボテンも買った。植え替え用の土もある。いよし。

 買い忘れがないかどうかもう一度心の中で買い物リストを復唱しつつ、スモーカーさんに指定した公園へ早足で向かう。今に日暮れがくる――スモーカーさんが一緒とはいえ、できれば暗くなる前に帰りたいところだ。
 公園沿いの通りに差し掛かった。この辺りには小さな教室や塾といった学習施設も多いので、通行人にも子供の顔が増えてくる。いわゆる通学路というやつだ。わたしも少し前までは動線と安全の面からよく歩いていた道……なのでこのように、見知った顔にも鉢合わせるのである。

「あっ、ナマエじゃねーか!?」

 公園入り口に屯していた少年の集団、その中でも一際体格のしっかりした――いわゆるガキ大将が、不躾にもわたしを指差して大声を上げた。それにつられてわらわらとこっちを向く少年たち。どうやら遊ぶ気満々だったらしく、その手にはサッカーボールくらいの大きさの球が抱えられている。

「あれ、ナマエだ」
「なんかすげー花束持ってるぜ。なあ兄貴」
「チッ、なんだよ。どーせ墓参りとかだろ」

 なんか不謹慎なことを言ってるのはほっといて、目的地が目的地なのでそのまま彼らに歩み寄る。ガキ大将の彼は、膨れっ面のまま顎を前に突き出した。

「つうかてめー、最近ずっと来てなかったじゃねーか。なにしてんだよ?」
「ちょっと事情があって……それよか、どうしてここに溜まってんのか気になるんだけど」
「そーだ聞けよ、ナマエー。なんかさ、見たことねえ奴があそこに座ってて」
「めっちゃガラわりーの。なあナマエ、お前見た目はアレだけどオトナなんだろ。ちょっと喋ってこいよ」
「ああ……わたしの知り合いかも、その人」

 ていうか確実にわたしの知り合いだ。灰皿が設置された奥の方のベンチには、ここからでもあの真っ白の頭と濃厚な副流煙が視認できる。怖いもの知らずなやんちゃ坊主たちも、どうやらスモーカーさん相手に吹っかける度胸はないらしい。実に懸命だ。

「わたし声かけてくるから、もう遊んで大丈夫だよ。見た目は怖いけど悪い人じゃないし」
「えっ、まじで行くのかよ?」
「大丈夫? ナマエ」
「おい、ま、待てよ!」

 少年たちの戦々恐々とした気配を背中に感じつつ、公園に足を踏み入れた。

 広場を通過して手摺りのある奥の方へ。すぐに足音に気づいたスモーカーさんは、ベンチに回した腕越しにこちらを振り返る。わたしの背中側にある斜陽を直視したようで、彼は眩しげに目を細めた。

「……今日はまた、えらく人気者だな」

 スモーカーさんの視線が、遠巻きにこちらを見ている少年たちに向き、再びわたしに戻ってくる。背後からなにやら不安げな騒めきが聞こえた。

「わたしはいつだって大人気ですよ。でもあの子たちがあんなに怖がるとは思いませんでした、指定する場所を間違えましたかね」
「ここらのガキは大抵親が海兵だからな。おれが将校かどうかの見分けくらいは付くんだろう」
「ふうむ、なるほど。まああの子たちが遊びたいならこの場に居座るのもなんですし、副流煙は体に毒ですし、早めに立ち去ったほうがいいですかね」
「いや、その必要は無さそうだぜ」

 スモーカーさんが火口を潰した葉巻をピッと灰皿に放り捨てる。顎をしゃくった彼の視線の先を追うと、先ほどの子供たちはちらちらこっちを気にしながらもボールを転がし始めていた。ガキ大将が警戒心丸出しで睨んできたので、花束を抱えた手でグッドサインを送っておく。

