第七区






――薄れゆく意識の中で

  故郷の雪を見た

  それは

  残酷なほどに優しくて――





―――――
―――




夢を見る。
私の夢とは違う、私の記憶にはない、ぜんぜん意味の分からない夢を……。


――《心を殺して戦え。テイト=クライン》

――《あいつ、元奴隷なんだって》

――《オレ、ミカゲって言うんだ!》

――《この子を私に預けてみないかね?アヤナミ君》

――《奴隷のガキなど放っておけ》

――《何も覚えていないのか?》

――《神のご加護を》

――《どうか、あなただけは生き延びて下さい》

――《まって、“父さん”!》

――《お前は、いつか自分の使命を知る日がくるだろう》


そこで、私が見ていた夢は、ぷっつりと糸が切れたようになくなった。


「……きろ……、起きろよ」


声に反応して、意識が浮上していく。
私は、うっすらと眼を開けた。

そして見えたものは――。


「お!二人とも目ぇ覚ましやがったな!」


金髪の、あまり優しそうには見えない男の人だった。


「気分はどう……、――!!!」


その人の言葉が終わる前に、私の隣から、この室内ではありえない風が起こり、覗き込むようにして身を乗り出していた男性が吹き飛んだ。


『…っ!?』


その人が覗き込んでいた事よりも、その人が吹っ飛んだ事のほうが私には衝撃で、あまりの事に声が出てこなかった。

そばには、ふわふわとした、花のように優しげな男性がもう一人たっていて、私はその人のそばにいつの間にかいた。

金髪の男性は、窓から身を乗り出してなにかぶつぶつといっている。
すると、また違う男性が入ってきて、その人が金髪の男性の頭を足で踏みつけつつも、窓の外から一人の男の子を抱き上げた。

