No Smoking


▼ 29-3/3

「"クマノコドウ"などという場所は存在しない」
「失礼な。日本が誇る世界文化遺産ですよ」

 今日も今日とて洗濯日和、案の定物干し竿の脇には規格外の大男。かわいい耳のついた帽子を被り、手袋に覆われた手に聖書を抱えて、ピクリとも表情の変わらない鉄面皮をお持ちのこのお方は、今日も今日とて堂々と中庭を陣取っている。

「"ニホン"などという地名も存在しない」
「そりゃあ調べが足りないんですよ」
「おれは旅行をするならどこに行きたいかと聞いた。貴様の妄想に付き合うつもりは無い」
「お兄さん案外失礼ですね」

 パタパタと洗濯物を広げつつ会話をする。昨日はなんだかんだ結構ビビってしまったが、肝が座っていることに定評のあるこのわたし、この見るからに怪しすぎる男の存在にも段々慣れつつあった。どうやらこの人、わたしに危害を加えるつもりは無さそうだし。
 なにせ昨日、質問するだけしておいてこの大男、わたしの動揺しまくった挙句の「熊野古道行きたいです」の返答を聞くや否や聖書(?)を無言で捲りまくったかと思うと、何も告げずにぱっと目の前からかき消えてしまったのだ。それはもうぱっと、幻みたいに跡形もなく消えた。結局彼がやったことといえばほんとにわたしの理想の旅行先を聞いただけだ。しかし今日、恥ずかしげもなく当然のようにこの場に現れている。ともかく――結局何者かはわからないままだが――わたしに対して何かをする気はないようなので、今はとりあえず友好的な姿勢でいくつもりだ。

 ……とはいえ、全く問題ないということはなく。

「ていうかお兄さん、能力者なんですか? あんな風に一瞬で姿が消えるの、どんな能力なのかはさっぱり分かりませんけど、"悪魔の実"ですよね」
「そうだ」
「やっぱり。それで瞬間移動できるんですか」
「いいや」
「え、違うんですか。それなら昨日消えたのは? 瞬間移動じゃないのに消えたんですか」
「厳密には瞬間移動ではない」
「ふうん……」

なんだかなあ。この人、会話をこう、広げてく気がゼロなんである。もしかすると話しかけられたくないのかなと思ったりはするのだが、かといって立ち去る気もないみたいだし、一応質問には答えてくれるし、結局何を考えてるのかよくわからない。

「あ、そういえば」

 先日だいぶパニクってしまったため触れる余裕がなかったのだが、瞬間移動の能力でないのなら一つ心当たりのようなものがなくもない。というのも、彼が手袋を取って本をめくっているとき、その手のひらになにやら妙なものがくっついているのが見えたのである。

「失礼になったら申し訳ないんですけど、お兄さん、手にこう……肉球みたいなのありますよね」
「ああ」
「おお、見間違いじゃなくてよかったです」

 そう、ぷにっとした丸みのある、全動物好きを虜にしてきた、如何ともし難い感触がするであろうそれ――つまり、肉球。何を言っているのかわからないと思うが、この人の手に肉球がついてるのだ。癒し系だ。今更ギャップがどうとはいうまい。

「もしかして噂に聞いてた動物系ゾオンの能力者だったりします? なんの動物かは分かりませんけど」
「おれの能力は動物系ではない」
「あれ、違いましたか。動物系ってわたしの知り合いだとセンゴクさんくらいしかいないのでよく知らないんですよね。でも自然系ロギアには見えませんし……となると超人系パラミシアですか?」
「ああ。……」
「よっし、それじゃ超人系で肉球となると……うーん、ちょっと待ってくださいね、数打ちゃ当たる戦法で適当にこう、ええと」
「……おれはニキュニキュの実の能力者だ」

 全く表情は変わらないものの、お兄さんはわたしのしつこさに根負けしたようで自ら教えてくれた。ちょっと呆れているようにも見えなくもないが……しかしここまで表情筋が硬いともうアンドロイドかなんかなのかなと思っちゃうぞ。口元とか若干シュワちゃんに似てる気もするし。
 ていや、そんなことより能力の話だ。肉球だからニキュニキュって……めちゃくちゃそのまんまじゃないか。大体その舌噛みそうな名前の悪魔の実はなにをするための能力なのやら、まだおつるさんのウォシュウォシュのが限定されてる分使いどころが分かるくらいだ。四足歩行するわけでもない人間が肉球を用立てるなんてそれこそ癒し要素くらいしか……いや、待てよ。