「座れよ」

 穏やかな声かけが耳に届く。スモーカーさんはベンチに置いていた茶色の紙袋――頼んでおいた食材たちだろう――を端に寄せ、一人分のスペースを開けてくれた。さきほどは帰る提案をしたものの、ここまで歩き通しだったので一息つけるならありがたい。折角の気遣いだ、大人しく甘えることにしよう。と、わたしはスモーカーさんの隣に腰を下ろし……

 否や、何かがすっと視界を遮った。

「要るか?」
「……?」

 眼前にあるのはどうやら小さな白い紙袋だ。両手を伸ばして手にしたそれは、なんとなくしっとり湿っていて暖かい。そっと膝に置いて三つ折りの口を開くと、ぬるい蒸気と食欲をそそる芳ばしい匂いがふわんと広がった。

「おわあ」

なんと。思わず溢れ出した唾をごくりと飲みこむ。白くて、丸くて、ふわふわした……そう、これはまさしく肉まんだ。匂いから推測するともう一個は餡まんだろうか。ああ、そういや肉屋さんの通りに屋台が出てたっけ。さっすがスモーカーさん、実に気が利いている。

「いりますいります」
「どっちがいい」
「当然、両方とも食べたいです。半分こしましょうよスモーカーさん」
「構わねェが、均等に割れよ」
「あはは、はあい」

 この人も案外意地汚いんだよなあ、なんて笑いつつ、彼の言いつけに従って肉まんをなるだけ均等に千切る。うん、なかなかの二等分だ。少し大きい方をスモーカーさんに手渡して、早速自分の分にかぶりついた。少し冷めてしまっているが、じゅわっと滲み出る肉汁は十分に芳醇な味わいだ。とっても美味しい。かくいうスモーカーさんはひょいと一口に平らげている。でかい口である。
 そんな彼の姿を尻目に、餡まんも千切って渡して頬張る。うーん、美味しい。少し物足りない気分で指についた餡子を舐め取る。甘いものを食べたせいか、お茶が恋しくなってきた。

「すいません、なんか飲むものありますか?」
「これしかねェ」
「それコーヒーですか。あんまり合わないですね」
「そもそもブラックだが、お前飲めんのか?」
「子供じゃないんですから飲めますよ。飲みさしで構わないんで一口ください」
「……やるよ。返さなくていい」

 スモーカーさんは蓋付きの紙コップをくれる。奪い取るみたいな形になってしまったので申し訳ないが、くれるというなら頂いておこう。どうやら待ち時間に飲んでたらしく、中身は半分ほどに減っている。はっ、だとするとこれスモーカーさんが喫煙中に口を付けたもの……いやさすがにニコチンが紛れ込んでるってことはなかろうけど。一応蓋は取っとこう……。

「――で、さっきから気になってたんだが」

 紙コップの縁からコーヒーを啜っていると、隣からスモーカーさんの声がかかる。彼はわたしがベンチに立て掛けておいた花束を怪訝そうに見やっていた。

「その花はなんなんだ」
「あれ、お花買いに行くって言いませんでした?」
「んな大それた花束を買うたァ聞いてねェ。そりゃどう考えても部屋に飾るだけのもんじゃねェだろ」
「うーん、まあ確かに。でもこれはわたしが選んだわけじゃなくて、花屋の店員さんがおまけにくれたんですよ。いつも贔屓にしてくれてるから、お礼に受け取ってくれと仰るもので」
「はァ、お礼ね……」

 スモーカーさんは含みのある言い方をして片眉を上げる。そういえばさっきあの子たちにもぱっと見ですごい花束だと言われたな。確かにやや大振りではあるが、言うほど派手ではないと思うんだけどなあ。

「いいじゃないですか、白い花束。なんてったって白はスモーカーさんの色ですよ」
「そりゃァ能力の話だろう。おれの柄じゃねェよ、白ならお前の方がよっぽどお似合いだ」
「褒めてんだか貶してるんだかよくわかりませんよそれ。まあこのまま飾るには大きすぎなので、花瓶には分けて生けるつもりですが……」