私はその人を見て、心底驚いた。


『テ、テイト君…!?』

「あ、お前……!」


くるくると金髪の人とテイト君を見比べて私は感心した。


『…テイト君、強いんだねぇ……』

「…………」

『…?何?どうかした?』

「…いや……」

『???』


ワケが分からず首を傾げていたがどうやら気にしてはいけないことらしい。
そういうわけで、私は気にしないことにした。

われながら、そういうところの切り替えは早いなーと感心してしまう。


そして……。

二人してベッドの上に戻され、私たちは自己紹介されることとなった。


「私はカストルといいます」


眼鏡をかけた、鳶色の髪を持つ優しげな風貌の男性がカストルさん。


「で、あの目つきの悪い人は気にしなくていいですよ」

「フラウだ」

『……』

「……」


なんだか、可哀相な人だなと思ってしまうほどな人。
金髪の彼はフラウさん。


「ボクはラブラドールだよ」


藤色とも、ラベンダー色とも、銀髪ともいえるような、曖昧な色合の髪をした、花みたいにふわふわしている男性が、ラブラドールさん。

よし、がんばって覚えよう。

一人意気込んで、私は三人から視線を外して、テイト君を見た。


「オレが教会の病院まで運んでやったんだ。感謝しろ、クソガキ。……と、お嬢さん」


なんて反応していいのかよく分からなかったから、私はとりあえず無視しておいた。

その隙に、テイト君が疑問を口にする。


「教会?」

「ま!オレたちは聖職者だからな」


……フラウさんが腋に抱くようにもっている本のことは気にしないでおこう。
こういう人は関わると一生付き合っていかなくてはいけなくなる。


「ここは、帝国第七区のバルスブルグ教会ですよ」

「君達は、どこから来たの?」


カストルさんが場所を教えてくれて、ラブラドールさんが質問してくる。

私のほうもテイト君も、返答に困った。

第一、私はこの〈世界〉の人間ではないと思う。
だから、どこから、とは一概には言えないのが現状だ。
テイト君は、言いにくいのか、言葉を濁している。

すると、いつの間に後ろに居たのか、フラウさんがテイト君の服を引っ張りながら言った。


「お前…、帝国軍の人間なのか?」

『帝国……?』

「!?」


フラウさんの言葉を聞いた瞬間に、テイト君が振り向きざまにフラウさんの手の甲を引っ掻いた。

その行動に、私は驚きをかくせず、ぱしぱしと眼を瞬かせてそれを見ていた。


「背中の烙印を見ましたよ。君は奴隷なのですね」

『……奴隷』


カストルさんの言葉にもテイト君は反応して、私を見ようとしてはくれない。
それはそれで別にいいんだけど、私には分からないことだらけだった。

むー、と思っていると、カストルさんがテイト君の手を、ラブラドールさんが私の手をぎゅっと握ってきた。


『……ほえ?』

「安心してください!」

「え」

「此処であったのも神のお導き……かくまってさしあげましょ言う!」

『か、かくまう……?』

「大丈夫、キミのことは、ぼく達が何とかしてあげる」

『え、え?え?』


ぱっと手を離されて、カストルさんが正面を向いた。


「その鎖は軍が奴隷用に使っているもの…」

「いや」

「大変だったんだね」

「その」

『……』

「おそらく買い手がつくまでは決して外れないでしょう」


説明……してくれているのだろうか。

でも、テイト君はそんなことはもう十分に知っているんじゃ……。

考え込んでいると、急に身体が宙に浮いた。


『きゃあっ!』

「うわっ」


テイト君は肩に担がれるように。
私は、腋に挟まれている。
まるで荷物のようだ。


「…ったく。帝国軍だったらあのまま生き埋めにしてたぜ」

『あ、あの……っ!?』


私の言葉もテイト君の言葉も無視して、フラウさんがすたすたと歩いていってしまう。

このままでは、破れた制服から、見せたくないものが見えてしまうではないか。

此処が教会ということは、あの帝国軍とか言う駐屯地でおこったことは起きないだろうが、それでも恐いものは怖い。

というよりも、地に足が付かないことが恐ろしい。


「どこへ行くんです?」

「風呂」


一言。
それだけを言って、私たちは半強制的にお風呂に入れられたのだった。







『ふわー……おっきー……!』


外に連れて行ってもらい、まず見たのが、教会の全容だった。

天まで届くのではないだろうかと思うほど高い塔があり、わたしは思わず感動して溜息をついてしまう。

テイト君も驚いた声を出していたから、この高さはある意味異常なのだろう。


「バルスブルグ帝国第七区は、〈神の区域〉と呼ばれています」


私たちを案内してくださっているシスターさんが、懇切丁寧に説明をしてくれる。

そして、一つの塔の中に入って、私は驚きで声が出ないという事を体験した。

そこにあったのは、死神と呼ばれるもののような姿をした像。
それなのに、感じるものは恐怖ではなく、神々しいまでの威厳。
まるで、その像の前ではひれ伏すのが当たり前と思ってしまうほどすごいものだった。

あまりの事に固まっていると、シスターさんが小さく嗤いながら説明をしてくれる。


「千年も昔の言い伝えによると、かつて天界で大罪を犯した死神・フェアローレンが地上へ逃げたため、人々は悪しき死神に心を犯され、恐怖に陥れられました」


聞いた事もない、神々の話だった。

それはまるで、私はこの場に場違いだと、言われているようで……。


「地上の出来事に嘆いた天界の長は、この悪しきフェアローレンを戒めるために、天界より七つの光を遣わしたそうです」

『七つの、光……ですか?』

「ええ。彼らはセブンゴーストと呼ばれ、この地に忌まわしきフェアローレンを封印したといわれています」

『〈07-GHOST〉!?』

「セブン…ゴースト…?」


やばい。
私今、聞いてはいけない事を聞いてしまった気がしてしまった!!

何だ、どうしたの!?
〈セブンゴースト〉って何の冗談なの!?

