侵食


『ミカゲ君、気分はどう?平気?また体拭こうか?』

「あ、いや……っ!!」

「ミカゲ……気分はどうだ?」

「快適だよ」


…私の質問にはあやふやに答えたのに、テイト君の質問にはしっかりと答えるのね。
って言うか、ベッドの周りにごちゃごちゃと物がおいてあると邪魔になるんじゃ…?


「良かった――っ、すっげー心配したんだぜ」

「司教さんたちに世話してもらって、すっかりよくなったよ」

『あ、ミカゲ君。果物一つ頂戴。皮むくから。テイト君も食べてね』


言いつつ、私はミカゲくんから手渡しでもらったりんごやオレンジなどの皮を向いていく。

りんごは普通のとウサギ型に切っていく。

オレンジは、皮の部分を残し、皮から身を切っていく。
それをお皿にもって、二人のほうに差し出した。


「サンキュ。…で、いい加減名前教えてくんねぇかな?」

『……』

「オレも、知りたい」

『…どうして?知って、何か意味があるものなのかな?』

「大有りだって!名前呼ばれるとうれしいんだぞ!」

「そ、そうだって!だから、なっ?」

『…その前に、私がここの世界の人間じゃないって言ったら、信じてくれる?』


私のその言葉に、二人の動きが見事に止まった。


『…や、やっぱり、なんでもないっ!』


立ち上がって、部屋を出て行こうとする、両方の腕をつかまれた。

おかげで、バランスを崩して、ミカゲ君の眠っているベッドに倒れこむ。


「ほいキャッチ!…って、お前柔らかいのな」

「ミカゲッ!!」

「あ、悪ぃ…。思わず……」

『あ、の……お、重いでしょ!?ごめんなさい…っ!!』


慌てて体を離そうとしても、ミカゲ君は離してくれない。

というか、この格好が恥ずかしい。

後ろから抱きしめられている格好で……。


『ミカゲ君っ!!』

「あ、悪いな。ほい」


そういわれてやっと離してもらえた。

ほっとして、もう一度立ち上がろうとしたら、今度はがっしりと腕をつかまれた。

……これは一体。


「信じるよ。どんなに信じられない事でも。信じる。だから、話せよ」

「テイトの言うとおりだ!ホラ、話してみ!」


二人の暖かさが、胸にじんとした。

私は、思わず二人の手をぎゅっと握る。

そのとき。


『……?アレ?』


私は、小さな呟きを漏らした。

ぱっとテイト君達の手を離して、自分の手を見る。

そのあと、二人が談笑しているのを眺めていると、テイト君がミカゲ君の手に触れた。

そして、その動きを止める。

私と、同じこと思ったのだろうか…?


――手が……冷たい。





―――――
―――






「本当に、救うてはねぇのか?」

「うん。ミカゲ君はもうすぐいなくなる。そして彼は今半分しかない。残念だけど、あらゆる手を尽くしても過去にそんな例は…」


フラウの言葉に、ラブラドールがすこし残念そうな表情をし、悲しみを宿した瞳を伏せた。


「魂が半分しかない人間なんて、始めてみたぜ」


――一体、どうなってんだ?


