No Smoking


▼ 26-2/2

 わたし、医療棟の忙しさを舐めてた。

 いや、一応舐めてたつもりはないのだ。されどわたしが入院してた際は個室だったし、医療棟の実態を詳しくは存じ上げなかったのである。それでもっとこう、保健室的なのどかさを想像してたというか。しかし予想に反して、わたしの見たそこはもはや戦場であった。

 結論から言うと、海軍、怪我人多すぎ、である。

 軍艦の帰投があればそれこそてんてこ舞いなのだろうが、そうでなくとも引っ切り無しにやってくるのは訓練中に怪我をした海兵さんである。
 なにしろ見渡す限りの怪我、怪我、怪我。打撲裂傷脱臼骨折から火傷凍傷に至るまでコンプリート。いくらなんでも訓練に本気を出しすぎだ。……と思ったら、どうも准将から中将クラスの海兵が強すぎるせいで部下の方が巻き添えを食らってしまうんだそうだ。わたし、ちょっと訓練のシステムを見直すべきだと思う。

 それはさておきわたしは俄然働いた。とはいえ難しい仕事はできないので、殆どは補佐と言う名の使いっ走りをやってるだけなのだが。まあ役に立ててるかはさておき手が足りないのは事実なようなので、成り行きとはいえ精一杯頑張らせていただく所存だ。

 そして問題のナース服だが、一応他の看護婦さんもナース服着用なので、現状わたしの格好にものすごく違和感がある、と言うわけではない。木を隠すなら森というやつだ。ナース服の感じは――わたしのほうがやや丈は短いとはいえ――かなり似てるし、細かいところを除けばおそらくそこそこは馴染めてるはず。ちなみに海軍本部のナースさんの背中には「博愛」の二字が書いてあるのもポイントだ。クリミアの天使が如きだ。


「嬉しいわぁ、今日は医務室も盛況ね」
「医務室が盛況ってあまりよろしくないのでは……」

 医療器具を抱えて呑気なことを言うお姉さん。まあ人の出入りの量からして盛況なのは事実ではある。首にひっ提げた「一日手伝い」の札をふらふら揺らしつつ、わたしも点滴を引きずって彼女の後について行く。

 それにしても、やはりあれだ。わたしみたいなのが医療棟をうろついてると違和感があるようで、現在もなんとなく患者さんからの視線を感じないではない。つらい。今のところ知り合いがいないからいいものの……おっと、これはフラグか。やめよう。
 ていうか目立つのはやっぱブーツのせいだと思うんだよなあ。はあ、まったくこのド派手なゼブラ柄ときたら。これだけでもさっさと脱ぎたいけど、地味にタイミングがない。替えの靴も着替えたときに置いてきてしまったし……ううむ。

「ナマエちゃん、ちょっと」
「?」

 ブーツに想いを馳せていたところ、ふと振り返ったお姉さんに声をかけられた。包帯の束を差し出されたので、とりあえずもらっておく。またお使いだろうか。

「これを誰に?」
「あそこにいる海兵くんに。彼、消毒は済んでるから包帯巻いといてあげてくれる? 私は向こうのヘルプに行ってくるわ。軍艦が一隻戻ってきたみたいで、少し手が足りないらしいの」
「構いませんが、上手くできるかわかりませんよ」
「大丈夫、困ったら本人にやらせなさい」

お姉さんはお茶目なウインクをして去っていった。デキる女、素敵だ。ときめいた。

 しかしわたし、包帯にはあまりいい思い出がない……というか若干の苦手意識がある。経験則からしてわたし多分、人並みより手当の類が下手くそなんだよなあ。まじで本人にやってもらうことになるかもしんない。
 とか思いつつお姉さんの指示した先に向かうと、確かに怪我をした海兵さんが一人、ベッドのへりに腰掛けている。見たとこそう大きな怪我はないようだ。遠目には見れるものの、グロ耐性はそこまでないので助かった。