あ、ありえないよね?そうだよね?
だって、私の世界では、それはあくまで漫画で、空想の話で……。

…逆に考えると、私の世界は、この世界にとっては信じられない事になるのではないだろうか?
ただ平和な毎日を過ごして、のんびりとした時間が余りあって、決まった時間に何を擦るとかなく、人を殺すという事もない。

この世界で、戦いを嫌がっている人たちからすれば、わたしが居た世界はまさに理想郷になるってこと……。

生きて、いけるのだろうか。

私は何の力も持たない、ただの小娘。
ここにいる人たちも〈人〉には違いないけれど、私にはない力を持って、此処での生活を円滑にして暮らしている。

私は、ここでの生活を円滑にして暮らせない。
ということは、わたしはここでは異色の人間という事になるのだろうか…?


『テ、テイト君!』

「?」


思わず、私はテイト君の名前を叫んでしまった。

でも、聞かずには居られない。


『あ、あの…、テイト君、不思議な力を、持っているよね?もしかして、ここにいる人たちは皆その力が使えるの?』

「……いや。そういうわけじゃない。この力は〈ザイフォン〉っていって、生まれつきこの能力を持っている人じゃないと使えない。だから、使えない人間は多分いくらでも居る」

『でも、あの士官学校…だっけ?とにかく、そこでは皆が使えるんだよね?じゃあ、結構の人が……?』

「いや。確かに士官学校でも使えるやつのほうが多いけど、使えない奴もいる。そういうやつらでも、軍人になりたい奴らが居るから、そのために士官学校があるんだ」

『……じゃあ、使えなくても、おかしくはないの?』

「基本的には。使えるやつは、それを生かして士官学校に入るからな」


その言葉を聞いて、私はすこし安心した。
じゃあ、私は此処に居てもいいんだ。
一応、変な人間にはならない。


「……でも、お前にはザイフォンじゃない、もっと違う能力があるんだろう?」

『ふえ?』

「ごまかすなよ。おまえ、ホークザイルをどうやって飛ばしたんだ?ザイフォン、使えないんだろう?」

『……』


ああ、あの力…。
テイト君がそれを聞いてくるってことは、私が使ったあの力は違う意味で〈特別〉になるという事らしい。

テイト君が、私をじっと見つめている。

私は、何もいえなかった。


『……あ!シスターさんが待ってるよ?早く行こう!』

「ちょ……!!」


ごまかしにもなっていない言い訳をして、私はシスターさんのほうへと走った。

逃げた。

恐かったから。

拒絶されるのが。

私は、これからも――〈この世界〉でも、蔑まれながら生きていかなければならないんだろう。

覚悟を、決めなくてはならないと思った。

シスターさんのそばに行くと、シスターさんが説明を続けてくれた。


「こちらは斬魂(ゼヘル)の像といいますが、他にも六体の像がこの地を守っています」

『やっぱり……六体もあるの?』

「ええ。素晴らしいでしょう?人々はその中央に教会を建て、今でも多くの方々が神を敬い、厚い信仰を注いでいます」

『信仰心が、大きいのね。この世界の人々は……』

「はい。ここは、全ての民の心の支えであり、何者にも属する事のない“神の区域”なのです」


大聖堂のようなところの扉をあけると、司教服を着た人たちがたくさん並んでいた。

おくには大きなパイプオルガンもあり、感動するばかりだった。

瞬間に、私の頭が痛くなる。
どうして、このタイミングでなるのだろうか。

やっぱり、ヒュウガさんが言ってたみたいに、偏頭痛を持っているのかな、私…?

ほろり、と涙が流れた。


『……っ!?』


理解ができない。
どうして、どうして――!!


――《こんなにも、懐かしいんだろう》


呆然と正面を向いているテイト君の方を見ると、テイト君も泣いていた。
私は驚きで、眼を見張り、そして、その場から立ち去った。



――〈テイト〉――



正面を見て、呆然とした。
見ていたら、涙が出てきた。

しばらく、呆然としていると、フラウに気付かれた。


「お、何泣いてんだ?クソガキ」


見られてしまったことに羞恥を覚えるが、オレが声を荒げる前に、一人でせわしなく語り始めた。


「さては俺の麗しいこの姿に感動したな?」


――てゆーか、何故お前が司教に!?