――《誰か助けてくれ!!オレのダチなんだ!!》


悲痛な声で訴えてきた、一人の少年。
青年を抱きかかえたまま、必死に声を張り上げていた。


――胸騒ぎがする。


「何とか助けられねぇか?」

「いえ」


――あのガキが、そして、あの少女がきてから、


「ラブラドールの予言は絶対です。…テイト君に、最期の別れの時間を作ってあげたい」


――不可解な事ばかりが…。


「…もうすぐ誰かがあの子を迎えに来るよ。あの子の世界を壊しに」

「迎えに来たのはミカゲ君ではないのですか?それに、彼女は…?」

「あの子はちがう。彼女に関しても、まだよく分からない」


ラブラドールとカストルの会話についていけなくなったフラウが、被っていたはずの帽子を脱ぎ、くるくるとまわす。


「難しいことはよく分からんが、いざとなったらミサなんざサボって…」

すちゃっと手を上げて、堂々とサボり宣言をした途端、フラウの頭の上にみしっと手が乗っかってきた。


「また悪巧みか?いいか、今回のミサは絶対に抜け出すんじゃないぞ。今日は念に一度の洗礼の儀を執り行う」

「うげ…クソジジイ…」

「くれぐれも、信者の前で失態を晒さないように」

「分かってるよクソジジイ」

「大司教と呼べ!!」


がすっと、頭を殴られる。


「テイト君たちの様子は、私が見ていますから」







―――
―――――





−バルスブルグ教会・西棟の温室−






私たちは、互いに肩を並べて歩いていた。

何故私が真ん中を歩いているのだろうか。

気にしてはいけない事だろうが、気になる。
しかも、二人とも私の手を握っているのだから、一緒に歩いているというよりも、拘束されているという事のほうが強い気がしてならない。


「へぇ――教会にもこんなところがあるんだ」

『ミカゲ君……』

「あ、オレ別に呼び捨てでいいよ。、って言うか、呼び捨てにしてくれよ」

『えっ?ミ、ミカゲ……?』

「うんうん。いいな!女の子に呼び捨てにされるのって!!」

「お、オレも呼び捨てで…!!」

『テ、テイ、ト……?』

「―――!!」

「テイとは初心だなー!」

「う、うるせぇ!!」


なんだかんだで、会話が盛り上がっていた。

私はそれを見ながらそばにあった食用花を引きちぎって口に運ぶ。

もしゅもしゅと食べていると、テイトが気付き、私のそばによってきたかと思うと手を伸ばして盛大に食用花を引きちぎってミカゲに差し出す。
…それをすると、お花さんが可哀相に見えてならないのは何故だろうか……?

