No Smoking


▼ 33-2/3

「いきなり呼び立ててすまなかったな、ナマエ」

 と、執務机で書き物をしつつのセンゴクさん。

「いえ、こちらこそお忙しいところすいません」

 と、部屋の横に備え付けられたお客さん用のソファに腰かけ、用意してくださったお茶とおかきを頬張るわたし。うーん、相変わらずの美味だ。
 指に付いたおかきの塩を舐めながら、ぐるりと室内を見回してみる。純和風の内装、土足で上がる畳の床、そして頭上の壁に掲げられた「絶対的正義」の標語――そう、ここは海軍本部元帥の執務室だ。先ほどまではいつも通りにだらだらお手伝いをしてたのだが、使い走りの海兵さんに元帥がお呼びだと告げられたので、クザンさんを置き去りにこうして馳せ参じたわけである。

「昨日の今日でセンゴクさんもお疲れでしょう。わざわざ時間とってもらってよかったんですか?」

 湯呑みを口に運びつつ尋ねてみる。センゴクさんは「ああ……」と呟きつつペンを置き、同じくご自分用のお茶を一口啜った。相変わらずの苦労臭だ。

「とても暇とは言えんが……定期召集が片付いたのでな、これでも余裕が出てきたところなんだ。それに君も……クザンの手伝いはさておき、消臭剤の事業を始めるとかで忙しいのだろう?」
「ああいえ、あれはそんな大袈裟なことでもないんですけど。というかご存知だったんですね」
「おつるちゃ……さんから聞いたよ、中々面白い目の付け所だった。船の衛生環境の向上は我々にとっても大きな課題だからな、製品化が上手くいけば海軍の支給部にも品を卸して貰いたいものだ」
「あはは、冗談にしても気が早すぎですよ。勿論頼まれたら断りませんけどね」

 とはいえ、期待していただいて嬉しいのも事実だ。この頃は水面下でのんびりと新商品の開発に勤しんでいるものの、センゴクさんに直接言われてしまっては気合も入るというものである。ていうか結構細かいところまで気にしてるんだなあ、元帥って。
 しかしそれにしてもおつるさん、なんでまたセンゴクさんにそんな話をしたのやら。世間話にしては味気ない話題だと思うのだが、やっぱり宣伝の意図だろうか。取らぬ狸の皮算用とはいえ、わたしの仕事が海軍の役に立てるならこんなに嬉しいことはない。今のセンゴクさんの発言からして、彼が支給部に推薦してくれたら実現可能ってことかもしれないし……はっ、とするともしや、このやたら美味い海軍おかきってこの人の一存で仕入れているのでは――

「しかし昨日は災難だったな、ナマエ」

 元帥の職権濫用を察知したわたしの追及を免れ、出し抜けに新たな話題を振ってきたセンゴクさん。とはいえ今日の呼び出しはこれが本題だろう。素直に相槌を打っておく。

「いやあ、まったくです。まさかドフラミンゴが家まで突撃してくるとは思いませんでした」
「その件で謝罪がしたくてな……あの時は庇い立てしてやれずに済まなかった。七武海の対応を優先するしかなかったとはいえ、結局収拾を付けてくれたのもおつるさんだったしな」
「いえそんな、センゴクさんの立場は重々承知してますから大丈夫ですよ。おつるさんがめちゃくちゃイカしてたのは事実ですけどね」
「ああ、本当に彼女には助けられる……。それと念のため、スモーカーの独断については私からも口添えしておいたから安心してくれ」
「ああ、それはほんとよかったです」

 クザンさんのフォローに加えて元帥の言付けまであれば、スモーカーさんの立場が脅かされることはまずないだろう。こういった内部でのやり取りに、最も"保護対象"の恩恵を感じるというのはちょっとばかし皮肉だ。