突っ込みたいことはたくさんあったが、オレはとりあえずそれを流す事にした。

場所は移動して大聖堂のすこし離れた場所。


――帝国軍から逃げてきたはいいけど……


考えることが、たくさんあった。


これからどうしたらいい?
―――まさか、オレが滅ぼされたラグス王国の人間だったなんて―――…。

けど、父さんは何故あいつに殺されたんだろう。

ミカゲ…今ここにお前がいたら、話したい事がたくさんあるのに……。


『テイト君、大丈夫?』


後ろから、声をかけられて、オレはびっくりした。

そこには、この世界には不釣合いなほどの綺麗な少女がオレを覗き込んでいた。

長い漆黒の髪に、瑠璃の瞳。
どこにでも居る少女のように見えるのに、とても綺麗な少女。

オレが隣にいることが、許されないような少女。
その綺麗な瑠璃色の瞳が俺をうつすたびに、オレの罪を責めているようで、オレは彼女を見るのが恐かった。

彼女の瞳に映してほしくなかった。

その穢れなき彼女の瞳に、血濡れのオレを――。



――〈テイトEND〉――




『…………』


うん、今メチャクチャ目をそらされてしまいました。

見たくない、ってことなのかな。

小さく溜息をついて、私はテイト君から離れようとした。

その時。


「司教様!!」


一人の女性が、小さな子を抱えて飛び込んできた。

フラウさんカストルさん、ラブラドールさんが反応する。


「どうか…どうかお助けください!」

『……?何?』


ワケが分からない事に私は首をかしげてそれを見ていた。

すると、カストルさんが驚いたように小さな子の胸元を見た。

何か、印のようなものがあるのは見えたけれど、アレがどうしたのだろうか。

ぐるぐると考えていると、カストルさんたちはそのままちがう部屋へとはいって言ってしまった。


「噂によると、この教会は唯一フェアローレンの呪いを解いてくれるらしい」

「フェアローレン?あれは昔話じゃないのか?」

『……そうおもっている人も少なからずいるってことか……』

「いや。フェアローレンの呪いは実在する。あの死神が封印される前までに放たれた使い魔(コール)達は、千年たったいまでも〈三つの願い〉と引き換えに魂を持っていくそうだ。フェアローレンの使いと契約したものは、胸に印があらわれるとか……」


胸に、印……?