「ダメ元で聞くんですけど、ちょっと触らして貰っちゃだめですか?」
「……。……構わない」

 いいのか。しかしなんだろう、妙に間があったような気がするんだけど。本当に大丈夫なのだろうか。

 わたしの懸念もどこ吹く風、大男は先日と同じように手袋を取り払うとずずいとわたしに差し出してきた。その手のひらは少なくとも1メートル四方はあろう大きさだ。余裕でわたしを握り潰せるサイズだ。

「ほ、本当にいいですか?」
「ああ」
「では失礼して……」

まあ肉球の感触はマニアにはたまらないというが、見ず知らずの大男の手についているものだし言ってもたかが知れてるだろう。とはいえ遠慮して触り損ねるのもあれなので、一言断りを入れた上で思いっきり手のひらを押し付けてみる。

 その瞬間、わたしの理性は消し飛んだ。

「ぉあっ……」

 ――至高。至高の柔らかさ。適度な弾力。瑞々しくも柔軟なこの上ないぷにぷに感。便宜上お兄さんとは言ってるものの多分いい歳したおっさんの手だというのにこんな、この……。

「くっ……、うお……」

だめだこれは。とても抗えない。癒し系どころではない、これぞ癒しである。誰だ肉球の使い所がわからないとか言ったのは。これ以上の何が必要だってんだ。この肉球さえあれば世界だって救えるぞ。

「はあー……、……おわー……」

これはやばい。ぷにぷに、かつふわふわ。ぷにふわ……やわらか……低反発……。そしてどこか神聖さ感じる……ああ、まぶたの裏に桃源郷の風景が――

「…………気は済んだか?」
「はっ」

 ほぼほぼ彼の手にしがみつくようにして肉球を揉みしだいていると、痺れを切らしたのか――むしろわたしの姿にドン引きしておられるのか――とうとう声をかけられてしまった。しまった、あまりにいい感触すぎてつい夢中になってしまった。

「あ、ありがとうございました」

 名残惜しいどころではないが、ともあれ気に障るといけないのでそそくさと身を引いて頭を下げる。すると男は手袋を元に戻しつつ、なにやら興味深そうな無表情でわたしを見下ろしてきた。

「怖いもの知らずだな」
「よく言われます。また機会があればぜひ……」
「おれの能力を知れば気が変わると思うが」
「もしかして肉球に触った人の理性を吹っ飛ばすとかいう能力だったりします?」
「当たらずも遠からず……だ」

 半分冗談だったのだが半分正解だったらしい。しかしなんか悔しいなあ、あまりに最高すぎて枕にして寝たいとか思ってしまった。いや、スモーカーさんのふわとろ煙だって別に負けてるわけじゃないんだよ。ただちょっと系統が違うってだけで……。

「"無香のナマエ"」
「だからその呼び方……はあ、別にいいですけど」
「随分と好奇心が旺盛なようだが、おれが何者かお前は理解しているのか?」
「あ、そういやまだお名前も聞いてませんでしたね。お兄さんだけわたしのことをご存知なのも不公平ですし、教えてもらって良いですか?」

 ていうか、このいまいちコミュニケーションが取りづらいお兄さんのせいでてっきり聞かないほうがいいのかと思ってたよ。確か昨日暗に何者か尋ねたときも、短い返事しかくれなかったし。

「バーソロミュー・くまと名乗っている。王下"七武海"の一人だ」

 おうかしちぶ……? いや、それもあるがくまって名前なのかこの人。斜め上にファンシーすぎる。もしかして頭の帽子は名前を意識してのものなのだろうか。

「くまさんですか。可愛らしいお名前ですね。なんか先ほど戦桃丸兄貴も熊が逃げたとか仰ってたので、今日は熊と縁のある日みたいです」
「推測では……戦桃丸が探していたくまというのはおれのことだろう」
「あーなるほど。てっきり動物の熊だと、ばかり……」

 はて。

 待って欲しい。いや一応、このお兄さん……じゃなかった、くまさんが自分をくまだと名乗った瞬間に、おや? と思いはしたのだ。肉球触って天国を見た後遺症か、ちょっと頭が回ってないらしい。
 ともかくくまさんイコール兄貴の探していた熊ということは理解した。クザンさんに関わるなと言われたことも思い出した。しかし、なぜこの人が危険なんだったっけ。ぱっと見……というか会話した感じ、全然危なそうでもないうえ、なんだかんだ言って海軍本部にいるんだし関係者のはずだと思うのだが。