「はい、お待たせいたしました。包帯はこちらになりますのでできればセルフサービスで……」

 声をかけると、当然こちらを見やる海兵さん。「あァ、どうも」なんて呟きかけた彼の口が、わたしを見るなりぽかんと開かれた。ついでに目もまん丸に見開いた。なにやら妙な反応……いや、あれ、もしやこのお兄さんは。

「あ」

 まずい、馴染みの顔だ。いつも良くしてくれているスモーカーさんとこの海兵さんのひとり。フラグ回収が早すぎる、さっきあんなことを考えたからか。思わず息を飲んだ。
 すると海兵さんは目を剥いたまま、わたしの頭のてっぺんからつま先までに視線を何往復かさせると、息を大きく吸い込み――

「た……ッ、大佐ァ! 大佐ァアー!!」

「な」

 い――いきなりばかでかい声で何を言ってんだこの人は、ハッ、もしかしなくてもわたしの格好が原因か。いやだからってなんだって急に報告を……ってそんな考察は後回しである!

「ちょっ、静かにしてください! なんでそこでスモーカーさんなんですか!」

周囲に誰もいないとはいえ、何事かと思われるからとりあえず黙ってくれ。正気に戻すため肩を揺さぶると、海兵さんは我に返ったのかようやく叫ぶのをやめてくれた。なんつー人騒がせな。この人はファービーか何かの血を引いてんのか。

「ハッ、ナマエ……! ああいや、無性に大佐に報告しなくてはならない気がしてな……」
「どういう理屈ですかそれは」
「保護対象に関わることとして一応は報告をと」
「しなくていいですから。むしろスモーカーさんにだけは絶対わたしのこと言わないでくださいよ」

 まじで、こんな格好してることを知られるなんてたまったもんじゃない。ドン引きもしくはからかわれること必至である。しかしこの海兵さんときたら上司に報告したくて仕方ないご様子、わたしの真剣な頼みにも疑問符を浮かべるばかりだ。

「なんでだ、何か後ろめたいことでも?」
「違いますよ。そうじゃなくて、知り合いにコスプレ姿見られるなんて最悪でしょう! だからお願いですからたしぎ姉さんとかにも言っちゃダメですよ。いやむしろここで見たことは誰にも話さないでください、箝口令をしきます」
「そんなに嫌がらんでも……というかそれなら一体、何故そんな格好で医療棟に……」

 思わず眉間に力が入る。当然の疑問だ。しかしなんでと聞かれてもわたしにだって分からん。好きでやってるわけじゃない。

「色々事情があるんですよ。……とにかく、いいですか。この件は黙っててくださいよ」
「まあ、いいけどよ……。喜ぶ奴も多いだろうに」
「見せもんじゃないです。てかそんなことより怪我したとこ見せてください、知り合いなので練習台にして差しあげます」
「おっ、ありがとな。これも怪我の功名ってやつかもなァ。良いもんが拝めただけよしとするか……」

 なにを笑顔で悠長なことを。このきわどいナース服が似合ってたとしてもわたしは全然嬉しくないぞ。てかこの人もクザンさんと同レベルか、渡る世間はスケベばかりだ。怪我したらしい右腕を差し出されたので、わたしは眉を寄せたまま彼の傷口に包帯を当てた。

「せいぜい見納めるがいいです。ナースのナマエちゃんは今日限り。今後二度と着ませんから」
「えっ、勿体ねェな。結構似合ってるし可愛いと思うぞ?」
「だからそういう問題じゃないんですって――」

 包帯をくるくる巻き付けつつ、やれやれとため息混じりに口にしたその時。


「あーららら……そこの兄ちゃん、分かってんじゃない。やっぱナマエちゃんにはナース服似合うよな」
「……!?」

 ナチュラルに会話に参加してきた低い声。わたしの背後へ視線を上げて、ぎょっと慄く海兵さん。……時間の問題だとは思っていたが、性懲りもなく現れたか。

 振り返ると、すぐそこのベッドで思いっきりくつろいでるのは案の定クザンさんだ。その様子ときたら、完全にここを保健室か何かだと勘違いしたおサボりモードである。医療棟に付いてこようとするのを無理やり追っ払ったはずが、いつの間に。
 とはいえこんなコスプレ好きのど変態セクハラ親父でもそこらの海兵さんからすれば脅威の大将閣下だ。哀れ海兵さんは驚き桃の木山椒の木、包帯のことも忘れ大慌てで敬礼のポーズを取った。ああ、せっかくいい感じに巻けてたのに、クザンさんめ。

