―――――
―――



「シルバーローズ。別名〈守りの花〉。珍しいですね、ラブラドールがあの花を渡すなんて」


教会の上から、テイトたちの様子を見ていたカストルが呟く。


「何か、よからぬことが起こらないといいのですが―――…」




―――
―――――



満面の笑み、とはきっと今のテイト君の笑顔のことを言うのだろう。
私には、絶対にできない、その笑顔。


「ミカゲ…!!」


感動の再開、まるで、恋人同士の再会のようなその場面。

私は、ただ呆然と見つめていた。

なんだか、胸の内に焦燥が湧いてきた。
危ない。
怖い。
このままでは、私が壊れてしまう。



―――――守らなければ―――――


「テイ…」

「良かった…お前とたくさん話したい事があるんだ…」


私には向けられない笑み。
私にはできない、笑み。

彼は、こんなにも純粋な光をもっている。

私は、その場にいるのが辛くて、走って逃げようとした瞬間、目の前でミカゲ君の体がくずおれた。




私は今、ベッドの上で横になっているミカゲ君の容体を確認していた。


『…多分、疲れか何かで倒れただけだと思う。すこし休んでいれば、問題ないよ』


そういって、私はミカゲ君の額に乗せていた手をするりと引いて、立ち上がった。


「ミカゲ…」

「大丈夫だよ、テイト。彼女が言ったとおり、すこし疲れてるだけだから…」

「良かった…」


安心しきったように、テイト君が長い溜息をついた。


「しばらく安静にしていたほうがよさそうですね」

『そうですね、すぐに動いてまた倒れたりしたら大変ですから』


カストルさんの言葉に賛成して、私は二人を見た。

すると、テイト君が、先ほどラブラドールさんからもらっていた花を出した。


「あ!この花、お守りにってもらったんだ。ミカゲにあげてもいい?」

『……』

「こいつ…オレの親友なんだ…」


優しげな表情をしたテイト君。

そんなテイト君の発言に照れたミカゲ君は布団を引き上げて中に隠れてしまう。
しかし、カストルさんがそれを止めた。


「この花は、あなたがつけなければ意味のないものですよ」


言いながら、カストルさんがテイト君の胸元にシルバーローズ(ぽいと思う)を付けてあげていた。

私は、ただそれをじっと見つめていた。


「じゃあ、オレがミカゲの看病を…」

『…私、この水替えてきますね』


てくてくと歩いていこうとしたけれど、がしっと肩をつかまれて進めなくなる。

えっ、と思ったら、フラウさんが私を引き止めていた。


「ちょっと待て。お前らはおきてから一食も食ってねーだろ」

『あ…』


ふむ、と納得していると、私はフラウさんに手首をつかまれて、テイト君は肩に背負われるように持ち上げられてそのまま強制連行された。


「この時間のがひたら朝まで食いっぱぐれるぜ。お前らにまで倒れられたら迷惑だ」


……迷惑、ね。
元々迷惑な存在だから、私のことは気にしなくてもいいのに…。

そう思うけれど、声には出さない。

テイト君はだいぶ抵抗していた。


「オ…オレは別に腹なんか…」


言いかけても、身体は正直らしく、テイト君のお腹が盛大に悲鳴を上げた。

そしてそのまま私達は連れて行かれた。


「さあ、夕食のお時間ですよ」


かわいらしいシスターさんが案内をしてくれる。

一人一つらしいなべが目の前に置かれていたが、なんだか嫌な予感がしたために私は隣に座っているカストルさんに、目の前に盛大に置かれている花を指差して食べられるかどうかを聞いておいた。

