覚醒






―――――
―――






「テイト君たちが危ない…!!」


カストルの切羽詰った声に、反応したのは、フラウだった。


「ぐ…、西の温室で彼女の反応が…途絶えました」

「オレが行く」


そういうなり、フラウの中から〈何か〉が出た。

そして、号令がかかった。


「洗礼を担当する司教様は中へお入りください」






―――
―――――





「鬼ごっこは終わりだ。テイト=クライン」


優しさのこもってない、ミカゲではない声が、そういった。

その瞳は射るようにテイトを睨みつけている。

まるで、私の存在など無用だというように……。

まあ、確かに私には何もできない。
それも分かっているから、あえて前に出て行こうとは思っていないけれど、あまりテイト君にばかり負担はかけられない。

私はテイト君の服をくいと引っ張った。


「ユキ……。大丈夫だ。お前は、オレが守るから……」

『ちが…っ!テイト、ちがうの!ここは危険、だから、早く……っ!』


私がテイトに訴えかけている途中に、ミカゲではない誰かが声を上げる。


「我が帝国軍から逃げ切れると思っているのか?」


その言葉を聞いている途中、ミカゲの背中からパキパキと何かがはえてきた。

それを見て、私は驚きを隠せなかった。

アレは、……っ!!


『コール、の…翼……!?』

「お前、まさか…コールなのか…?」

『ミカゲ!』


テイトの呟き、私の悲鳴。

しかし、ミカゲは冷酷な笑みを浮かべて言葉を吐く。


「コールだと?私はそんなに優しくないぞ」


私は、ただ呆然とミカゲを見つめる事しかできなかった。

呆然としている私たちの後ろで、テイトが蹴り破った扉が再生していく。
でも、今の私にはそんな事を気にする余裕がなかった。

今、目の前の光景が信じられなかったのだ。


「お前が誰だか知らないが、どうしてオレのダチにそんな事をするんだ!!直接オレだけを狙えばいいだろ!?」


悲痛な声に、私ははっとしてテイトを見る。

一番悔しく思っているのは、一番悲しく思っているのはテイトなのだ。
私が、ここで胸を痛めていても仕方がない。


「それともこれは取引なのか?オレが帝国軍に戻れば、ミカゲを返してくれるのか!?」

『!!ミカゲが……還ってくるの……?』


テイトのその言葉に私は現金にも反応してしまった。
ミカゲが、あの優しいミカゲが……戻ってきてくれる……?

それなら、私も取引材料になるのだろうか?


「取引だと?貴様にそんな権利はない」

『私も……ですか?』

「貴様は対象外だ。それに、元々帝国の人間ではない。興味もない」

『……っ!!』


もっともな言葉だった。

そもそも私は帝国の人間以前に、既にこの世界の人間ではない。

私の世界は、こんなにも凄惨とした世界ではなかった。

もっと活気があって、人と人が互いに慈しみあって、互いを大切にし、親切にして……。

そんな世界で私は育ったのだ。

この世界の常識についていけない私が、ここで口を挟んだとしても、うまくいくはずがない。

うぬぼれていたのだ……。

自己嫌悪にハマッテイルと、いつの間にか私とテイトの間に、ミカゲの体が滑り込んでいた。

私は反射的にテイトを突き飛ばそうとしたけれど、間に合わず、その前にミカゲに痛いほどの力で手首を取られ、身動きが取れなくなった。


「本当なら、殺してやりたいところだが」


そう一言、言ったかと思うとテイトのからだが床に叩きつけられた。


『テイトッ!!』


がはっ、とテイトが口から血をすこし吐き出す。
私は、それを見て冷静ではいられなくなった。


『離して、ミカゲ!お願い、離して!!』

「……」

『ミカゲ!!テイトと親友なんでしょう!?どうして、こんな事をしているの!?』


私の言葉に、ミカゲは反応してくれない。

それが、たまらなく悔しい。


「こんな事をして、二度と私の手を煩わせるな」


私の言葉に答えず、ミカゲは話を進めていく。

暴れようとしたら、ぎりっと手首をさらに強く握られた。


『……っつ!!』


あまりの強さに、手首の骨が砕けるかと思った。

痛みに顔をしかめても、ミカゲは手を離してくれることはない。
私は必死にその拘束から逃れようと暴れる。
でも、私の抵抗なんてたかが知れていて、抵抗らしい抵抗なんて出来なかった。


