No Smoking


▼ 03-2/2

「…….ということがありまして」

 ベッドにうつ伏せて、取り巻く白煙に頭を埋めながら、わたしはスモーカーさんの背中に向かってたらたらと本日の出来事を語っていた。そう、お兄さんの堂々とした裏切りの件だ。
 現在、わたしは口で呼吸しながら喋るという器用な神業を会得しつつある。葉巻とこれほど近距離なのに意識を保っていられるのは、わたしの日々の努力の賜物と言えよう。まあ、鼻声になってしまうのはまだ改善点だけど。

「一体どうしたら……はあ、わたしがスモーカーさんの部屋で寝泊まりしていることが知れ渡ってしまうかもしれないです」

相変わらず仕事人間のスモーカーさんは、机に積み上げられた資料の束――初日より明らかに増えてきている――を消化しながら、ひょいと肩をすくめてみせた。

「さしたる問題はねェだろう。デマってわけでもねェしな。……大体、少し考えりゃわかることだ。たしぎの部屋がねェんじゃ、場所は限られてる」

特に興味無さげに彼は葉巻をコツコツと灰皿の縁で叩いている。

「というか隠してたわけでもねェのに、何を今更」
「そりゃそうなんですけど……まぁいいや」

わたしも段々どうでもよくなってきて、くるりと体を仰向けた。ふわあと小さなあくびをひとつ。

「しかし、なんてェのか……海兵もたるんでやがるな」

 少し間をおいて、スモーカーさんは難しい声で低く唸った。

「そうですか?」
「あァ。女の噂に一喜一憂するわ、こんなガキにやたらと食いもんを上げたがるわ、まったく」
「あ、あのカゴの中のお菓子はあげませんよ」
「いらねェよ」

頭を悩ませて「なんとか鍛え直せねェか……」と煙を吐き出すスモーカーさん。そういえばこの人はこの船にいる海兵みんなの上司なんだな、と思い当たり、改めて関心する。海兵たちの話を聞いても、スモーカーさんは畏怖されながらも確かに尊敬されているのが分かるのだ。うん、やっぱりこの人は凄いんだな。ヘビースモーカーなのに。


「そういやァ今日、たしぎが……」

 口を開いたスモーカーさんは、これまた難しい声で葉巻をくゆらせる。

「てめェにもいい加減生活用品を揃えてやりたいとぬかしてたな。確かに、今のままだと不便ではあるが」
「えー、ありがたいですし貰えるものは貰いますけど、わたしそんなに困ってないですよ」
「まァな……だが実際、お前着の身着一枚しか持ち物がねェだろう。今後やってくのにそれじゃあまりにも、とたしぎが言うんでな。雑用の仕事は真面目にこなしてるようだが、給金は出てねェだろ」
「そりゃそうですよ。わたし衣住食お世話になってる居候の身なんですし」
「お前意外と弁えてるな……」

彼は感心したように一言呟く。意外と、って。わたしこれでも遠慮の塊、いつも殊勝なナマエさんなんですよ。

「とはいえこの船を降りたら、お前はひとりでやってかにゃならねェ。先立つ物もなければ財もねェ、それじゃ野垂れ死んでも仕方ねェぞ」
「うーん、確かにそうなんですけど」

うん、たしぎ姉さんやスモーカーさんの言い分は大正論だしわたしもなんとかしたいとは思うけど。

「船の上じゃ揃えられるものも揃えられないですよ」
「……あァ、その件か」

スモーカーさんは顔を上げて、くるりとこちらを見やった。そういえば伝え忘れていた、という声色だ。なんだろう。

「明日、船の修繕もあって島に立ち寄る予定だ。中継するだけの小せェもんだが、ある程度の品は揃えられるだろう」

「……島ですか!やったあ、楽しみです」

 恋しい陸地、心踊らずにはいられない。船旅は悪くないが良くもないものだ。島でお買い物、こんなシチュエーションはなかなか体験できるものではない。あとスモーカーさんと接近した今、わたしは新しくもっと強力な消臭グッズが欲しい。

 思わず声を弾ませたわたしの喜びようを、スモーカーさんは鼻で笑って一蹴してみせた。

「遠足前のガキみてェにならねェこった」
「口呼吸の入眠にも慣れてきたんで、平気です」
「……その口は減らねェな」

 スモーカーさんの呆れ顔も、今は大して気にならない。ああ島、楽しみだ。

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