それはさっきの小さい子の胸にあった印の事だろうか。

というよりも、呪い…契約……。
一体、何のことだろうか……。

そう思っていると、先ほど何人かの司教さんたちが入っていった部屋の扉が開いた。

女性は喜びの表情をして、司教さんたちにお礼を言っている。

周りは歓喜に満ちていた。

が、よく分かっていない私はやっぱり首を傾げるばっかりだった。


「心ばかりですが、お布施です……」

「いいよそんなの……」

「ありがとうございます」

『……あ、悪徳商法……!!』


フラウさんが断ろうとしたのにカストルさんがそれを遮って受け取った。
なんだか、見た目のイメージとちがう気が……。

と思っていると、ひそひそと話している声が聞こえてきた。


「(てめ――、何受け取ってんだよ!!)」

「(これで飢えたたくさんの方々が助かるのです)」


……な、なるほど。
教会もイロイロ大変なんだ……。

ちょっと裏の顔を見たような気がした。

と、その時、おくからもう一人の男の人が出てきた。
老年の、男性だった。

女性が、深々と頭をさげる。


「大司教様のおかげです。本当にありがとうございました」

「大切なものを守らんとするその御霊が何よりも強いのです。その子に、そしてあなたに。未来永劫、神のご加護があらん事を……」


優しさに満ちたその声音は、わたしのむねのうちをも満たしてくれた。



――バルスブルグ教会中央図書館――


『テイトくーん。だいじょーぶー?』

「ああ。危ないから、お前は来るなよ!」

『う、うん。わかったー……』


実は昇ってみたいなーと思っていたけれど、見抜かれていたらしい。
さすがテイト君。
侮れない。

しかし、此処の教会の本。


『…やっぱり、私には読めない文字だよねぇ……』


いくら本が好きだと叫んでも、文字が読めないのでは意味がない。

こういうところの本は歴史書とかがたくさんあるから、少しはためになるかなーとか思って本を手にとっては見たけれど、本当に役立たずなんだなー私……。

何もできない。
って言うか、本が読めないとか……何のつもりよって感じだね。

この世界が私のもといた世界とはちがうってことは分かった。
もう嫌というほど十分に。


『うーん……』


考えこんでいると、隣から何かが落下してくるような音がした。


『うわっ!』


相変わらず、女の子とは思えない悲鳴の出し方だな、と自分で思ってすこし虚しくなる。
は、おいといて。


『フ、フラウさん……に、テイト君!?な、なに、どうしたの!?』

「怖ぇだろ、あの人形」

『……人形…?』


そんなもの、この近くにはな――。

ぱっと上を向くと、シスター服を着た人形さんが降りてくるところだった。


『………………こ、こわっ!!』

「だっ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です……」


フラウさんの腕から降ろしてもらったテイト君は、人形さんを見てすこし引いている。

た、確かに、怖いもんね。
あの人形さん……。


「あの…、その人形…どうやって動いているんですか?」

『あ、私も気になります!』


といっても、説明されたところで私に理解できるとは到底思えないが。


「ふふふ、私の愛ですよ。私の作品なんです。可愛いでしょう?」


カストルさんは、シスター人形の頭を撫でながら、彼女が持っていた本を受け取り、テイト君に渡す。

私も何気なく、棚から一つの本をとってめくろうとした瞬間に……。


『うわっ!?』


急に身体が浮いて、すごい勢いで廊下に出されていた。

襟首をつかまれたため、すこし苦しくてむせたが、私を連れ出した当の本人は安心したように溜息をつく。


「げほっげほっ…」

『テイト君……』

「あ、お前も……か?」

『う、うん。一体何……』

「危なかったぜ…。お前ら、よくその本が分かったな」

「『?』」


二人して首を傾げる。
私が開こうとしたら、私の持っていた本はフラウさんにさっと取り上げられてしまったが、テイト君はパラリとめくって見せた。

そして、中身を見た瞬間に鼻血を吹いた。


『え!?な、何!?どうしたの!?』

「職業柄オープンにできねーだろ?大問題だ。オレの部屋に隠すのにも限界があってな」

『か、隠…?』


瞬間、テイト君が持っていた本をフラウさんに投げつけて叫んだ。


「お前が司教になった事が大問題だ!」

「木を隠すなら森にってヤツだ」

『???』

「見つけたのはお前…いや、お前らだが。初めてだ。弟子にしてやってもいいぜ」

「人の話を聞けやこのエロ司教」

『え、エロ……?……???』


もう話についていけなくて、私はただひたすらに首を傾げるばかりであった。


「くれぐれもあの人形オタクには内密に…」


瞬間に、後ろからシスター人形さんが出てきて、フラウさんの頭の腕にかかとお年を食らわせていた。
…結構身長差があったのに、どうやったんだろう。

しばらく、フラウさんはシスター人形にボコボコにされていた。


「ところで、何について調べていたのです?」


場所は変わって、人気のない図書館内。

テイト君はシスター人形さんが用意してくれたお茶を持ちながら、真剣な表情をしていた。

カストルさんはテイト君を見つめていて、フラウさんは…タバコを吸っている。
聖職者の方がすってもいいのだろうかという
疑問は、きっと持ってはいけないのことなのだろう。
カストルさんだって止めてないし。