「この制御装置を付けろ。主に逆らえばどうなるか分かっているだろうな」


ミカゲが、どこからか、ジャラリと何かを取り出した。
それはまるで、凶暴犬を大人しくさせるためのもののようにも見える。

それをみて、私は思わず叫んだ。


『ダメッ!!』


しかし、ミカゲは私の声なんて聞いてくれない。

冷たく、温かみのかけらもない表情でテイトを睨んだ。


「帰るぞ」


背筋がぞくりとするような感覚。

こわい、と本気で思った。

瞬間に、テイトの体が橋の下に吸い込まれるようにきえていき、水音がした。


『……っ、離してっ、ミカゲッ!!』

「……求めるのは……だけでいい…」

『え……?』

「求めるのは――私だけでいい」

『ミ、カゲ……?』


違う。
その時、本気でこの人はミカゲじゃないと自覚した。

なにか心の中でただの悪ふざけならいいのにと、浅はかな考えをしていた。
悪ふざけの域は越えているものの、それならよかったのにと、本当に思っていた。

その時、頭痛がした。


『ぃ……っ!』


あまりの痛みに、私は小さく声をあげる。
ミカゲが驚いたように私を見つめてきた。


『ん……くっ……!』

「ユキ?」

『い、た……ぃ……!』


言葉がまとまってくれない。
伝えられることといえば、痛いということを訴えるだけだ。

瞳にうっすらと涙を溜める。

ミカゲが、驚いたように私に手を伸ばした――瞬間。
床から文字みたいなものが飛び出してきた。


『……っ!!』


床が崩れる。
その時、ミカゲの背後からテイトが飛び出し、背中に生えている骨組みの翼に攻撃をした。

しかしそれはすり抜けただけで、ミカゲに痛みを微塵も与えることはなかった。

それを驚いたように見ていたテイトだったけれど、ミカゲがすぐに反応した。

すぐに背後に回って、テイトに一撃を叩き込む。


「無駄だ」


たった一言、そういったかと思うと、テイトのからだが吹き飛んだ。


『テイトッ!!…っ、お願い、離して!!ミカゲ!』

「……ユキ……お前が見るのは、私だけでいい」

『ミカゲ……』

「今は、まだ許しておいてやろう」


私には理解できない事を呟き、ミカゲが歩き出す。

私は手首をつかまれているから必然的についていくことしかできない。
無力な私を嘲笑うかのように、テイトの体は傷だらけだった。

テイトが苦しそうに咳を繰り返している。

けれど、ミカゲは無慈悲にテイトの首を掴み、持ち上げた。


『テイト!』

「私はコールではない。翼を切ればこの体は死ぬぞ」


私の叫びにかぶせるようにミカゲが言葉を発する。

テイトが苦しそうな表情をしているのに、私は本当に何もできない。

無力を、ただ嘆くしか、私にはできない――……。


「…そういえば、先ほど面白い話をしていたな」

「ぐ…っ」

「ラグス国王に息子などいなかったはずだが」


テイトに言葉を投げかける。
しかし、テイトはその言葉を聞いておらず、ただただミカゲのことを心配していた。


「………っ、ミカゲを返せ…っ」


テイト……、と私の口から言葉が漏れる。

しかし、ミカゲは冷酷な瞳を向けだだけだった。


「…今の貴様に何ができる?貴様のそれが正義だというなら、力なき正義などただの無能だ」


胸を刃で貫かれたかと思った。

テイトに言っているようであり、この言葉はおそらく私にも言っている。

――力なき正義。

確かに、それは何の役にも立たない。
ただ正義という言葉を振りかざして、いい気になっている子供に過ぎない。
でも、私が求めているのは、そんな安っぽいものではない。

そう訴えても、結局は結果が出なければ意味がないのだ。

私は、その結果すら……見えていない。

力もない。
ただ、守られているだけの存在。



―――――役立たず―――――

―――――なんであんたが―――――

―――――目障りなのよ―――――

―――――早く死ねばいいのに―――――

―――――あんたさえ―――――





――――――――生まれてこなければ!!――――――――





繰り返される悲劇は、ただ私を……苦しめるだけだった。


「愚かな子よ。ミカゲの魂は二度と戻らぬ」


私のとどめ言葉を、彼は知らずに突き刺した。


「お前を二度も庇い、軍を裏切った罰だ」






―――――
―――






「あなたに神のご加護を」


――洗礼の儀とは、司教達中でも選りすぐりの七人と大司教が受礼者の額に聖印を施す儀式である。
主に15歳未満の無垢な子供達がコールに侵食されないために行われる。

大司教が受礼者に印をつけていると、フラウからカストルの声が聞こえてきた。


「大司教様…」

「!カストルか…フラウはどうした?」

「西の棟にコールらしき者が現れました。現在、フラウが体を離れて追跡中です」

「らしき?」

「いえ…それが」

「魂が半分しかない子供に、片翼のコールが…」


大司教の隻眼が、驚きに大きく見開かれた。






フラウは、壁をすり抜けて移動していた。


――おかしい。西の棟の温室、聖堂、図書館、見落としはねぇはずだ。なのに、教会のどこを探してもあいつらの気配はない。一般の人間が入れる場所は限られているのに――…


死の象徴を現す姿をしたフラウは、気配を探りつつ、立ち止まった。