とりあえずそのことには気にしないようにして、私は花をプチプチと摘んでいただくことにした。

しばらくして、二人が私の両サイドに腰を下ろしてきた。


『………これは一体…?』

「隣に座りたかったんだよ。いいだろ?」

『…まあ、いいけど…さ……』


テイトにかんしてはただ黙って隣にいるが、思っていることはミカゲと同じらしく、すこし頬を赤らめながらこくりと頷いていた。

そう、とだけ返して、私は黙った。

言うべきなのだろうか。
それとも、黙しているべきなのだろうか。

私は言葉に詰まり、俯いていた。

すると、横からミカゲが声をかけてきてくれた。


「あんまり内に溜め込むのは良くないけど、言いたくないなら、無理して言わなくてもいいと思う」

『ミカゲ……』

「ミカゲの言うとおりだな。俺達は問い質したいわけじゃないんだ。無理、しないでくれよな…」

『テイト……』

言いなれていないだろう言葉を言わせてしまうほど、今の私は考え込んでいたのだろうか?
それはそれで悪い事をしてしまった。

それと同時に、私の決意が固まった。

このまま黙していても、状況は何も変わらない。
このまま彼らに何もかもを話さずにいてはいけない。
彼らは、私のことを心底案じてくれている。

これ以上、彼らに迷惑はかけたくない……。


『……ユキ、って言うの』

「え?」

『私の名前、ユキっていうの。よろしくね、テイト、ミカゲ』


やっと、いえるこの言葉。
今まで名乗らなかったために、この言葉を言いたくてもいえなかったのだ。
名前も名乗らない私によろしくといわれても困るだけに決まっている。

だから、今まで私は彼らに自分から近づく事ができなかった。


「ユキ……ユキな!よろしく!」

「ああ、よろしくな、ユキ」

『うん。あのね……まだ、言いたい事があるんだけど、少しだけ…聞いてくれない?』


私がそう切り出しても、二人は快く聞き役になってくれた。


『私、この世界の人間じゃないの』

「は?」

「なに……?」

『元々は、この世界にいなかった存在ってこと。私の知ってる町は、こんなにもぴりぴりしてなかった。もっと平穏で、平和な世界だったの』

「……」

『軍人なんていなかったし、士官学校なんてものはなかった。まあ、普通の学校はあったけど、もとの教育方針がもう違うの』

「軍が…存在しない?」

『そうだよ、テイト。私の世界では、この世界のこの状況が異常に見える。まあ、テイトとかミカゲとかにしてみれば、私の世界が異常になるんだと思うけど』

「そこは、どんな世界なんだ?」

『……すごく、平和な世界。この世界の平和を望む人が、うらやんでいるような世界よ。争いなんてほとんどないし、若い男性が出兵される事もない』

「……人を、殺さないのか?」

『うん。人を殺すと、殺人鬼としてつかまっちゃうから。少なくとも、私のいた国では。それぐらい、警備は徹底していたし、それが当たり前の世界だった』

「……本当に、そんな世界が存在するのか?」

『するよ。でも、どうしてか私はこの世界にいるんだよね。まあ、私たちの世界で言うトリップっていうやつなのかな?』

「じゃあ、ユキはちがう世界の人間っていことか?」

『そうだね。だから、私は〈この世界〉の事を知りたかった。でも、本の文字も読めなければ、テイトとかミカゲが使っているへんな魔法みたいなのも理解できなかった』

「じゃあ、俺が脱走するときに使ったあの力は?」

『…アレ?あれね……うーん……。なんていうのかな。といっても、私もはじめて使ったんだ。ただ、んー……』

「?」

『簡単に言うと、言葉に力を込めた、ってかんじかなぁ?』


意味がよく分からないのか、二人は首をかしげた。
うん、分かるよその気持ち。
だって言ってる私ですらよく分からないんだもの。

とにかく、私は私がこの世界に住人ではない事をできる限りの言葉で説明した。
テイトもミカゲも、ぽかーんとしていたが、二人して深々と溜息をついた。


『……ご、ゴメン、聞かなかった事にしてもいいから…その……逃げるねっ!』


いたたまれなくなり、立ち上がって走り出そうとしたが、両側から腕をしっかりとつかまれ、そのままもとの場所に逆戻りした。


「誰も信じてないとはいってねぇじゃん。それに、その話を聞いたらちょっと納得した」

『納得?何が?』

「試験のとき。あの時、ユキはすごく怯えてただろ?それがずっと引っかかってたんだ」

『…な、なんで?』

「いくら突然振って沸いてきた女の子といえど、俺達の世界では殺しなんて日常茶飯事。確かに怯えるかもしれないけど、あそこまであからさまにはならないからな」

『……テイト、ほんと?』

「…ああ。オレはミカゲの言葉に頷けるかな。まあ、オレは元々戦闘用の奴隷だったから、血を見るのなんて慣れてる。それに、今では人を手にかけてもなんとも思えなくなっているしな」

「テイト」

「いいんだ、ミカゲ。本当の事だし、それに、オレはすこし、ユキが……うらやましい」

『…テイト……。テイトはそんなことはそんなことは思ってないと思うよ』 

「ユキ……」

『だって、テイト、囚人を殺すときに躊躇ってたじゃない。それに、あの人を殺したのは……アヤナミさんだわ』


酷く冷酷な瞳を思い出す。
何が彼をあそこまで追い詰めているのか。
私にもよく分からないけれど、彼は何かを強く強く求めているような気がする。

ミカゲに視線を送ると、ミカゲが何故だかさっと私から視線を逸らした。


『?』


よく分からなかったが、私はテイトに視線を向けた。
すると、テイトも何か話があったらしく、重々しくその内容を告げ始めた。

その内容は、私には理解できる事ではなかったけれど、テイトが、滅ぼされたラグスという王国の子供だった事。
彼が幼い頃、神父さまに育てられた事。
神父さまも、帝国軍に殺されてしまった事。

そのかん、ミカゲはずっと静かにテイトの話を聞いていた。

その話は、私には理解できない事だ。
でも――…。

どうしてテイトは、こんなにも悲しそうな、寂しそうな表情をしているのだろう。


「…――って、オレ奴隷だってのに、急にこんなこと言ってさ…。信じるほうが難しいよな。悪ぃ…」


本当に申し訳なさそうに呟く彼に、私は胸が締め付けられるようだった。

そんなことはない。

そういいたかったけれど、私にはその言葉を出せなかった。
私が慰めたとしても、彼がそれを受け入れる事ができるとは思えない。
私は、この世界の人間ではないのだから……。

