Nightmare-8




ーーーーー〈帝国〉




「あの男はこの帝国を何よりも愛している。きっとうまくやるだろう」


かつかつと足音を立てて移動する。
紫の瞳を持つ、狡猾な人。


「そして、我らが好機(チャンス)は一度だけだ」


そう言って、彼ーーアヤナミが乗り込んだ機体は浮上し、今は見えぬ協会へと出陣した。




ーーーーー〈帝国END〉




「どうした、テイト。入らないのか?」


そう疑問を投げかけてきたのはもちろんハクレンだった。
しかし、テイトは正直それどころではなかった。
驚きてや声が出せなかったのが一番正しい。
なにしろ、その部屋には美しい女性が何人も空中に浮かび上がって、何かを歌っていたのだから。


「お…女の人が浮いてる…っ!!」


ーー女の人?何処に?


テイトの驚きの発言に、ハクレンは持ってきていた眼鏡をちゃっとかけて辺りを見回す。
しかし、テイトの言うような女性は一人も見つからない。

そして、笑みを浮かべたままテイトに言った。


「お前、オレを怖がらせようとしても無駄だぜ?」


そう言っているハクレンのすぐ近くに、女性がなんなんも集まってきた。


ーーまあ!私たちが見えるのね!

ーー浄化は済んだわ、ごきげんよう、坊やたち!


女性たちが次々と言葉を残して消えていく。


「ちょうど、お前の上に…」


いる、と言おうとしたその時、テイトは背後に何かの気配を感じ、言葉を止める。
そして、幸か不幸か、士官学校で叩き込まれた暗殺の基礎で、相手の鳩尾に肘鉄を一発叩き込む。
しかし、叩き込んだ瞬間に、相手が誰かわかってはっとした。

だが、それに気づかなかったハクレンはそのままテイトに続いて攻撃をしかける。
手に持っていたバクルスで容赦無く殴りつける。


「ハクレン、待っ…」


止めようと言葉を掛けるもすでに遅く、攻撃が終わった後だった。

ハクレンも殴ってから気づいたのか、はっとしている。


「!!」


どうやって声をかけようとか、そんなくだらないことを考えるよりも先に、二人は声が出た。


「バ…」

「ぐふ…」

「バスティン大司教補佐様…!?」


二人の声が重なったのと同時に、背後でばんっ!という大きな音がして、その場の全員が驚きにそちらを向く。
もちろん、敵襲の可能性も捨てきれないため、警戒をあらわにして。

しかし、三人の目に映ったのは、儚い少女の姿だった。


「ユキ…!?」


息を上がらせて、そこにいたのは、異世界から来た少女だった。



ーーーーー
ーーー




私は、驚きで目を見開いた。
どうしてここに来たのか、自分で全く理解ができなくて、そのことが、また怖くて。
だってここはーー。


「テイト、ハクレンさ…」


かすかに震える体に気づかれないように振る舞うのが精一杯だった。
だから、声の震えまでは隠せなくて。


「どうしたんだ!?ユキ、震えてるぞ?」

「大丈夫。なんでもないよ…」


ちかくに、いるからなのか。
とても安心できた。


「…それよりも………どうかなさったのですか?バスティン様…、怪我されてるみたいですけど…?」


私のその言葉にはっとしたのは、もちろんテイトとハクレンさん。
ふたりはものすごい勢いで頭を下げていた。


「「すみません!!」」


一体何があったのか聞いて見たいところだけど、きっとこれは聞いてはいけないことなんだと自分を納得させて、とりあえずは黙っておく。

………ほとぼりが冷めたら聞いてみよう。


「では、君たちもフラウ司教を助ける手がかりを捜しに…」


フラウ司教、という言葉に胸がひどくいたんだ。
私は、あの人を犠牲にして、今ここにいる。


『…あの、ここの空気、やけに澄んでいませんか?』

「ああ、そうかもしれませんね。この部屋は浄化されていますから、おそらく手がかりは残っていません」


私の疑問に、穏やかな声音で返してくれたのはバスティン様だった。
よくわからないことだったけれど、とりあえず、浄化、という単語でここが綺麗になったということだけはわかった。


「フラウ司教がヴァルスファイルは幼い受験生の姿をしているというから、うっかり君たちを捕らえそうになりましたよ」


…バスティン様の幼い発言に少しショックを受けているテイトはほかっておこう。


「バスティン様。ここで一体何があったのですか?」


心臓が、どくんと脈打つ。
聞きたくない。
でも、彼らから離れたくもない。


「七人の罪人達は、闇の力で魂を抜かれ、生きながら絶命していきました。フラウは偶然にも、この部屋を発見してしまったのです。
封印符なしにヴァルスファイルのナイフに触れてしまった彼は、教会の中で様々な憶測を呼んでいる。もともと〈ヴァルスファイル〉だったのだのか、偶然〈穢されてしまった〉のか」