 またひと口、コーヒーを飲む。さあっと風が吹き抜けたので、スモーカーさんは鬱陶しい位置にあったわたしの前髪をよけてくれた。広場の方から、子供たちのはしゃぎ声が響く。一際大きい、風を切る音が耳に届き――

「!」

 ぱしん、と、スモーカーさんは横っ面に飛んできた影を素早く受け止めた。瞬時に出てきたわたしの感想としては、スモーカーさん手でっか、だ。わたしの頭くらいあるサッカーボール大の球は、軽々と彼の手に掴まれてるのである。横目にボールの出所を確認し、スモーカーさんは小さく嘆息した。

「……狙われたな」
「やっぱりですか? あの子、一応わたしの知り合いなので大目に見てあげて下さい」
「ガキの喧嘩を買うほど大人げなくねェよ。度胸があんのはいいことじゃねェか」
「単に無謀なんじゃないですかね」
「そう言ってやるなよ。ありゃお前の……」

 などと悠長な会話をしていると、夕陽を背に勇み足でずんずん近寄ってきたのはやはりガキ大将の少年である。彼はベンチの近くに立つなり、スモーカーさん目掛けて小さな手を突き出した。

「返せよ!」

 やっぱり無謀だ。スモーカーさんがじろりと――目つきが悪いせいでそう見えるだけなのだが――視線を向ける。真っ向から睨み返すほど肝は座ってなかったようで、少年はびくりと目を逸らすと、歯噛みしつつわたしに話しかけてきた。へたれめ。

「ナマエ、なんだよこのおっさ……」
「スモーカーさんはおっさんじゃありません。こう見えてギリギリアラサーだよ」
「あ? なんだよそれ」
「自分の将来のためにもおっさん扱いは40代からにしたほうがいいってこと。それより駄目でしょう、いきなりボールをぶつけたりしちゃ」
「別にぶつかってねえじゃん」
「確かに。いやしかしそういう問題ではなくてね」

 受け止めたのが心優しきスモーカーさんだったから良かったものの、これでもし相手が黒塗りのベンツだったりしたらヤの付くお仕事の方々に囲まれて東京湾に沈められててもおかしくないぞ。この世に自動車は普及してないけどそれはそれ、代わりに海賊船が横行してるんだから大して変わらんだろう。ここは心を鬼にして……などと思っていると、黙って様子を伺っていたスモーカーさんが横から口を挟んできた。

「おい」

 少年は哀れなくらい驚いて縮み上がった。そんな反応など素知らぬ顔で、スモーカーさんはぽんとボールを投げ渡す。少年は目を白黒させて、何度か手を滑らせてからようやくまともに抱え込んだ。

「コントロールは悪くねェ、が勢いが足りねェな」
「う、……うるせえよ!」
「次は死角から狙え」

 ほんの少し口角を上げてそれだけ告げると、スモーカーさんはあっさり目線を外し、何事もなかったかのように向き直ってしまった。思わぬ肩透かしを食らったためか、少年暫しの困惑。悔しげな視線がわたしの方を向いた。

「チッ、おいナマエ……」
「スモーカーさん好きにしろってさ。あ、でもわたしこれ飲んでるから絶対ぶつけないでね」
「……おう」

 これ以上説教を垂れるのは無粋だろうと、わたしもスモーカーさんに倣って向き直る。数秒ののち、躊躇いがちに立ち去る足音が背後から聞こえた。あれ、ちゃんと懲りてんのかなあ。
 ちらりと隣を見上げてみる。逆光のせいでいまいち表情が見え難いが、なんとなく機嫌良さげな気配だ。それにしてもスモーカーさんってやっぱりこう、子供の扱いが上手だよなあ。将来いいお父さんになりそうだ。……ってそうじゃなくて。