「あ、青キジ大将殿!? 本日もご苦労様です!」
「あァ……どうもどうも。お前さんはあれだな、スモーカーんとこの……。さすが、見る目があんじゃない」
「やっぱりねェー、作ったもんを褒められるってェのは嬉しいよねェ〜」
「!? き、き、黄猿大将殿も……!」

さらに反対側のベッドの上。長い脚を優雅に組んで座るのは、妙にピカピカした笑顔のボルサリーノさんである。海兵さんときたら可哀想に、敬礼したままびっくり仰天して目を白黒させ、最終的に責めるようにわたしを見てきた。
 ええいわたしは知らんぞ、そんな目でこっちを見ないでくれ。大体悪いのは主犯クザンさんと愉快犯ボルサリーノさんであってわたしは無関係だ。そりゃ彼が巻き添えを食らったのは多少わたしのせいかもだが、それは運が悪かっただけというか……。まあいいや、ひとまずクザンさんたちのことは放っておこう。

「とにかく、……一旦手当てを済ませるんで、ちょっとお二人は大人しく待っててください」
「なッ、ナマエお前、大将方になんて態度を……」
「あー、おれらのことは気にすんな。今は単にナマエちゃんの様子を見に来ただけなんでな」
「は、はァ……」

 のらりくらりとしたクザンさんの言葉に、海兵さんは混乱したままではあるがおずおず敬礼を解く。わたしもお姉さんの指示くらいはちゃんとこなしておきたいので、包帯を巻き直すべくそそくさと彼の腕を取った。

 さて、そうは言っても大将二人に挟まれて気にせずいるなどどだい無理な話だったらしい。わたしののろのろした手当てと場の空気に耐えきれなくなったのか、しばらくすると海兵さんはあとは自分でやるからと顔面蒼白で去っていった。不憫だ。
 しかしそんな状況にもお構いなく、存在自体がパワハラのクザンさんとボルサリーノさんときたら。

「いやァやっぱ似合ってるな。ちょっと無理してセクシーな格好してる感じが……なァボルサリーノ」
「そうだねェ、スカート丈以外はきっちり守ってるのもいいよねェ。やっぱり白にしてよかったよォ〜」
「それは確かにな……あんた、いい趣味してるじゃないの。一緒にやれて楽しかったよ」
「いやいや、こちらこそ楽しかったよォ〜」

握手を交わしながらのこれである。なんか変な絆が芽生えてる。ますます収拾がつかなくなるのでやめてほしい。

「……そんでナマエちゃん、調子はどうなのよ。見たところ、いい感じに手伝えてるみたいじゃない」

 ボルサリーノさんとのふざけた会話を切り上げ、ふといつもの調子で話を振ってきたクザンさん。彼の言葉に皮肉めいたものは感じられなかったので――未だに不本意ではあるが――「まあ、そうですね」と素直に相槌を返す。

「確かに、お世話になったお礼ができるのはありがたいですよ。普通に本部にいるよりは居たたまれなさもマシですし。勿論これきりですけど」
「そう言うなって……あァ因みに、着心地が悪いとかはねェか?」
「着心地……はそりゃ、普段着てる服と比べたら抜群のフィット感ではありますが」

と、自分の服装を見下ろしてみる。腰回りまでぴったりの、(ナースのお姉さん達と比べるとだいぶ貧相な)体のラインがしっかり見える服装だ。悲しい。あと太もものあたりがスースーして非常に不安だ。スカートの裾を下へ引っ張ってみるが、効果は薄い。

「あの、クザンさん、いくらなんでもスカート丈短すぎないですかこれ。中は見えないってのはほんとなんでしょうね」
「それは確実だ。見えそうで見ないのがおれの拘り、検証に検証を重ねてある。今ナマエちゃんのスカートの中身はほぼブラックホールみたいなもんだ」
「それはそれで怖いんですが」