「10年前の戦争の事が、知りたい…」

『…戦争……』

「……」


カストルさんもフラウさんも驚いたように一瞬黙り、それから静かに、テイト君に聞かせるように語り始めた。


「書物によりますと……」


語り始められた歴史に、私はやはり、首を傾げるばかりだった。


「千年もの昔、世界には対等の力を持つ二つの巨大な力を持つ国が二つ存在していました。
一つは〈ラファエルの瞳〉という神のご加護を受けしバルスブルグ帝国。
もう一つは〈ミカエルの瞳〉という神のご加護を受けしラグス王国。
二つの国は世界の平和を守るために協定を結び、長い間支えあってきました。
しかし10年前、ラグス王国は二つの瞳を手にしようと協定を破り、バルスブルグ帝国と対立して、滅亡したのです。
それが、歴史書に書かれた真実です」

『……っ!』




――《協定が破られました!!》

――《国王様!!どうかお逃げください!!》



「それが…」


小さく、テイト君が呟いた。



――《私は逃げない。民をまず避難させよ》


「それが本当に……真実なのか…?」


弱々しく呟かれるその声に、私は何もいえない。
歴史とは、常々変わっていくもの。
歴史書にかかれたものがすべてではない、といいたいけれど、私はこの世界の住民じゃないから、下手なことは言えない。
それに、テイト君はおそらく私の言葉なんて聞かないだろうと思う。

彼は、私から眼を逸らす。
私は、遠まわしに拒絶されているのだから。


「何を戸惑っているんだ?クソガキ」


声が、聞こえた。
はっとしてそちらを見ると、そこにはフラウさんが立ち上がって、帽子を被っているところだった。


「真実ってのは一つじゃない。それを見た人間の数だけ存在する。もし歴史が信じられねーなら、お前の目で、世界を見ればいい」


その一言は、私にとっても、テイト君にとっても、酷く胸にすとんと落ちるものだった。

何も考えていなさそうで、彼は、とても周りを見ている。
そして、私達は分かれた。

私はあテイト君の後ろをとことことついていく。

この真実を打ち明けるべきか。
でも、それで拒絶されてしまったら?
もし、このまま彼らに頼る事もできなくなってしまったら?
私は、どうやってこの世界で生きていけばいい?

考えをまとめようとしても、私の頭ではもう考えられないところまで来ている。
第一、この世界には存在し得ない私が、この世界の事を考えようとしても、限界がある。

私自身の世界のことを考えるならいざ知らず、この世界のことは、わたしにとってはどうしようもない。
テイト君も、考え事をしているのか、あまり私の存在のことは気にしていないらしい。

これで、いいのかもしれない。

きい、と教会の外へと足を踏み出した。

すこし歩くと、ラブラドールさんが鼻歌を歌いながら庭の手入れをしていた。
彼の周りを見ると、とても綺麗に花達が咲いている。

私は、それを遠くから愛でるにとどめた。

夕暮れだ、と思った。

もうすぐで日が沈む。

ふとラブラドールさんがテイト君に目をとめて、何かを考えるようにテイト君を見つめたあと、すっと綺麗な花を差し出した。


『……綺麗…』


私はテイト君から距離を歩いていたため、それを遠くから眺めている。

ラブラドールさんはテイト君に何事かを言った後、ばいばいと手を振ってその場からさっていった。
またちがうところのお花達の世話でもしに行くのだろうか。

人が入り乱れる雑踏の中、テイト君が何かに目をとめて、立ち止まった。
そのままずっと、正面を見ている。

私は、難だろうと思い、じっと人ごみの中を見つめた。

そして、ふと引っかかる髪色を見つけた。

金なのに、黄緑がかかった髪の色。
独特のその髪色を、私はつい最近、見たことがあるような気がする。

吸い寄せられるように、私はそちらへと歩いていった。

そして、眼を見張る。


『……あの人、は…』


確か、士官学校に居た、テイト君の――。


「テイト…、良かった、生きてたんだな…」


胸に、鋭い痛みが走った。

テイト君はそのまま彼に飛びついて、私は、そんな彼らを見ながら、ただ呆然とそれを見ていた。

――置いていかれた子犬のような、気分だった。




To be continued


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