でも、ミカゲは真剣な表情でテイトの言葉を受け止めていた。


「俺は信じるぜ」


僅かに顔を上げたテイトの表情が、驚きと嬉しさを表していた。


「だってお前って気高いって言うか、お高く留まってんだよな。王子様かよ…なんか納得だぜ」

「ひでぇ!!」


二人の会話を聞いて、私はすこし安心した。

この二人は、きっと大丈夫。

いつまでもいつまでも、二人で歩いていけるだろう。

互いが互いを信頼しあっているのだから……。

ミカゲが、テイトの頭に手を置いて優しい言葉をかける。


「お前の心にも、ちゃんと親の愛情が残っていて良かった」


ずきり、と無意味に胸が痛くなった。
でも、それを表に出すことはしない。
私はさも、よかったという表情を作り出す。
それは、誰にも気付かれてはならない事。


「テイト=クラインは、生まれた時から一人ぼっちじゃなかったよ」


テイトの顔に、幸せそうな笑みが浮かぶ。


「それで、お前はどうしたいんだ?」


ミカゲの問いに、テイトはすこし考えるそぶりをして見せた。


「オレは…」


だん、と体に衝撃が走ったような感覚だった。


『…っ!?』

「!?」


ワケが分からず、私は眼を見開く。
テイトも同じなのか、私と同じように眼を見開いてから苦しそうさに頭を抑える。


「ぐ…!!」


痛みを耐えるようにしていたらしいが、それは無駄になった。
あまりの痛みに、テイトの唇から呻き声が聞こえてくる。

私は、何とか膝を抱えて、それに顔を埋めるという事でしのぐ。

テイトが、あまりに耐え切れず、草に倒れこんだ。


「テイト!?」


ミカゲの、心配そうな声が聞こえてくる。


『……!』


また、何かが見えてくる。

見たくない、見たくない、見たくない見たくない見たくない…っ!!

私のものでもないこの映像を、私は見たくない!
私に見せないで。

どうして私に見せようとするの。
どうして私に、それを見せるの。
私は、この世界の住人じゃない。
私は、この世界になじめてない。
それなのに、どうして―――。



――《テイト》



優しげな、男性が見えた。

――いや…


「父さん…」


テイトが呟く。


――私には、関係ないことじゃない!



――《一度しか言わないから良く聞きなさい》



――お願い。何も言わないで……



男性の声が、一言一句、途絶えることなく私の耳朶に響いてくる。



――《このミカエルの瞳こそ、ラグスの歴史。テイト。お前がその先をついでゆくのだよ》



聞かせないで――っっ!!

私の悲鳴は、誰にも聞かれない。



――《それがお前の使命だ》



ああ、私は、また聞いてはいけないものを、見てはいけないものを見てしまった。

どうして、私にはその情景が流れ込んでくるのだろうか。


「オレの、使命なんだ。ラグスの歴史を知ることは」




――《決して帝国軍の手に墜ちてはなりません》



「ミカゲ。ゴメンな。オレを、迎えに来てくれたんだろう?」


絞り出すようなその声に、私は何もいえなかった。
やっと終わった映像の嵐に、私の体さえもつかれきっていて、何を考えていいのかもよく分からない。

私は、ぐったりとミカゲの体にもたれかかってしまった。


「ユキ…?」


驚いたような声を出されてしまったが、今はそんな事に構っていられるほどの余裕がない。

ただ、今は息を整えることに集中しなければ。


「でもオレ…っ、帝国軍にはもう戻れない…!!」


テイトの決意が、私の耳にも届いてきた。

ミカゲは驚いたような表情をしてテイトを見、そしてすこし寂しそうな笑顔を作った。


「…」


言葉が、出ないような感じだった。


「立てるか?テイト。ユキも、平気か?」

「ありがとう」

『も、ちょっと…』

「ああ。分かった」

『あり…がと…』


それだけを言って、私は眼を瞑る。
すると突然体がふわりと浮いた。


『…っ、ミカゲ!』

「立てないなら、立たせてやればいい。そうだろ?お前は、一人じゃないんだ。少なくとも、これからはテイトがお前のそばにいて切れる」

『……ミカゲ…?』


言葉に引っ掛かりを覚える。

なんだろう。

この、言い表しようのない妙な違和感は……。

そして、ミカゲはテイトを見て優しく微笑んだ。


「分かった、命がけなんだろ?だったら貫いて見せろよ」



そういった瞬間に、ミカゲがすこし反応する。

私の頭の中にも、信じがたい声が聞こえてきた。


――「それが貴様の答えか」


この声、どこかで…聞いた事があるような……?