一体どういう仕組みなんだ。光でも吸収してんのだろうか。そんな謎技術を開発できるならもっと別のとこで用立ててもらいたいものである。


「ナマエちゃーん、戻ったわよー。……あら、大将さんたちも?」

 微妙な雑談を交わしていたところで廊下に連絡している通路からお姉さんが戻ってきた。ゆらゆら手を振るクザンさんに軽く会釈する彼女は、なにやらちょっとお疲れのご様子だ。

「おかえりなさい。帰投した戦艦、どうでした?」
「そこそこ荒れてたわぁ。かなり無茶をしたみたいよ、死人が出なかったのは幸いね」
「そうですか……」

死人……ここでは日常茶飯事なのだろうけど、ぬくぬくした日本育ちのわたしにとってはひやりとする単語だ。大海賊時代、などという冗談のような状況はこの世界において公然の事実なのである。

「海軍本部にいると実感が湧きませんけど、それだけ海では海賊も多いんですかね」
「そうねえ……この辺りは政府の領域だから少ないほうではあるけれど、それでもシャボンディ周辺には多く出るわよね。それに、今回はあの赤犬大将の軍艦だったのもあって……」
「赤犬……って、」

聞き覚えのある名前にはたと瞬いた。

「サカズキさん戻ってこられたんですか」
「――サカズキ?」

反応したのはベッドで寛いでいたクザンさんだ。見れば、なにやら血の気の引いた青い顔を引きつらせている。
 ……そういやクザンさん、サカズキさんが苦手なんだっけ。ふーむ、前見たときはあんまりそんな風には見えなかったんだけどな。てかわたしがちょっとサカズキさんと仲良くなったこともあり、そんなに嫌な印象がないのでどうも得心がいかないというか。

「ええ、そうよ。先ほど赤犬の大将さんも、こちらに顔を出すと仰って……あら」
「あ」

 なんと噂をすれば、である。

 いつの間にか入り口に立っていた――お姉さんとわたしの視線の先、恐ろしい顔をした赤いスーツの大男。深く被ったマリンキャップ、胸ポケットの白薔薇、首元の入れ墨がチャームポイントの、泣く子も黙るサカズキさんご本人の登場である。
 ちらりと横目に見やると、いつの間にかベッドの上にいたクザンさんとボルサリーノさんが姿を消している。よく見たら二人してベッドの影に隠れてた。こんな時だけ俊敏過ぎる……てか全然隠れられてないし。

 そんな状況もいざ知らず。サカズキさんは俯きがちな目元に影を落としたまま、堂々たる足取りで歩み寄ってくる。それだけでものすごい威圧感だ。こんなんで日常生活に支障とか出ないんだろうか。

「おい看護婦、被害状況の確認は済んどるけぇ、取次ぎを任せる。二部屋ほど、……」

 そこで言葉を切り、はたとお姉さんに向けていた視線を移動させるサカズキさん。睨んでるようにしか見えないがこれが彼の通常運転、のはずである。いや、あんまり自信はないが。そこで彼は、唸るような低い声を発した。

「貴様」

わたしの隣にはお姉さん。彼女のことではない。後ろを振り返ってみる。誰もいない。ベッドの影を見る。クザンさんにこっち見ないでくれって顔をされた。

「ナマエ、貴様じゃ」
「え。はい、なんでしょう」

わたしのことか。ナース服だし気付かれずにやり過ごせるんじゃないかと期待してたが甘かったらしい。しかし名前を覚えてもらったのは嬉しいような、むしろあまりよくないことのような。
 そろそろと振り仰ぐと、サカズキさんはわたしを凝視しながら、もともと深い眉間の皺を谷底のごとく深くした。彼は思いっきり顔をしかめつつ、ますます凄みを帯びた声で起伏なく問う。

「……こんな場所で何をしちょる」
「お手伝いです」
「そのけばけばしい格好はどうした」
「一応、制服です」
「……。誰じゃ」
「誰……って、ご存知の通り、わたしは常日頃からナマエと名乗っ――ぉわ!?」