「しかしなんだ……どうも君を保護しようとすると裏目に出てばかりだな。君にはなるだけの安全を約束したいのだが」
「いやあ、でもあれに関してはもはや災害と言いますか……。別に手抜かりがあったとは思えませんし、海軍には十分助けていただいてますよ」
「そうは言ってもだな。運良く助かったとはいえ命が危うい場面は何度もあっただろう。君に対して面子が立たんし、私としても"保護対象"を喪うわけにはいかんのだ」
「もちろん、受け取れるご厚意はありがたく受け取ります。四六時中監視とかは御免ですけどね」

 いやまあ、わたしの生活って基本家と本部の往復だし、プライベートもスモーカーさんと一緒の時点で常時監視されてるのと変わんないかもしれないけど。

 だが……それにしても。

 前々から気にかかってたけどセンゴクさんって、"保護対象"――つまりわたしに対して、事あるごとに手間を割いてくれてるんだよなあ。それは先ほどの発言を鑑みても、彼がわたしに守るだけの価値を見出しているということで、かつその理由はわたしの"異世界"などという戯言なのだろうとは思う。……思うのだが。

「ところで、今更な話かもしれないんですけど……」
「うん?」

 一対一で話せる数少ないこの機会に聞いておくべきだろう。わたしは指先でおかきの破片を摘みつつ、ちらりとセンゴクさんの方を見た。

「センゴクさんって、本当にわたしが異世界から来たってこと信じてるんですか?」

 ――気がかりというのは、これだ。

 昨日のドフラミンゴの反応を見て、改めて自分の発言が荒唐無稽だったことを思い知ったわたし。これまでの付き合いからして、センゴクさんはどちらかというとリアリストだし、ましてトンデモ話を真に受けるほど愚直でもないことは分かっている。だからこそ余計、この人がわたしの発言を信じてるとは思えないというか、なのにわたしを丁重に扱ってくれるのが不可解というか。あのドフラミンゴは、"保護対象"の所以はわたしの出生にあると断じてたけど……。

「いや……私の考えは以前に言った通りだ。真偽はさておき、君の発言に嘘がないとは思っている」
「でも、それってやっぱり、"異世界"の存在を肯定してるのとは違うんですよね」
「いや、うむ……」

 センゴクさんは何事か言いあぐね、難しい顔をする。やっぱりこの人、わたしの過去話をまるきり信じているわけではないらしい。センゴクさんはいまいち煮え切らない様子で、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

「君を混乱させたら申し訳ないが……私の考えでは君の故郷とはこの世界のどこかであって、決して別世界などではない。そう考えないと辻褄が合わんからだ」

 思わず眼を瞬く。なんやら哲学的な話だ。つまりセンゴクさんは、わたしの言う日本という島国を、このファンタジーな世界の海に浮かんでるものと思っているんだろうか。
 センゴクさんは引き出しをゴソゴソやってから、取り出した数冊の紙束をばさりと机の上に置く。あれはわたしがちょくちょくセンゴクさんに提出してた、元の世界について思い出せることをとにかく書き出したノートだ。戦桃丸兄貴やクザンさんに絵がアレだという不名誉な評価をされたやつだ。センゴクさんはぱらぱら紙をめくって見開きの世界地図(グリーンランドの位置が怪しい)が書かれたページを開き、左の辺りをぐるりと指で指し示した。

「第一に、君の知る異世界とこの世界には類似性があり過ぎる。現にここにある"アメリカ"という国は……世界政府加盟国の"バリウッド王国"によく似ている。君の話しによると、どうやらハリウッドという地名もあるらしいしな。他にもロシュワンやタジン、シシャノ……どれも彷彿とさせる国がある」
「それは……確かに、おかしいとは思いますけど」
「地理についてはこの例に限らないが、他にもこの昔話などは各国の伝承からきていると思われるし……いや、ともかくだ。私の思うにナマエ、君の住んでいた日本というのは恐らくワノ国のようなものだ。鎖国し、関わりを断つことで独自の文化と価値観を築いているのではないかと」
「まあ……否定できる証拠は持ってませんね」