「あの……大丈夫なんですか。戦桃丸兄貴があなたを探し回ってましたけど」
「政府の指令が関わらない事例で海軍と仲良くする義務はない」
「政府? というと、やっぱ役人さんなんですか」
「七武海だといっただろう」
「ええとその、七武海というのは……」
「……何も教えられていないのか? じき、定期召集があるはずだが」
「あ、それずっと気になってたんですよ。召集されるのがその七武海ってのなんですね」

 ようやく聞き覚えのある単語が出てきた。定期召集、何回か耳にした言葉である。そうそう、確か鰐が来るやつだ。なるほど、つまり鰐ときて熊というわけか、まるで動物園だなあ。しかし三大将の面々みたいな通り名と違ってこの人は本名みたいだけど基準は一体……。
 と、再び思考を脱線させまくっていると、くまさんは珍しく自分から――相変わらず表情は変わらないものの――どこか訝しげに口を開いた。

「先ほどの様子を見た限り、貴様は大層な知識欲を持て余しているようだが……海軍に属していてどうして何も知らない? 情報を制限されているのか」
「いやいや、そんなんじゃないですよ。わたしがちょっと人並外れた常識知らずなだけで」
「……知る機会は幾らでもあったはずだ。今、ずっと気に掛かっていたと言っただろう。それならば調べようとしなかったのは何故だ?」
「え? それは、その……まあ、時間も取れませんでしたし、それに……スモーカーさんもクザンさんも、あまり首を突っ込んで欲しくなさそうに見えましたから」

 うん、やっぱりそれが理由として大きいような気がする。スモーカーさんとか毎日世経新聞取ってるから、ああいうの読めば世情については色々と分かるはずなのだ。けどこの世界初心者なわたしには前提知識が無さすぎて書いてあったとしても何が何やら分からないし、それにあの人たちが話そうとしないことをむやみやたらと突き回すのも気が引けた。
 くまさんは何を思ったのか「ふむ」って感じに押し黙っていたが、暫くして何かを決心したらしい。彼は徐にもう一度口を開いた。

「成る程、刷り込みということもあるか。となれば、今決定を下すのは時期尚早だろう」
「はい?」
「"無香"、好きに問うがいい。お前の疑問に、おれの知りうる限り答えよう」

 ああ、いよいよ呼び名から本名が消えてしまった……などという嘆きはさておいて、いきなり質問タイムに入ったくまさんも謎だ。咄嗟に質問て結構難しいものがあるんだけど……。ともあれ、気になることは諸々ある。折角だし聞けることは聞いておこうかな。

「あの……気になってたんですけど、定期召集ってまだ先の話ですよね?」
「如何にも」
「えと、くまさんはなんで今ここに?」
「おれは政府にとって扱い易い駒だ。七武海が政府に帰属しているとはいえ、聖地マリージョアに招き入れるのは高いリスクを伴う……おれが一早く本部を訪れたのはその為の保険だ」

 ……? 早速、言ってる意味が分かるようで分からん。七武海というからには七人いるのだろうけど、それがどういう集団なのかも未だに分からないままだ。

「お前の存在は以前から耳にしていた。この場を訪れたのは事のついでに様子を見るためだ。お前の価値は判断し兼ねているが、待遇を見るに悪い扱いはされていないらしい。雑用に使われてはいるようだが」
「あー……これは自主的にやってるんですけどね」
「つまり海軍への恩を感じていると言うことだろう」
「それはまあ、そういう部分もありますが」
「いずれにせよ"平和主義者パシフィスタ"の試運転は明日という手筈だ。それまでは自由に動かせてもらう」
「パシフィスタ……?」
「"平和主義者パシフィスタ"というのは……」

 と、くまさんが言いかけた刹那――そう、まさにその一瞬。なんの前触れもなく、わたしと彼の間に烈しい光線が閃いた。

「――!」

 視界が白い光に覆い尽くされる。網膜が悲鳴を上げる前に反射的に目をつぶると、

「……やはりか」

 くまさんの呟きが聞こえた。

 一体今何が起こったのか。強すぎる光に眩んだ目を瞬き、現状把握すべく慌てて前方を見る。するとそこに――くまさんとわたしの間に立ちはだかるようにして――見覚えのある長身の背中が聳えていた。先程の光に加え、黄色いストライプのスーツに少々ガラの悪いサングラスをかけた伊達男とくれば間違いない。そう、彼は――