背後から、無数の手が伸びてきているとも知らずに……。

急に、ガシッと体をつかまれた。


「あーん、フラウちゃんだー」

「どあっ!?」

「こんなところで何してるのー?」


数人の女性に囲まれたフラウは焦りつつも自分の行動の説明をする。


「お前等、ガキ二人を見なかったか?」

「ガキ二人?」

「侵入者なら隔離しちゃったわよ?」

「何ぃ!?」

「あの子達は危険だわ」


その言葉の中に、フラウの知る少女とテイトが含まれていることをフラウは悟る。


「テイトとあのちっちゃい女は侵入者じゃねぇ。ただのガキだ!あいつらの命がかかっているんだ。通せ!」


真剣な表情のフラウに、女性達はすこし驚きつつもフラウを案内する。


「…んもう、せっかちさんなのね」

「扉を修復して侵入者を『試練の橋』に隔離したとき、〈可愛い坊や達〉まで一緒に入ってしまったわ」

「でも、あなたのためならまた扉を開けれあげる」

「愛しいフラウ」


そういって、フラウは試練の橋に入っていった。






―――
―――――





『いたい……ぃたい……っ!』


それしか、いえない。


『ミカゲ、ミカゲお願い……離してよ…。テイトの手当てを……!!』


くるりとミカゲが私を振り向く。
握ったままの手首を引き寄せ、私を自分のほうへと引き寄せる。

囁くように、私の耳元で言葉を吐く。


「お前は、この奴隷の事しか考えていないのだな」

『…っ、そうじゃ……!』

「では。私のことを考えろ」

『ミ、カゲ…ッ!』


囁きを落として、すこし離れた。

テイトは首に首輪を付けられていた、

そして、ミカゲが私の手首を握っていないほうの手を差し出し、首輪にかませていた。
一体どういう仕掛けになっているのかは知らないけれど、私には理解できない事柄なのは確かだった。

テイトが低く呟いた。


「何故…」


がしゃん、とテイトの両手両足についた鎖が音を立てて外れた。


「何故オレを殺さないんだ!!」


テイトの叫びに、ミカゲが冷静に応える。


「お前を生かして捕まえてこいとのご命令だ」


ミカゲのその言葉に、テイトが渇いた笑いを漏らす。


「…なら、オレが死んだら困るだろ。この首を引き換えにミカゲを…」


必死だ、そう思った。

もう、私の存在なんて忘れられている。

別にそれでなんだというワケでもないのだけれど、それでも、私の存在は、此処でも意味がない。
あまりにも、意味がない……。

甘い囁きを、今耳元で囁かれてしまったら、私はおそらくそちらに傾いてしまう。


「自殺行為も抵抗と見なす」


冷静な声で、ミカゲがそういった瞬間にテイトの体が痙攣し、そのまま意識を失った。


『テ、テイト……?』


反応がない。


『テイトッ!』


駆け出したいけれど、ミカゲが私の手首を掴んでいるために駆け寄る事もできない。


『ミカゲ!』

「ちがうといっているだろう」

『何がちがうの!?ミカゲ、テイトと親友なんでしょう!?』

「そんな安っぽいもの、すぐに崩れる」

『……ミカゲ、なんだ、か…』

「おかしいか?そうだろうな、私は“ミカゲ”ではない」

『……私の名前、呼んでくれないものね』

「……」

『私は、ミカゲに自己紹介したもの。ミカゲは、私の名前をきちんと呼んでくれたもの!どうして、ミカゲの中に入っているの!?ミカゲを、返してよ!!』

「呼んで欲しいのか?ユキ」

『そんな事、言ってない!私は、ミカゲと話しがしたい!ミカゲに逢いたいの!どうして奪おうとするの?どうして握りつぶそうとするの?ミカゲ、苦しんでるじゃない……!!』


必死に叫ぶ。

でも、ミカゲには届いてくれない。


『ミカゲ……ねえ、ミカゲ!応えてよ、ミカゲ!!私の声、聞こえてるんでしょう?そうだよね?だって、ミカゲはまだ生きているもの!お願い、無理矢理にでもいいから、面に出てきてよ!!』


驚いた表情のミカゲが見える。
少しずつ、ミカゲの顔が近づいてきた。

手首を掴んでいないほうの手で、私の頬に手を添える。

優しく、慈しむように……。

でも、これはミカゲの障り方じゃないとも思った。


『返して……返してよ!ミカゲを…返して――!!』


叫んだ瞬間、ミカゲの顔が離れていき、そして、私は眼を瞠った。


「なんだ、これは…」


ミカゲの両の瞳から涙がこぼれた。


「くだらぬ」


そうミカゲが呟いた瞬間に、テイトに異変が起こった。


「《私に首輪をつけたのはお前か?》」


手の甲からはパキパキと何かが出てきており、テイトのしゃべっている言葉の意味が、私には分からなかった。

テイトが、私の知らない人になった。


「《外せ!LV10解除す…》」


攻撃を仕掛けるテイトにも冷静に対応するミカゲは、小さく何かを言った。

そしてテイトが再びびくりと痙攣したかと思うと、今度は大きな音を立てて壁が崩れていった。

そこから出てきたのは、私の知らない存在。

まるでそれは死を象徴しているような姿。
それなのに、なぜか恐怖は感じない。

その死の象徴から、私のよく知る人の声が聞こえてきた。


「〈お前か。クソガキのダチを奪ったやつは!〉



To be continued


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