「でもミカゲ…っ、お前は大丈夫なのか?」


テイトの心配をミカゲはあまりよく聴きもせず自分の言いたい事を言い始める。


「…テイト、これからオレの言う事をよく聞け。俺の声が届くうちに聞け、な?」

「?」

『ミ、カゲ…?』


重たい瞼を必死に開けて、私はミカゲを見る。

ミカゲは私に優しく微笑みかけて、テイトを真剣な瞳で見つめた。


「一つ、帝国軍を敵に回すな。復讐は何も生み出さない。たとえ誰かを憎んで殺しても、お前は救われない。必ず前を向け。光のある道をすすむんだ。
二つ、お前は人の優しさを受けるのも人に心を開くのも下手だけど、オレの最高のダチだ。お前の幸運をいつでも祈ってる。いつでも俺はそばにいる。忘れるな」

「ミ…ミカゲ?どうして急にそんなことを言うんだよ…」


すこし恥ずかしさを含めたテイトの言葉。

でも、私にはそれがミカゲの遺言のように聞こえて、私はミカゲの軍服を強く握った。

それに気付いたミカゲが悲しそうな表情で私を見下ろす。


「せっかく、お前から名前を聞いたのに…もうお別れなんてな……ユキ」

『ミカゲ…一緒……だよね?離れ離れになんて、ならないよね?』

「ユキ……なりたくなかった、よ」

『ミカゲ!!』

「なあ、こんな事言っても、信じてもらえないかもしれないけど…。オレ、おまえが好きだぜ?」

『…っ!』

「すごく、すごく好きだ。……言っとくけどな。“like”じゃなくて“love”だからな!」

『そ、んなの。これから確かめていく!』

「…ユキ……。愛してるよ…」


ミカゲが、私を地面に立たせるように降ろして、私を思い切り抱きしめた。


「ミカゲ?」

「テイト。最期に、頼みがある」


テイトの表情がありありと分かる。

そして、ミカゲは囁くように言った。


「オレを殺せ。テイト」


驚きに、眼を見開いた。


『――っ!!』


また、映像が流れ込んできた。






―――――
―――






――「テイト=クラインが逃げたとき一緒にいたんだってね」


これは。
この人は…ヒュウガさん!



――「俺は人質に取られただけだ。彼女は、あいつが逃げるさいに攻撃をされないためにつれていった。それだけだ!たとえ拷問されたって、オレは何もしゃべらない」


ああ、ミカゲ……。
あなたは、あの人たちと面を向かってそんなことを言ったんだね……。


――「おや、あの写真は君の家族かい?」


瞬間に、ミカゲの表情が変わる。


――「可愛い妹さんだね。『家族のために』。軍の志願書を呼んで感動したよ。君は優秀な人材になる」


見る見るうちにミカゲの体が震え始める。

ああ、この人たちはわかっていてやっているんだと直感した。


――「だから君に選択権を与えよう。家族か、テイトか」


するりと、ミカゲの背後から、すらりと背の高い、冷酷な男性が出てきた。

……アヤナミ、さん!!