 おかきのかけらを爪で砕きつつ、渋々そう返す。ぶっちゃけその説は百パーセントあり得ないのだが、残念ながら証明するのは無理だ。まあ言いたいことはわかる。つまるところ現実的なのだ、この元帥は。

「この世界地図も、外界の国について歪曲して伝わったものだと考えれば納得がいく。ただ、私の不安材料は君の故郷の場所や存在を誰も知らないこと――そして、その文明があまりに発達し過ぎていることだ。Dr.ベガパンクに匹敵、ともすれば超えているかもしれんというのに……」
「じゃあもしかして、わたしを保護対象にした本当のところの理由はそれってことですか」
「包み隠さずいえば、その通りだ」

 ううん……だとしたらセンゴクさんの心配は確実に杞憂だろう。実在を想定をするだけ無駄だ。なんか騙してるみたいで気が引けるけど、信じてもらえないんじゃ弁明のしようもない。
 センゴクさんはメモの紙束の角をとんとんと揃えて机の隅に置き、もう一度わたしの方を見た。お茶が冷めてきたのか、彼の湯呑みから立っていた湯気はいつの間にか薄れてきている。

「もしかしたら君にはショックな話かと思ったのだが……思いの外平気そうだな」
「いやあ、うーん、そりゃあ……」
「別に私の考察に賛同しなくても構わん。君が異世界だと思うのならば否定はしない」

 そう言われてしまってはもう言い訳のしようがない。まあ実害があるわけじゃないし、いちいち疑われるよりは楽っちゃ楽なんだけど……いやでもやっぱり釈然としないというか……。とはいえ、スモーカーさんとかにも話しても似たような解釈をされそうだ。重ね重ねだが、やっぱり今後も他人に話すのはよすべきだろう。頭ごなしに否定されてるわけではないとはいえ、信じてもらえないっていうのは辛いものがある。

「――ドフラミンゴに言ったら笑われましたよ」

 粉々になったかけらを指から払い落としつつ、これくらいの愚痴は許されるだろうと軽く口にすれば、ぴくりと眉を上げるセンゴクさん。

「なにっ、話したのか」
「聞かれたので答えました。と言ってももちろん、全く信じてませんでしたけど」
「ならいいが……他に奴は何を? ああ見えて抜け目のない男だ、下手なことは言わんだろうが……」

 他にというと……あ、そういえばドフラミンゴ、センゴクさん絡みでなんか妙なことを言ってたな。デリケートな話題っぽかったので、聞いてもいいものかと悩んでたのだが……。

「実はひとつ気になることが。でも、もし極秘事項とかなら二度と聞かないのでスルーしてくださいね」
「ふむ……分かった。なんだ?」
「昨日ドフラミンゴが言ってたんです。自分とセンゴクさんとはちょっとした因縁があるって」
「……あの男がそう言ったのか」
「はい。孤児を育てて海兵にまでした、とかなんとか。その時は聞き流したんですけど、でもなんでドフラミンゴがそんなことを言い出したのか分からなくて」

 センゴクさんは三つ編みの髭を撫でながら、ううむ、と渋面で唸る。……やっぱ、聞かないほうが良かったのだろうか。というわたしの懸念に反し、センゴクさんの回答は意外にもあっさりした口ぶりだ。

「ドフラミンゴの言ったことは事実だ。私は若い頃、身寄りのない孤児を拾い……育てたことがある。海兵になったのは本人の意思だったがな。名前をドンキホーテ・ロシナンテと言う」
「え、ドンキホーテって」
「ああ、ドフラミンゴの弟だ。その辺りの事情は少々複雑でな……私も初めて名前を聞いた時は驚いた」
「そ、それはまた……というかそもそも、なんで名前を聞いたら驚くんです。当時はドフラミンゴもまだ子供だったんでは」
「ああ、そうか。いや……ドンキホーテというのは聖地マリージョアに住む世界貴族の家名のうちの一つなんだ。つまり天竜人の血を引いているということだな」
「えっ!?」