カストルさんは笑顔ではい、と応えてくれて私はそのままその草花に手を付け始めた。


「質素ですが、いっぱい食べてくださいまし」

「力がつきますわ」


シスターさんたちはテイト君がお気に入りらしく、せっせと身の回りのことをしてあげている。

なんだか、お姉さんみたいですこしうらやましい。


「今日のメニューは――」


目の前に置かれた鍋の蓋に手をかけて、テイト君はすこし期待のまなざしで蓋を開ける。

そして―――盛大に蓋を閉めた。


『……』


何が入っているんだろうとすこし興味が湧いて、私も少しだけ蓋を上げてみて……見なかったことにした。

うん、私の選択は間違ってなかった。
元々小食だし、このお花さんたちも甘くておいしい。
私的にはこちらのほうが好みだ。

私はその後も黙々とお花さんたちをいただいた。


「今日は貴重食材のアイフィッシュをいただきました。私達はお肉を食べられないので、本当にありがたいですわ」


シスターさんがそういうと、カストルさんが説明を加ええくれた。


「教会では主に穀物・野菜、魚などの質素なものを食べています。特にこのアイフィッシュと食用花は第七区の特産品なんですよ」


……そういう魚で、しかも特産品なんですね。
すごいです。

すると、フラウさんがテイト君に向かって、質問をした。


「お前、今まで何食ってたんだ?」


するとテイト君がすこし思い出すようにして一つずつあげていった。


「フツーのご飯に、強化プロテインとビタミン剤を摂取して…」

『……』

「だからこんな小せぇんだな」


私も、その食生活はいかがなものかと…。
といっても、私は何も食べないほうが多かったから人のことなんていえないんだけど。


「お前は?」

『わ、私ですか?……あ、あんまり食べない事のほうが……多かったかな、と…』

「……あんまり食べなくて、その身体か?」

『…?は、はい?』


何を言われているのかよく分からないけれど、とりあえず頷いておいた。

胸の辺りを見られているようなきもするけれど、元々あまり出ていないのだから気にする必要はない。

と、思っていると、横からテイト君が私を身体を抱きかかえてきた。


『テ……ッ!?』

「お前!い、いやらしい目で見るな!」

「ほほーう?つまり、お前はこの子に惚れていると?」

「なっ、何でそうなる!!」

『……っ』


それよりも離して欲しいです!!
恥ずかしいです!!

硬直していると、カストルさんが隣から救い出してくれた。
カストルさん、あなたは神様です…!!