「ええとそれで、さっきなにか言いかけてませんでしたっけ」
「うん? あァ、……あのガキ相当、お前に入れ込んでんじゃねェかと思ってな」
「ああ……かもしれませんね。わたしいわゆる歳上のお姉さんですからね、あの年頃の子からすると憧れの対象になるんでしょう」
「は、お前がか」
「そ、そりゃあの子から見たらお姉さんですよ。一応まだ、背だってわたしのが高いですし」

 それを鼻で笑うとは失礼な。確かに、わたしでさえさっきの少年が小さい子にしか見えないのだから、この人から見たらどんぐりの背比べなのかもだけど……。まあなんにせよ、あの少年にだって数年も経たないうちに背は抜かれるだろうし、そうなれば憧れも失せるだろうし、好いてくれるのは今のうちだけと思うと儚いものだ。所詮童顔・低身長・日本人のわたしはそういう運命なのだ。ぐすん。

「にしても……」

 薄く口を開いたスモーカーさんのシルエット。葉巻がないせいか少し手持ち無沙汰な様子で、夕陽に染まる屋根やねを眺めている。

「お前の素の口調は初めて聞いたな」
「え? ああ、そうでしたっけ」
「いつものそのふざけた敬語じゃねェか」
「ふざけ……って。けどまあ、確かに最近はすっかり敬語が板についてきた気がします。本部は年配の方が多いんで、タメ口で話す機会も無いですしね」

 それにしても、スモーカーさんがそんな細かいことに突っ込んでくるとはむしろ意外だ。意識してなかったのもあってちょっと気まずい。あえて指摘するほどのことだったろうか……。

「あのう、何か気になることでも?」
「いや、ただ新鮮だった」
「改めて言われると恥ずいですね。……いきなり言うんで、どっかおかしかったのかと」
「他意はねェが、慣れねェもんでな――っと」

 ぱし、と後頭部にすっ飛んできたボールを躱し、肩の辺りで受け止めるスモーカーさん。ノールックで背後に投げ返したボールが、遠くで少年の手に収まるのが見えた。本当に二度目を狙ってくるとは全く、性懲りもないやつだ。

「因みに、なんで今の見えたんですか?」
「勘」
「ははあん」

 読めた、わたしは騙されないぞ。さっき死角から狙えと指示したのは的を絞るためだったのだろう。ていうかスモーカーさんなら回避しようと思えばただ煙になるだけで済む話だろうに。なんやかやでせこい手を使う方だ。

 再び子供たちのはしゃぎ声が聞こえた。スモーカーさんからの反撃はないと分かって安心したのか、だんだん調子に乗り始めてきている。この分だと当たるまで続けそうだ。やれやれだ。

「まったく、落ち着けやしませんね」
「そのうち諦めるだろ」
「だといいんですけど……」

 あの悪ガキたちは結構しつこいのである。わたしが顔面消臭剤アタック(これを食らうとしばらく嗅覚を失う)で反撃するまでは、顔を合わせるたびにあのガキ大将にいじめっ子並みの絡まれ方をされたものだ。今思えば、好きな子ほどいじめたい的なやつだったのかもしれないけど。

「……でも、ある意味恵まれた子たちですよね。マリンフォードほど安全な島はそうないでしょうし」

 などと、ちょっぴり大人になってみる。自分が色々巻き込まれてる事を棚に上げれば、海軍本部のあるここはやっぱり平和な島だ。額面通り、怖いもの知らずに育つだろう。あんな風に遊んでいる子供たちの様子は、この世が大海賊時代だとか忘れそうになるくらい、わたしの故郷の光景となんら変わらない。

「何事も平和が一番です。海兵になれば家族ごとマリンフォードで暮らせるってのもいいですよね。ある程度親御さんも安心できるでしょうし」
「まァ、分からなくもねェ。若ェ頃は、いつ死ぬかしれねェ海兵を親に持つなんざ不幸なガキだと思ったもんだが……」
「結構ひどい考えですね」
「昔の話だ。最近は所帯を持ちたがる海兵の気持ちも理解できる」
「ふうん? でも奇遇ですね。わたしもさっき少しだけ、親になるならどんな感じかなって考えてました」

