No Smoking


▼ 02-3/3

「やっぱりガキじゃねェか」

 かふりと煙を吐き出し、ぱらぱらと資料をまくりながら、ひとりごちる。背もたれに腕を引っ掛けて首を回せば、すぐ近くにベッドがある。ここ一週間、あれだけ距離を取れと対角線の位置をキープしていたくせにこの近さ。それというのも、先ほどこの少女が突きつけてきた取引のせいである。

『その代わり……その、煙を貸してください』

 合点が行くまでだいぶ時間がかかった。確かに、初対面のときから人の話も聞かずに夢中になったり、昼間ももたれかかって離れようとしなかったりしていたが、そこまでお気に召していたとは。煙嫌いなはずもなかったというわけだ。

 かくいうナマエは現在穏やかな寝息を立てて眠っている。真綿のような白煙に包まれてご満悦のようであった。
 まったく呆れたもんだ……と、ここ最近回数の多いため息を吐き出す。

 だが、ようやく落ち着いたらしいこの少女の夢中に、どうにも安堵しているのは確かだ。なにしろその魘されようは、すっとぼけた普段の態度からは想像もつかぬほど、悲痛なものであったからだ。
 苦しいだの、死にたくないだのと毎晩毎晩呻かれるのは、いくら海軍将校でも精神衛生上大変よろしくない。単に溺れていただけの苦痛からくる呻きとは到底思えず、彼女の過去を詮索したくなるのも仕方のないことだと言えた。

「……」

 ぐしゃりと小さな頭を撫でやったとき、なんで、と言いながら、初めてまともに見たナマエの顔を思い起こす。まるではち切れそうなほど緊張した、不安をありありと醸し出す、おおきな真っ黒の瞳。
 なにか、あんな感じの小動物がいたような気がする。名前はいまいち思い出せないが。

「……動物は駄目だな。情が移る」

 さて、この少女を何とするか。ランプの火を吹き消し、ソファにどさりと身を預ける。机に放り投げた資料の一番上には、マリンフォード、その町の優良物件案内が挟まれていた。

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