そんなこんなしていると、シスターさんたちが話を振ってきた。


「そういえば、私達、まだあなた達の名前を聞いていませんでしたわ」

「…テイト…。テイト=クライン」

『……ご馳走様でした。私、先に部屋に戻ってミカゲ君の様子を見てきます…』


私は立ち上がって、すこし駆け足でその場を去った。


「まあ…彼女は、心を開いてくれませんわねぇ…」

「テイト君、テイト君は彼女のお名前、ご存知ですか?」

「…オレもまだ、聞いた事がないんですよ。聞こうとしても、今みたいに逃げられてしまって……」


彼らの疑問は、彼女に向くばかりだった。






『ミカゲ君?入っても平気?』

「ん?大丈夫だけど?」

『じゃあ、失礼します』


ノックをしてから声をかけて、私は部屋に入る。
ミカゲ君はベッドの上に半身を起こして、扉のほうを見ていた。


「ああ、あんたか。ありがとな、イロイロ世話してくれて」

『ううん。私にできる事って、このくらい……つっ!?』

「なっ、お、おい大丈夫か!?」


急な頭痛にすこし顔を顰めて、私はすぐに痛みが引いた事を自覚した。

なんだったんだろうと首をかしげて、ミカゲ君に頷いて笑って見せた。


『う、うん。平気。なんか、ちょっと頭痛がして……』

「身体の具合でも悪いのか?なんなら、此処で一緒に横になるか?」

『ううん。大丈夫。それに、私まで横になったらミカゲ君の寝る場所が狭くなっちゃうよ』

「可愛い女の子なら大歓迎だな」

『ふふ、私、可愛くないし、襲ってもなえちゃうような体つきだよ?』


ちょっとチャカして言ってみたら、ミカゲ君がえっ、と固まった。

そして、じっと私の身体を見つめているかと思うと、急に赤くなって、 顔を逸らした。


『???』

「そ、そんなことを言うのは反則だ…」

『あ、え?な、何?』


よく分からず、聞き返してみても、答えは返ってこなくて、私は諦めてミカゲ君の額に手を伸ばした。
ミカゲ君は驚いたように上半身を逸らして私の手から逃げる。


『ミ、ミカゲ君?』

「あ、ああいや、悪いっ!べ、別に悪気が合ったわけじゃ…!!」

『あ、私だと不安とか?だったら、カストルさんとか、シスターさんとか呼ぶ?』


そう思い立って、立ち上がって扉に向かおうとしたら手首をつかまれた。

ミカゲ君が顔を赤くしながら私を見つめている。


「ち、ちがうから…。だから、お前が…看病してくれない、か?」

『わ、私で平気?私、頼りないよ?』

「そ、そんな事ねぇーよ!!」

『…う、うん…、ありがとう…?』

「だ、だから…その…」

『……じゃあ、ちょっと体温計るね?おでこ、大丈夫?』

「あ、ああ……」


なんだかよく分からない会話をした後、私はミカゲ君のおでこに手を当てて熱を測る。


『顔は赤いけど、熱はないよ。大丈夫。このまま安静にしてれば、そのうち身体も楽になるから』

「お、おう……」


なんだか、ミカゲ君の態度がたどたどしいけれど、気にしてはいけないのだろう。

私は早速くんできた水のなかにタオルを浸して絞った。


『さ、背中を見せて!』


言いながら、私はミカゲ君を振り返り、首をかしげた。

なんだか、妙に顔が赤い。
さっき熱を測ったときはそんなにも赤くなかったのに、まさか熱が上がってきているのかと思い、私はミカゲ君のおでこに再び手を乗せた。

それと同時にミカゲ君がびっくりしたように私を見たけれど、私にはそんなことを気にしている余裕はない。

とりあえずミカゲ君の熱を測ることが最優先だった。


『あれ?やっぱり熱はない…ミカゲ君、どこか、身体が悪いなって思うところとかない?平気?』

「だ、だ、だ、大丈夫…っ!」

『遠慮しないでね?いつでも頼って』


そういって、ミカゲ君に服を脱いでもらって、私はせっせとミカゲ君の背中を拭き始める。

シスターの方達がやってくれていたのか、身体は清潔だった。

これなら、私のこの行動は余計な世話だったのかもしれない。


『もしかして、お昼とかにシスターさん達に身体とか拭いてもらった?』

「あ、ああ…そういえば…?」

『…あんまり覚えてないの?でも、身体は綺麗だからきっとやってもらったんだね。私がやらなくても大丈夫だったみたい』

「そんなことねぇよ!!」

『そ、そんなに大きな声出さなくても大丈夫だよ?』

「あっと…わ、悪ぃ……」


私のその言葉でしおしおとしていくミカゲ君がなんだか可愛くて、私は思わず笑ってしまった。

そんな私を見てミカゲ君も笑い返してくれる。

私達は、しばらく笑いあっていた。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。知ってるとは思うけど、オレはミカゲ。お前は?」

『……私は、名前は言わないわ。好きなように呼んでくれればいい』

「なんで?」

『この世界の、異分子である私には、呼んでもらう資格がないから……』

「…?よくわかんねーけど、あんまり気にしなくてもいいんじゃないか?お前は、ここにいるんだから」

『…!ミカゲ、君……』

「ん?何?」

『あなたは、泥の暗闇から人を救うのが、上手なんだね……』

「???」

『……約束。いつか、あなたに本当の名前を教えてあげる。そう遠くないうちに。私の名前、呼んでね』

「ああ!もちろんだ!」


太陽のような笑みで返してくれたミカゲ君に私の仄かに笑みを返して、その日はそのまま自室の戻って休んだ。

翌朝、朝早くからシスターさんたちに混じって、私は一緒に掃除をしていた。

そばにはテイト君やフラウさんもいる。

テイト君はどこか上の空で掃除道具を持ったままじっとしていた。


「なあ、オレ、ミカゲが起きたら、此処を出て行くよ」

『…え?』


唐突な言葉だった。

急に何を言い出すんだろうと思い、テイト君をみても、彼の表情は真剣そのものだった。
私が止めても、元々意味がないのに、愚かにもそんな事をしようとした自分を、私は大いに恥じる。