いきなり、容赦なく肩を掴まれた。見上げれば不動明王の顔、あんまり冷えてない冷や汗が背中を伝う。い、一体わたしが何をしたというのだ。いつの間に地雷を踏んづけてしまったんだ。いや、どう考えてもこの格好が原因である。クザンさんめ、今回もあのおっさんのせいで割りを食う羽目になったのだ。許さん。てそんなこと言ってる場合ではない。

 怒りのあまりわなわなと震えるサカズキさんの手からマグマのごとき熱気を感じる。物理的に。やばい、仲良くなったなどと、わたしはなにを勘違いしていたのだろうか。確実にこれ、殺されるぞ。

「ち、違うんです! お見苦しいところを見せたのは謝ります! けどこれはわたしが望んだことではなくてですね、別にでしゃばったわけでもふざけてるわけでもなくて……」
「クザンじゃろう」
「え」

ク……クザンさん? 脈略のない名前に目を瞬く。隠れてるのに気づいたわけじゃなさそうだし、なんでまたいきなり――

「クザンじゃな」

 わたしの返事を待つことのない即断。理解が遅れて疑問符が脳を埋め尽くしているうちに、真っ先に状況を判断して立ち上がったのはボルサリーノさんであった。

「……わっし知〜らない」
「あ、おいボルサリーノ……!」

 あ、あのおじさんクザンさんを見捨てやがった。なんて見切りの早さだ。慌てたようなクザンさんの声色に反応し、サカズキさんがギロリとそちらを見やる。

「そこにおったかクザン……!」

心臓が縮み上がるような恫喝だ。怖すぎる。そして光の速さでちゃっかり逃げ出したボルサリーノさんには目もくれず、サカズキさんはわたしの肩を押し退けて、ヤベって顔のクザンさんに掴みかかった。

「クザン、おどれは……!」
「ちょ、待て待てサカズキ……一旦落ち着けって!」

襟首を掴まれてベッドの陰から引きずり出されたクザンさん。見た感じ、焦りつつも本気で抵抗する気は無いらしい。しかし大将同士がぶつかるという本部崩壊の危機だというのに、隣でまあ大変と悠長に構えているお姉さん、大物である。

「仕事もせんと何をしとるんじゃ……!」
「いやいや仕事はちゃんとしたのよ。てかこれには複雑な事情があってだな……」
「喧しい、貴様は保護対象をなんじゃと思うちょる!」

……なるほど。

 つまりサカズキさんはあの一瞬でわたしが着せ替え人形にされてることを察知したと。流石の判断力、そしてどうやらわたしの味方らしい。やはり保護対象と名のついてるうちは丁重に扱ってくれるようだ。まあつまるところ、アーメン、クザンさん。

「ち……違ェのよ、こりゃ必要な処置であって」
「んな訳がなかろうが! 理由を言え!」

 ボコボコ沸騰し始めたサカズキさんの拳に、クザンさんは物凄い汗を流しつつの焦り顔だ。てかあれ、もしかして溶けてる?

「ほらナマエちゃんいつも私服だし、ナマエちゃんを知らねェ奴がいたら追い出しかねないでしょ! だからおれァ制服を用意しようとだな……」
「そこでなんで看護婦なんじゃ」
「それはまァちょっと迷走したっつーか、欲が出たっつーか……?」
「もしや以前のあの制服も貴様の趣味か」
「あーららら……覚えてたの」
「馬鹿にしちょるんか貴様は……?」

完全にプッツンきてるよサカズキさん。しかし意外だ、わたしも彼があのセーラー服のことを覚えてるとは思わなかった。するとサカズキさんはふと視線を下げ、わたしの姿を改めて見返してやはり苦い顔をする。

「ナマエ……貴様もキッチリ拒否せんかい」
「最初は頑張ってたんですけど嵌められまして……」
「……全く、保護対象なら大人しくしちょれ。どうして貴様が医療棟で働く流れになるんじゃァ」
「それもこれも大将お二人のせいです」
「てかサカズキ、そろそろ離してくれない?」
「反省しちょるんかおどれは……」