ーー穢れるはずなんかない


響く声は、冷静なテイトの声。
彼は分かっているし、確信している。


「彼がもともと〈ヴァルスファイル〉なら死罪」

ーーアイツは闇のもの達を斬るセブンゴーストなんだ
ーーきっとフラウを陥れた人間が いるはずなんだ


「偶然〈穢されてしまった〉なら、救える人間はただ一人。あのナイフに術をかけたヴァルスファイルを捕まえねばならない。
ヴァルスは人間の魂を糧に、どんどん強大になっていくのです。そのために、子供のヴァルスファイルは罪人の魂を奪ったのでしょう」

『……!どうして、罪人達ばっかりが…?』

「コール同様、洗礼を受けたものの魂は奪えないからです。
私はあの子をがヴァルスファイルではないと信じています」


力強い言葉に、師弟の関係の絆の強さがすごく良くわかる。
あの人は、バスティン様に必要とされている。
私のせいで捕まっていい人ではない。

新たな決意。
どうしても、譲れないこと。


「私も愛弟子を助けるためにここに来たんですよ」

「フラウ司教はバスティン様の弟子だったのですか?」

「ど…どんな子供だったんですか?」

「聖職者には不向きな悪ガキでしたよ」


ーー聖職者に不向きな……まるで、私の今の状況みたい


まるで、糾弾だれているかのような感覚になる。
バスティン様の話は、続いた。




ーーーーー
ーーー





ーーラグス戦争終結後

あの子がやってきたのは、バルスブルグ帝国軍が全土制圧のために大規模な空賊討伐を行った直後だった。

『何も信じない』

その蒼い瞳に 、頑ななまでに悲しい決意を秘めた少年だった。


「〈我とともに歩まんとするもの、未来永劫その御霊を称えん〉 、この意味がわかるかな?」


バスティンのその質問に、まわるにいる小さな子供達が元気良くはーい!と答える。
そんな中で、一人、悪態をつく子供がいた。


「そいつ、何様気取りだ」

「神様です」


壁に磔状態のままで、バスティンが説く。


「フラウ君は神様についてのお話が足りないようですね、一緒に読みましょう」


両手で抱えるほどの書物を持って、フラウとの距離を近づけて行く。

しかしーー。


「うるせえジジイだな。三つの願いを叶えたら死ぬなんてふざけたルールを作りやがったから、オレの仲間は死んだんだ!!そんな神なんか信じねえ!!」



『……なんか、想像できちゃうのがすごく複雑……」

「……俺とは違うタイプだけど、似たようなことはされていた……」


そういえば、見せられた夢に中でそんな光景があったような気がしなくもない。
特に、バクルスで壁に貼り付けにされるとか。


「懐かしい思い出です……」


にっこり微笑みながらそんなことを言えるバスティン様は、本当に神に見える……っ!
なんて心優しい人なの!


ーーしかし、彼は驚いたことにザイフォンを風の如く操り、そのバクルスの威力は周囲の司教達をも圧倒したのです。
ーーまさに、才智溢れる天の申し子でした。
ーーこの子はきっと闇退治専門の司教に相応しくなる。私は、諦めなかった。


「神の力を使うならば、神の御意志も学ばねばなりません」

「神の力じゃねぇ、オレの力だ。それに、俺の神はもう死んだ。奇跡が起こらないなら祈りに価値なんてない」


ーーあの子はイタズラばかりしていつもみんなを困らせた。
ーーしかし、あの子は楽しくてやっているのではない。
ーー私は知っていた。
ーー夜更けぬ、彼がこっそり大聖堂を伺っていることを。
ーー救いを求めることを自ら禁じているのか、あの子は小さな胸に悲しみを閉じ込め、たった一人で耐えていた。