 な、なんだそれは。 この世界に来てから日の浅いわたしでも、天竜人がどういう存在なのかは一応存じ上げている。賛否はさておき、少なくともドフラミンゴのイメージとは掛け離れすぎているのだが……。

「これって、伺ってもいい話なんですか?」
「奴がドンキホーテを名乗る時点で隠す気もあるまい。世界政府を作った20――正確には19の王族の名前は世間的にも有名だろうしな」
「はあ……ちょっと理解がおっつかないですね」
「本筋には特に関わりのないことだ、聞き流してくれて構わん。ともかく、海賊として名を挙げていく兄を止めたいと、ロシナンテは私の指揮下で長らく諜報活動を続けていた。それは失敗に終わってしまったが……奴が七武海に入るまでに片を付けられなかったのが悔やまれるよ。私とドフラミンゴに因縁があるとすればそういうものだ」

 それは、なんともはや――。

 ……確かに、あんまり深く考えてなかったけど、七武海って任命される前はもちろん一介の海賊なわけで。殺し殺されした海賊をいきなり味方と思えだなんて、現場の海兵の心中は最も複雑なことだろう。知れば知るほど七武海嫌いなスモーカーさんに同意したくなるな、これは。
 そして今センゴクさんは失敗した、と言った。どこか遠い出来事のような語り口。加えてわたしは、ロシナンテという名前の海兵を見たことも聞いたことも、これまで一度としてない。……その答えは明白だろう。

「そのロシナンテという方は、……」
「ああ。ある子供を守りたいと言って、軍の命令に背き……命を落とした。私はドフラミンゴに殺されたものだと踏んでいるが、実際のところは分からん」
「そう、ですか」

 やっぱり、そういうことらしい。救いのない話だ。実の弟を手にかけたドフラミンゴの心境など分かるはずもないが、どう考えてもちょっとした因縁どころではない。今更お悔やみの言葉などセンゴクさんも必要とはしてないだろうけど、……わたしはクザンさんからだいぶ前に聞かされた"バスターコール"の話を、ほんの少し思い出していた。


「――海兵って方は皆子供を守りたがるものですね」

 わたしの呟きを耳にして、センゴクさんはわずかに口角を上げる。

「うむ……そうかもしれんな」
「そうですよ。センゴクさんも、そのロシナンテさんも……スモーカーさんだってそうですし、クザンさんも、サウロという方も」
「サウロか。懐かしい名前を聞いた」

 センゴクさんは感慨深げに、分厚いレンズの向こうで目を細めた。クザンさんから聞いた名前だけど……そりゃ当然、この人も知ってるか。センゴクさんは確かもう御歳70歳を過ぎているはずだが、これまでの人生で一体どれほどの海兵を見送ってきたのだろう。あまり想像したくない話だ。

「ごめんなさい、思ったより踏み込んだことを聞きました」
「いや、きっと私が話したかったのだろう。ロシナンテの名前など久しく口にした……まさか君相手に話すことになるとは思わなかったがな」

 センゴクさんは衒いもなくそう言って、朗らかに笑った。これが年の功というやつかなあ。由来は悪魔の実の能力だとはいえ、仏のセンゴク……という通り名は伊達じゃないのだ。何と告げるのもおこがましい気がして、わたしは彼に小さく笑顔を返した。


「――そういえばナマエには聞いたことがなかったな」

 センゴクさんはまた一口(随分冷めてしまっているであろう)お茶を啜り、椅子の背にぎいと身を預ける。何の話題を振られたのか真面目に分からず、わたしははてと首を傾げた。

「なにをですか?」
「君の螳カ譌のことだ」

 予想外の単語にまたも意表を突かれた。いや、確かに今までの会話からしてもさして不自然な流れではない……のだが、まさかそんなことを尋ねられるとは想像だにしてなかった。……なんでだろう。聞かれたって何もおかしくないのに、なぜか、聞かれるはずがないと思い込んでいた。

「わたしの……」
「立ち入った話だから無理にとは言わんが……君はあまり自分の逕溘>遶九■について話さないだろう。しかしこれだけ長期間となると、螳カ譌が心配かと思ってな」

 あれ、……言われてみればそうだ。ていうか普通、真っ先に考えるべきはずのことだ。――なんで今まで思い出さなかったんだろう?