サカズキさんもいい加減諦めてきたのか、悪びれないクザンさんを突き放すように解放する。一発くらいお見舞いしそうな勢いかと思ったんだけど、うーん、見れば見るほど仲がいいんだか悪いんだか、よくわかんないお二人だ。
 しかし、そういえば、だ。さっきサカズキさんはこの格好をけばけばしいと称していたし、制服の件を鑑みてもまともな感性の持ち主であることは確かである。……となれば。

「そうだ、サカズキさん」
「……なんじゃ」
「いいこと思いつきました。サカズキさんが最終チェックしてくれたらいいじゃないですか」
「あ?」
「え、ちょ……ナマエちゃん……!?」

クザンさんが咎めるような声を上げるがどうせダメ元の提案だ。この件に関して信用できそうな人材は貴重、当たって砕けてもその時はその時である。

「制服の必要性についてはわたしも否定できないんですが、なにしろあの人たちがどうしてもご自分で作りたいと仰るんです。お忙しいのは承知の上なんですが、最終チェックだけでもやってもらえませんか? あの大将ふたりに意見できる方なんてなかなかいらっしゃらないもので」
「……それで、わしがか」
「そうです」
「いやいや、止めとけってナマエちゃん……サカズキがまさかそんなことやるわけねえでしょ」

クザンさんはそう言うが、サカズキさんの反応は意外と好感触である。これはもしやいけるんじゃないか。というわたしの期待通り、サカズキさんは少し考えてから気のいい返事をくれた。

「まァ、……海軍の風紀が乱れるのはわしの本意じゃないけェ、その程度のことは構わんが……」
「やった、ありがとうございます!」
「はァ……!? マジかよお前の性格なら断るとこでしょ、こんな話題は……」
「貴様にこれ以上好き勝手させるわけにゃァいかん。やるなと言ってもどうせ聞きゃァせんじゃろう」

流石によくクザンさんの性格をご存知でいらっしゃる。いやはや、とにかくサカズキさんの了承を得られてよかった。流石のクザンさんもこれで勝手なことはしなかろう。何事も言ってみるもんだ。

「……ところで、赤犬の大将さん」

 なんとなく話が纏まってきたところで、タイミングを見計らってたかのようにお姉さんが口を挟んだ。全員の視線が彼女に集まる。大将二人とおまけのわたし、しかしお姉さんは気後れする様子もなく微笑んだ。

「先ほど仰っていた、怪我人の受け入れの件をお聞きしても?あまり待たせるのも可哀想ですわ」
「む……いや、そうじゃな。貴様らにかまけて余計な時間を食った」

そうだ、彼女の言う通りこんな話をしてる場合ではなかった。サカズキさんの怪我した部下さんたちをほっといていてはいけない。でも当のサカズキさんもちょっとうっかりしてただろうこれ。

「それじゃサカズキさん、お忙しいとこすいませんでした。次の制服のときはよろしくお願いしますね」
「覚えておこう。……そこの看護婦、部屋の空きはあるんじゃろうな」
「ええ、こちらですわ。案内致しますわね」
「えー……まじか……サカズキが納得するようなのって相当ハードルが高ェじゃないの……。てかボルサリーノあいつどこ行ったんだ」

思い思いに口にしつつ、ようやく奇妙な顔触れがぞろぞろと解散する。いやほんと、海軍本部が沈みかねない展開だった。無事に済んで何よりだ。
 さてどうしよう。てかわたし、まだお手伝い続けていいんだろうか。サカズキさんに怒られないかな……と思っていれば、その彼と連れ立って歩いてたお姉さんが手を小さく振りつつウインクをくれた。どうやらもう十分とのことらしい。素晴らしい気の回りっぷりだ、大変助かった。

 まあなにはともあれ、サカズキさんが関わってくれるとあらば次回こそはまともな制服に袖を通せることだろう。懸念が一つ片付いたことに安堵しつつ、わたしはゼブラ柄のブーツを脱ぎ捨てるべく医療棟を後にしたのだった。

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