「これ以上此処の人たちに迷惑をかけるワケには行かない。…どうして、こんなにも親切にしてくれるんだよ…」


そばにいたフラウさんとカストルさんは驚いたように沈黙し、カストルさんがにっこりと微笑みながら返答する。


「神に仕えるものは、救いを求めるものを見捨てたりしませんし、また裏切る事もしません」

「れ…礼はする。でも…っ、俺は助けて欲しいなんて思ってないぞっ」

「おや。そうですか?」

「ガキ」


慌てて言いつくろうテイト君にカストルさんとフラウさんがすこしおちょくる。

それでも、次の瞬間には、テイト君に救いの手を差し伸べる。


「あなたが此処にたどり着いたのも、きっと何かのご縁だと思いますよ」


優しい声音に、私の胸は痛くなっていくばかりだ。

私は、神様に助けてもらえると思えるほどに能天気な性格でもなければ、疑り深い人間だ。
そんな人間に、加護が起きるとは思えなくて……。


「お、オレの素性を…聞かないのか…?」


恐る恐る聞いたテイト君の頭を、フラウさんがぽんと軽く叩く。

まるで、父親が子供に触れるように。

すこし、うらやましかった。

夜、私とテイト君は教会の掃除を続けていて、そろそろ切り上げようとしているところだった。


『綺麗になるのは気持ちがいいね』

「そうだな…」

終わった後、私達はベンチに腰をかけて座っていた。
テイト君は上を見上げている。
ということは、おそらくミカゲ君のことを考えて、心配しているのだろう。

その時、回廊の向こうからひとりの老人がやってきた。




―――――
―――




−第一区・ホーブルグ要塞−



「テイト=クラインの居場所はつかめたのか?」

「はっ、第七区に墜落のあとを発見しまして、ただ今追跡中です!!」

「何故逃げたのか、説明してもらおうか。アヤナミ君」


冷たい光を宿したその瞳に、何対もの嫌悪の光が宿った瞳が向けられた。

アヤナミガ応えるよりも早く、彼の部下達が次々に答えていく。


「テイト=クラインはちょっと里帰りしたくなっちゃっただけだよねぇ、アヤたん」

「彼、旧ラグス王国の奴隷だったじゃないですか」

「きっと学校が恋しくなってまた戻ってきますよ」


ヒュウガ、コナツ、カツラギの順に言葉を発し、クロユリはハルセのウでのなかで安らかに眠っている。

そんな彼らに、さすがの議員も苛立ちを覚えたのか、拳で机をたたきつけた。


「お前等真面目にやる気があるのか!!?」

「「「は―――い」」」


三人が声を合わせて応える。
真面目に聞いていないのがありありと分かる声音だ。
これでは馬鹿にされていると思ってもしかたがないと思える。


「君が勝手に手を出すから逃げられたのだ」

「あれは〈ミカエルの瞳〉が見つかったときのために貴重な候補生なのだぞ!!」

「責任は取ってくれるのかね!?」


次々に言いつくろう議員達をたしなめる声が、一つ。


「まあまあ…候補生など、他にも大勢いるじゃないか」

「ミロク理事長!!」

「アヤナミ君にはあとで話がある。せっかくあの子を君のベグライターにしようと思っていたのだが…」

「…申し訳ございません」


抑揚のない声が、謝罪をする。


「ミロク様は、何故あの少年を引き取ったのです?」

「……奴隷の烙印を押されたあの子にとって、安住の地などどこにもないからだ。フフフ…いずれ分かる」





―――
―――――




『おじいさん!こんなところでそうしたんですか?』


杖を突いたおじいさんが、静々とよってきた。
そして一つ息を吐いてから私に聞く。


「座ってもええかの〜〜〜〜〜」

「どうぞ」


テイト君が慌てて自分の座っていたところをおじいさんに譲る。

すると、おじいさんが懐から一枚の写真を取り出し、おもむろに語りだした。


「家内が死んでしまってのぉ」


ズキリ、と胸が痛む。


「わしにはもう、帰る場所がどこにもないんじゃ……」


そん気持ちが分かるだけに、私は余計な事がいえなかった。

私だって、もう帰るところがない。
どうしてこの世界に紛れ込んでしまったのか、それを理解する事すらできない。

だから…私は、この世界では生きている意味さえも分からない。


「お前さんたち、わしと同じ眼をしてるのぉ…」

『おじい、さん…』

「……」


悲しげな表情のテイト君は、何かい痛そうにしている。

私は、もう何もいえなかった。


「もしかしたら、神様がこの場所でめぐり合わせてくれたのかもしれん。もし良かったら…聞かせてくれんか?」

『……』


私は、何も言わなかった。
代わりに、テイト君が胸の内を吐露し始めた。


「おじいさん…オレは…過去が途切れ途切れにしか思い出せなくて…」


その言葉を聞いた瞬間に、私はなんとなく分かった。

あの、意味の分からない夢。
私には何の関係もない夢。
アレはもしかして、テイト君の過去の記憶なのではないだろうか。

そう思っていると、ご老人が写真をなで始める。


「そうかね?だいじなだいじな思い出じゃもの。よーく、思い出してごらん。ほうら、何が見える?」