 こめかみの辺りがつきんと痛んだ。

「いえ、別にあえてそういった話を避けていたわけではないんですが……」
「そうなのか。君はあまり帰りたいとも言わんのでな、てっきり良くない思い出でもあるのかと」
「そんなことはない、です、……多分」

 脳が膨張して頭蓋骨を押し上げているみたいな痛みが込み上げる。額の奥がじわじわと疼いている。

「多分?」
「あ、いえ、違くて……」

 ――何かおかしい。

 痛む頭を押さえながら、ゆっくりと息を吐く。落ち着いて、……冷静に、考えよう。

 あの日、あの海で、わたしはなにもわからないまま、いきなりこっちの世界に来てしまって……そうだ。言われるまでもなく、当然元の世界には、わたしの遏・繧雁粋縺は沢山いたはずだ。蜿矩#も、荳。隕ェ蜈?シ蟋牙ヲケも――あれ? それはいなかったかもしれない。なんでだろう、何かおかしい。狐に摘まれたような気持ちだ。わたしはなにかおかしいことを言ってるだろうか。
 思考に穴が空いたかのようだ。思い出そうとすればするほど擦り抜けていくような感覚。ただ、なぜだかどうしても、鬘皮ォ九■が思い出せない。空白に消えていくみたいに、波にさらわれる浜辺の砂みたいに、螳カ譌#name#も、最期に見た逕キ縺ョ鬘も、それどころか自分の蜃コ霄ォ謇?螻さえ曖昧に――

 ――あれ。あ、駄目だ。

 わたしの#name#って、なんだったっけ。






「――ナマエ?」

 はっとして顔を上げた。

「あ……ご、ごめんなさい」

 会話中だというのにぼうっとしていたらしい。なにやら霞む目を擦り、怪訝そうな顔の元帥を見つめ返す。せっかく時間を取ってもらってるのに失礼なことをしてしまった。疲れてんのかな、わたし。

「それで、ええと……今、なんの話でしたっけ」

 わたしの言葉に反応したセンゴクさんが一瞬、不気味なものでも見たかのような、強張った表情を浮かべた気がした。

「いや、……続きはよしておこう。この場にはスモーカーも居ないからな」

 そう呟くセンゴクさんは至って平静な口ぶりだ。さっきのは見間違いだったのだろうか。……しかし、なんだっていきなりスモーカーさんが出てくるのやら。あんまり聞いてなかったとはいえ、さっきまでもそんな話はしてなかった気がする。

「私からの用件は済んだが、問題ないか?」
「あ、はい。ありがとうございました。わたしもそろそろクザンさんが心配なのでお暇しますね。お茶とお菓子、ご馳走様でした」
「うむ……」

 頭を下げ、わずかに残っていたお茶を飲み干して立ち上がる。結構話し込んでしまったが、センゴクさんもお忙しいだろうし、いつまでも駄弁っていてはご迷惑だろう。それでは、と告げて障子の組み木に手をかけると、背中の方からもう一度だけ名前を呼ばれたので、わたしは振り返って元帥の顔を見た。

「大丈夫か?」
「……? 平気ですよ」
「そうか。ならいいんだが」

 さっきの態度で心配させてしまっただろうか。ああいうふうにぼーっとするのは確かにわたしらしくなかったかもしれない。わたしはもう一度挨拶をして、今度こそ敷居を跨ぎ、障子を閉めて廊下に出た。乾いた風が、熱っぽい頭を冷ましていくようだ。

 ……やっぱり、疲れてるのかな。

 昨日も色々あったし、案外疲労が溜まってるのかもしれない。今日は出来るだけ早めに寝て、ゆっくりすることにしよう。歩き出したその時、名残のように鈍く、頭がずきんと痛んだ気がした。

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