「――ボルサリーノさん!」

 つまり、今のフラッシュは彼の悪魔の実の能力だったのか。能力を使うほど急いでいたとなるとなにやらただ事ではない気がするのだが、ひょこりとこちらを振り返ったボルサリーノさんは気の抜けるような挨拶を飄々と口にした。

「よォ、ナマエ〜精が出るねェ」
「え、その……どうしたんです、今はマリージョアにいらっしゃると聞いてたんですが」
「いやァ〜戦桃丸君がねェ、くまが居なくなったつーもんだからちょっくら飛んできたんだよォ〜。そしたら見過ごせないもんが見えたんでねェ……」

 彼は実に普段通りの様子でのらりくらりと受け答えしつつ、ゆっくりと顔を上げてくまさんを見た。朗らかな物腰は相変わらずなのだが、サングラスの下の目が全く笑っていない。こういう時のボルサリーノさんは本当に怖い。そして彼の口から発せられたのは、普段よりも一オクターブほど低い、ひやりとするような声だった。

「一体この子に何を吹き込んでんだい、くまァ〜……」
「その娘、何も知らないと見える」

くまさんはボルサリーノさんの剣幕に怖気付く様子もなく淡々とそう告げる。ボルサリーノさんは眉をひそめると、ややあって億劫そうにため息を吐き出した。

「どういう訳でお前がナマエに興味を持ってんのか知らねェが、こっちには色々とデリケートな事情があってねェ〜。大人しく引いちゃくれねェかァ……?」
「貴様たちの事情になど興味はない。おれには貴様の要求に従う謂れもない」
「全く、これだから海賊は信用ならねェよォ〜……」
「……海賊?」

 一触即発の気配の中、なにやら聞き捨てならない単語が聞こえた気がするのだが。

「まさか知らねェのかい、ナマエ。あいつは元2億9600万の大層な賞金首だよォー……?」
「2億!? ま、待ってください、なら"七武海"っていうのは……」
「王下七武海というのは政府公認の海賊の総称だ。政府に略奪品の一部を納める代わりに指名手配や賞金を取り消され、政府未加盟国や海賊からの略奪行為を許される」

 まだ質問タイムは継続中なのか、くまさんが微妙な顔をするボルサリーノさんに構わずあっさりと教えてくれる。なんともはや、今まで謎に包まれていた"七武海"というのは七人の海賊のことであった、らしい。
 というか、政府公認の海賊ってなんだよそれ。正直、海賊には頭に怪我させられたりスられたり拉致されたり拷問されたりしたので全く良いイメージがないし実際その認識に間違いはないと思うのだが、だからこそ意味がわからない。政府が犯罪者集団を囲ってるって、ここじゃそんなのが認められてるのか。そりゃスモーカーさんが嫌う訳だ。しかしこのくまさんが海賊だとは、人となりからも話し方からも外見からも到底そうは見えない。しかもなんだ、2億9600万……およそ3億の懸賞金って、一体どんな凶悪犯罪をしたらそんなことに……。

「とてもそんな風には……」
「あいつは"暴君"くまと呼ばれる男だよォ。その残虐性は言わずもがな――まァ、禄でもねェ海賊には違いないねェー……。ナマエ、お前さんも簡単に信用しちゃいけねェよォ〜」

 それならなんでそんな恐ろしげな海賊を仲間にしてるんだ。……いや、七武海とやらは一応政府の元についている集団ということだし、思うところがあっても海軍の人が口出しするのは難しいんだろうけど。

「まァ……くま、お前さんのことに関しちゃいずれ分かることだと思うんで、わっしはどっちでもいいんだけどねェ〜……。しかし、センゴクさんやクザンは、多分お前がナマエと接触することにいい顔はしねェと思うよォ〜?」
「それはおれが海賊だからか? それとも……」
「おオっと、そこまでにしとけよォ〜。わっしも叱られたくはないんでねェ……」
「後ろ暗い点はひた隠しにしておきたいか。成程、お前たちらしいやり方だ」
「へェ〜、お前がそんな嫌味な口を効くたァ、滅多にねェこともあるもんで……」
「揶揄するような意図はない」