瞬間に、激しい頭痛が起きた。


――《そうだ、幼い頃オレは、教会の孤児だった》


――《もらわれっこめ》

――《もらわれっこめ》


グスグスと泣いている小さな男の子が、脳裏に流れ込んでくる。


――《神父さま(ファーザー)、神父さま》

――《なんですか、また私にすがり付こうとして。だからいつまでもいじめられるんですよ》

――《強くおなりなさい。いつか一人で歩けるように》

――《一人じゃないもん。神父さまがいるもん》


――《俺達は幸せだった。〈バルスブルグ帝国〉と戦争になり、〈ラグス王国〉が殺されるまで》


――《他にも生き残りが居るかも知れん!!探し出せ!!》

――《テイト、よく聞いてください。あなたはこの国の最後の希望です。決して帝国軍の手におちてはなりません》

――いつか 必要なときがきたら

――《どうか、あなただけは生き延びてください》

――ちゃんと 思い出せるように

――《ぼく、神父さまとずっと一緒にいるよ!》

――《我がラグス王国に栄光と》


―――――だめだ


「やめろ」


―――――思い出しちゃダメだ


――《あなたに神のご加護を》


「やめろ」


血しぶきが、上がった。


――《おい!子供じゃないか!!》


「やめろ!!」


――《待て!様子がおかしいぞ…。眼の焦点があっていない。もしかして…何も覚えていないのか?》



何度も、何度も見せられたあの光景。
今にも胃の中が逆流しそうで、私は慌てて口許を抑えた。

テイト君は震えている。

老人が静かに問うた。


「少年よ。何を思った?」

『……っ、おじい、さ…!』

「おぬしも、何が見えた?」

『…っ?』


何を言っているのだろうか。
この、ご老人は。


「神父さまが…俺を育ててくれた…死んでしまった…」

「もし本当に、お前が魂をかけて願うなら」


かんっ、とご老人が持っていた杖が手放される。


「やめてくれ。これ以上、思い出したくない…」


頭を抱えて拒絶するその姿は痛々しくて。


「ワシがかなえてやろう。何を願う?」


私に、願いなんてない。
それに先ほど見せられたものはわたしのものじゃない。
それなのにーー


「『神父さまに……』」


どうして、勝手に……。


「『逢いたい…』」


口が、動くの―――――。

涙が頬をすべり、そして、床ではじけた。


「お前の願い、しかと聞き届けた」


どくんっ、と胸のあたりが熱くなった。
何かにやかれているような感覚。
それでも、私にはそれが何なのか分からない。

何かに、身体を絡め取られたような感覚があるだけだ。

そして、眼を開けた次の瞬間には、私達は見知らぬ場所に立っていた。

目の前には優しげな風貌の男性がたたずんでいる。

この人は…先ほど見せられた夢のなかに出てきた男性。

神父さま……。


《どうしたのです、テイト=クライン。こちらの世界に来てはいけないというのに…》


―――――!!


《元の世界にお帰りなさい》


優しい風貌をすこし悲しそうにゆがめて、その人はいった。

それでも、体は勝手に動くようだ、テイト君が駆け出した。


「神父さま!!」


手を伸ばす。

私は、叫びたかった。

それはいけない。
伸ばして、彼に障ってしまえば後戻りができなくなってしまうような気がしてならない。


『テイト君…ッ!!』


走り去っていく姿が、重なってくる。
ダメ…、行かないで。

私をおいて、逝かないで……っ!!


『テイト君ッ!!!!』


テイト君が神父さまに手を伸ばして、触れようとした瞬間、パァンッ、と何かが阻み、テイト君の手が弾かれる。

驚いてそちらを見るとテイト君も驚いていた。
そして私は、見てはいけないようなものを見てしまった。


「死者に会うことは許さねぇぜ」


厳かな、と言う言葉があうだろうか。
そんな感じがした。
大きな鎌のようなものをもっているそれは、私のいる位置からは顔も確認できない。

しかし、この声には聞き覚えがあるような感覚も、私はした。

それが一振りされると、今まで神父さまが居たところにひびが入り、砕け散る。
そして、テイト君の目の前には見覚えのある司教様が三人いた。


『あの、人たち…は……っ!!』

「!!」

「心を闇に喰われるな。テイト=クライン」


声が、響いた。


『フラウ、さん…カストルさんラブラドールさん!!』

「よう、ちょっと待ってな」


そういって、フラウさんが私に答えてくれたあと、フラウさんはくるりと向きを変えて、ご老人に向けて言い放った。


「じいさん…そいつはちょっとルール違反じゃないのかい?」


フラウさんの言葉に、ご老人はにたりと嗤いながら答えた。


「その子らがとても気に入ってしまってのぅ…。ククク…その子らをワシにくれんかね?司教殿」




To be continued


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