――「好きなほうを連れて私のところへ来い。逃げられぬよう、印を付けておこう。よく考えろ。どちらも選べなければ、お前が死ぬ」






―――
―――――




「何言ってんだよ!!お前を殺せるわけねーだろ!!」


テイトの怒鳴り声が聞こえる。

しかし、ミカゲは私の体を――といういうよりも、自分自身の体を押さえつけるように腕を回す。

すこし、どころではないくらい痛い。


『ミ、カゲ……!!』


痛い、という訴えは、既にミカゲに届いていない。
ミカゲは、私よりも自分の中にある何かに気を取られているかのように無意識に腕の力を強める。


「それなら…っ、早くユキをつれて…逃げろ…っ、もう抑えが効かねぇ…っ」


私は、ミカゲの腕の中に閉じ込められたまま、痛みで眼をぎゅうっと瞑っていた。


「?」

「オレじゃない誰かが…お前を狙ってる
…っ」

『ミ、カ……!』

「チクショウ…!!お前を売ったりなんかできるか!!お前だって家族と同じぐらい大切なんだ!!」


アレは、現実……!?

そう理解した瞬間に、私はミカゲの腕の中から無理矢理体を捻って逃げ出す。

そして、テイトが私の腕を引っ張って自分のほうへと私を引き寄せる。


「理由を言えよ!!お前をほうっておけるか!!」


テイトが私の腕を離してミカゲに近づいていく。

瞬間。


『テイト!!』


テイトの体が私のほうへと飛んできた。

慌てて膝を折ってテイトを抱き起こそうとする。
テイトは大丈夫といって私の手を握る。


「何やってんだ」

『ミカゲ…』


怖いくらい真剣なミカゲの表情に、私は言葉をなくす。

それと同時に、ミカゲの心の声が、また流れ込んできた。


――怖いんだ、テイト…


『!!』


これは…?

理解する間もなく、ミカゲがテイトに怒鳴りつける。
それと同時に、私の頭の中にはミカゲの悲しげな声が響いてきた。


「ここからは一人で行くんだ!!」


――行かないでくれ……


「お前に会えたおかげで」


――嫌だよ


「いつも胸があったかくて幸せだった」


――お前がいないと寂しいんだ


「オレがお前を」


――オレの家族を


「傷つける前に」


――見殺しにしないでくれ…


「行くんだ…!」

「………!」


テイトが、なにかに思い当たったかのように眼を見開き、ミカゲに言葉をぶつける。


「まさかお前…帝国軍に何かされたのか…!?」


テイトの言葉に答えてくれるミカゲは、もうそこにはいなかった。


「逃がさぬぞ、テイト=クライン」



――大好きだ



「私と一緒に帰るのだ」



――――――さよなら――――――



それからの展開はめまぐるしかった。

ミカゲがテイトに攻撃を仕掛け、それを呆然とみていると突然あらわれたシスタードールに助けられて……。

私は、状況に追いついていけず、その場で呆然としているだけだった。

ばきん、とシスタードールが粉々に砕け散る。


「ほう、無粋な人形師がいるな」


背筋に、ぞくりと悪寒が走った。

この人は、ミカゲじゃない…!

そう思った瞬間に私はテイトに腕をつかまれてそのまま走らされた。

脚の早いテイトついていくのが精一杯で、私には周りを気にかける余裕などなかった。


「く…っ!」


テイトはときどき後ろを振り向き、そして攻撃を防御する。

私はそのときはじめて、あの文字みたいなものが飛んできていることに気付く。


『…っ、〈守って〉!!』


叫ぶと、私とテイトの周りには不可視の壁ができあがる。
それを驚いたように見たテイトだったけれど、今はそれど頃ではないと言うことを思い起こし、私の腕を引っ張ったまま、再び走り出す。


角を曲がっては、扉をつき破るように開き、また角を曲がっては走って、角を曲がっては、扉をつき破り……その繰り返しをしているうちも、後ろからの攻撃の手はちっとも弱まる事を知らない。

背後では、何度も鉄と鉄をぶつからせたときに響くような高い音が鳴り響く。

そのたびに体に鉛を付けられたような感覚に陥っていく。

そのうちに、曲がり角がなくなっていき、テイトは蹴りで扉をつき破ると、そのままその中へと入っていった。

そこは、何十本もの橋がかけられていて、不思議な場所だった。

でも……その先には、軍服を風に靡かせながら、ミカゲではない誰かの笑みを貼り付けたミカゲが、その場にたって待っていた。

「……っ!!?」

『ミカゲ……!』



「鬼ごっこは終わりだ。テイト=クライン」



To be continued


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