 一体どういう会話なのだろう、これは。多分わたしには聞かせられない話があるからお二方とも具体的なことは口にしてないのだろうが――しかもなにより、このピリピリした空気が怖すぎる。ボルサリーノさんはいつも通りの笑顔だし、くまさんは安定の無表情なのに、なんだろうこのとんでもない圧は。
 すると、さすがのくまさんもボルサリーノさんのこの態度は気に掛かったらしい。彼はボルサリーノさんの影にいるわたしを(気のせいでなければ)ちらりと見て、どこか不可解そうな表情を浮かべた。

「しかし大将"黄猿"が関与するとは想定外だ。貴様はこういった場合には不干渉を貫くと予測していたが」
「ん〜……そうしたいのは山々なんだけどねェ〜。ナマエには悪ィが、わっしは極力面倒ごとには関わり合いになりたくねェんで……ただ――」

ボルサリーノさんも一瞬、背後にいるわたしを意識したような気配を見せる。彼に敵意はないことは分かるが、何故だか少しひやりとした。

「サカズキとクザンの二人はそういうわけにはいかんでしょう。小娘一人、こんな下らねェ理由で最高戦力がぶつかるなんてこたァ万に一つもあっちゃならねェ。本当はこうなる前に処分すべきだったんだろうが、今更言ったところで遅いよねェ〜……」
「ちょ、そういう物騒なことはわたしのいないとこで言ってくださいボルサリーノさん」
「オーオー、まァ安心しなさいや……こうなっちまったら最悪の事態にならねェよう、わっしも協力するつもりだよォ〜。お前さんの行動を制限しようって奴も、わっし以外にいねェようだしねェ……」

 知っていたことではあるが、ボルサリーノさんはやはりわたし個人にさしたる興味はないようだった。多分彼は、性格上衝突しやすいクザンさんとサカズキさんの緩衝材としての役割を果たそうとしているのだろう。以前のわたしならそんな影響力がある訳ないだろうと言っていたんだろうけど、ボルサリーノさんの懸念通りサカズキさんがわたしを殺すことを躊躇わないのもクザンさんがわたしを庇おうとするのもおそらく事実だ。その起爆剤となりかねないわたしをどうこうしようとするのは当然のことだろう。このおじさんは仕事に対してドライなのだ。というか、クザンさんやスモーカーさんのわたしへの肩入れようが異常なだけのような気もするけど。

「それで、制限というのは?」
「ん〜……そうだねェ、分かりやすく言やァ……ナマエ、お前には余計な首を突っ込まねェのを勧める、ってことだよォ〜」
「でも、命令ではないんですね」
「わっしに止められるようなもんでもないからねェ。まァ知りたがるのは勝手だが、もしそれで政府への不信感を持ったとすりゃァ、難儀するのはお前さんの方だと思うよォ〜?」
「……分かりました、極力気をつけることにします」
「ナマエは賢くて助かるよォ〜。むしろお前さんが下手に賢しいせいで、こんなことになってるとも言えるけどねェ……」

ボルサリーノさんの言わんとしていることは分かる。察するに、こういう憎まれ役に立つのは不本意なのだろうということもだ。そんなわたしの内心を汲むように、ある意味元凶であるくまさんはどこか皮肉げな台詞を口にした。

「まるで脅しだな」
「わっしもこんな真似はしたくねェんだがよォ〜。お前が余計な真似しなけりゃァ……」
「その点については的を得ている」

くまさん、なんとも図太い人である。

 ボルサリーノさんはいい加減この場を立ち去りたいご様子で、「そろそろ行くよォ」とくまさんに背を向けつつわたしの後頭部あたりを手のひらで押してきた。彼に従おうとして、はたと足を止める。ボルサリーノさんも流石にここでわたしを放ってもおけないのだろうし大人しくしときたいのだが、しかしだ。

「ボルサリーノさん、ちょっと待ってください」
「なんだいナマエ〜。わっし色々報告しないといけねェから、これ以上は……」
「いやあ、まだ洗濯物、終わってなくて」

山積みの洗濯カゴを指差して、我ながらへらへらした感じに笑ってみせる。ボルサリーノさんは稀に見る辟易とした顔をして、くまさんが見守る中「仕方ねェなァ……」といやいやながら手伝ってくれたのだった。

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