 手元で紙コップをくるくる揺らす。地面に伸びるスモーカーさんの影が、意外そうな気配で頭を傾けた。

「あ、わたしがじゃないですよ、スモーカーさんならいい父親になれそうだなって。あの子の対応も上手でしたし、なにより子供好きですしね。奥さんになる方は苦労するでしょうけど」
「……その場合、お前はどうする想定なんだ」
「わたしですか? そうですねえ、さすがに同居は続けられないんで……一人でどこかに暮らしますよ」
「一人で?」
「状況によりますけどね。わたし生活力はありますから何とかなると思いますよ。一応保護対象なので、マリンフォードからは出ないつもりですが……」

 紙コップの底に残る、深い色をしたコーヒーの水面に、わたしの像が映り込んでいる。

「いつまでもこのままってわけにはいきませんし、ちゃんと先のことも考えなきゃですね。スモーカーさんも身を固めるんならいい相手を見つけないと」
「……おれはお前一人で十分なんだがな」
「あ、よくないですよそういう視野狭窄に陥るのは。わたしとの生活が快適すぎるのは分かりますけど、そういうこと言ってるとあっという間に生涯独り身のままになるんです」
「なら、お前がずっとおれの傍に居りゃいいだろう」
「ええ?」

 聞き捨てならない発言である。ぱっと振り向くも、スモーカーさんときたらなんとも味気のない表情をちょっぴりこちらに傾けただけだ。ただ眼差しの奥だけが、まっすぐわたしの顔色を伺っている。臆面なく、茶化すこともなく、じっと逸らさずに。

 一瞬、気を呑まれた。

 ――ああ、でも、そうか。スモーカーさんから自分の傍にと求められたのは、多分これが初めてなのだ。この人は以前、一緒にいたいなどというわたしの泣き言も要求も受け入れてくれたけど……それがお互い様だったとは、知らなかったなあ。だけど、それならもう、余計な邪推する必要はないのかもしれない。そう、これはきっと――立場とか性別とかそういうのを抜きに、スモーカーさんがわたしを必要としてくれてるという、ただそれだけの――幸いだった。

 にしたって、台詞だけ見たらまるでプロポーズである。それを当然のように口にしたスモーカーさんが可笑しくて、わたしは少しだけ笑ってしまった。

「あは、……じゃあ、お互いいい相手ができなかったらそうしましょうか」

 自分がいつまでこの世界に留まれるのかは分からない。けど、それも案外悪くない未来かもしれない。ゆるく目を眇めたスモーカーさんは、どことなく嬉しそうに見えた。その表情に満たされるような気分になる。ああ、やっぱりあんな噂話に悩まされる必要なんてなかったのかもしれない――

 その瞬間、何かが夕陽を遮った。

「……ナマエ!」

 スモーカーさんがわたしの方へ手を伸ばす。はっとして、コーヒーを取り落とさないよう指に力を込めながら振り返ると、迫るのは黒い塊。あ、あんの悪ガキめ、ぶつけるなって言ったのに。瞬きする間も無くわたしの頭に衝突する――その寸前、滑り込んだ彼の手に当たったそれが、ばさりと音を立てて広がった。

 あれ。これは……布だ。わたしを狙って、上着を丸めて飛ばしたらしい。となるとつまり、これはフェイント――

「あ」

 当たった。

 スモーカーさんの頭が前のめりに揺れる。彼がベンチの背を掴んだ振動で、花束がばさりと倒れる音がした。耳元でスモーカーさんが呻くと同時に、跳ね返ったボールが、ぽんと足元に転がり落ちる――

 遠くで少年たちの歓声が上がった。

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