そんなある日。


「司教様!司教様!!このくらいの小さな司教様はいらっしゃいませんか?」


一人の女性と、一人の男の子が、突然そんなことを言いながら話しかけてきた。

男の子が言ったのです。


「夜中に僕のお部屋の窓から入ってきて、胸の変な印をとってくれたんだ」

「わたしったら、この子がコールに犯されていたことも知らなかったのです。どうかご慈悲を。小さな司教様にお礼を言わせてくださいまし!」


それに、驚きを隠せなかったことは、今でも記憶に新しい。

ーー外は、奇妙な噂で持ちきりだった。
ーー窓から小さな神様がやってきて


「フラウ、どこに行くんです?」


ーー神に背いた気とが恥ずかしくて、誰にも言えずに隠したはずのコールの印をもぎ取ってゆくのだ、と。


「貴方まさか…司教になってもいないのにコールを…?」

「アンタの技を見よう見まねで覚えたんだ。コールを退治すると…少し軽くなる。心が…」

「…救われる?」

「ちっ、違う…!今度は幸せになれるようにって想いながら、退治してる…」

「フラウ。それが祈りですよー」


ーー奇跡を願うのではなく


「バスティン司教。何でオレに構うんだよ」

「おいで、愛しい子」


両手を広げたけれど、それは、拒絶されてしまった。


「…二年も待っているのに、誰も俺を迎えに来てくれないんだ。仲間だって言ったじゃねぇか…。何でオレだけこの世界に置き去りにsじたんだ…?本当は、俺も最後まで戦いたかった。どこまでも一緒に連れて行って欲しかった」


静かに、合わせた両手を震わせながら涙を流す子に。


「これからは、私が貴方とずっと一緒にいます」


愛しさを感じながら。
そういった。



聞き終わった私は、少し羨ましさを感じた。
親に捨てられた私とは違うけれど、人それぞれにやはり悲しみというもには着いて回り、何処かでそれを闇の部分として持っている。
それを乗り越えられる人間と、そうではない人間がいるだけだ。
その二種類に分かれるだけ。

私は、どっちにいるんだろう?

その時、後ろからノックする音が聞こえてきた。


「バスティン様、見張りの交代の時間です。夜更かしはお体に触りますよ」

「おやおや。もうそんな時間ですか?こんな話をしたことは、フラウには内緒ですよ」


少し困ったように、それでも、私たちをからかうように笑うバス ティンさん。

テイトが、言葉を発する。


「ありがとうございます。犯人の手がかりはつかめなかったけど、バスティン様がいてくださるだけで、きっとフラウ司教は救われています」

『……そうですね。私も、そう思います。バスティン様……ありがとうございます。あなたが、フラウさんの光であったことに、感謝します』


私も、精一杯の誠意を込めて。
精一杯の信頼を込めて。
その気持ちを伝える。

バスティンさんは、キュッと司教パスを握りしめながら、問う。


「…君は、試験に受かったら何がしたいですか?」


これは、テイトへの質問。


「オレが今まで失っていたものを、取り戻しに行きます」


その答えに、バスティンさんは満足したように笑みを残して歩いて行った。

私たちもその流れで部屋からぞろぞろと出て行く。


「手がかりがないなら、保護された罪人にあってみるしか……」

『?ハクレンさん?どうかしたんです……っ!?』

「……バクルスが汚れている。真っ黒だ」


それを見た瞬間に、背筋がぞっとした。
悪寒が背中を駆けずり回るように、寒気がする。
どうしてーー?
だって、私はこの世界には関係のない人間だ。
この世界の常識なんて知らない。
それなのにーーどうして私の体は、本能は、それが危ないと、それはいいものではないと、訴えかけてくるのだろうか?

嫌な予感がする。


「ヴァルスファイルに触れるとバクルスは黒くなると聞いたことがある。でも、部屋は浄化されていたはずだ…。さっき…これでバスティン様ーを…」


どくん、と胸が嫌な高鳴りを、した。

何かが、流れ込んでくる。


ーー揺るぎない信仰が、髪が私を導いてくださる。
ーー私は正しい。それなのに、

ーー何故


ーーーーー今、あなたの声が聞こえない


必死に走るけれど、私の足では二人は追いつかない。
けれど、引き離されないように、必死に走る。

流れ込んできた感情が。
あまりにも悲しみを帯びていて。
信じたくな真実が、目前に迫っている。


「バスティン様は一度部屋に戻るとおっしゃっていた!」

「部屋は?」

「36階だ」


駆け上がる。
しかし、さすが大司教補佐の部屋で、見張りがいた。


「見張りだ。どうする?」

『私があの人たちを眠らせーー』


それを言い終わる前に、テイトが派手なものを一発しかけてしまった。

どんっ!というー轟音とともに、見張りの人たちの焦った声が聞こえた。
流石にそれはやりすぎだと、ハクレンさんがテイトをぎりぎりと締め上げていたので、私は何も言うまい。
ばたばたと音がした方にかけて行く姿を見てから、私たちは見張りのにとたちとは逆の方向に走っていく。
しかし、予想していた通りだった。


「あかない!!」

「ロックされているんだ!!」

『待って!こ、のっ、形ってっ!テイト!』

「司教パスか!」

「ファーザーのだ!」


テイトがファーザーの司教パスを取り出し、願いを込めてその窪みにはめ込む。
願いを込めて、空いてくれと思いながらーー!

開いたーー!!

けれど、異変を察知した見張りの人たちが戻ってくる。
だが、こちらも譲れなかった。

すぐさまに部屋の中に入り、テイトとハクレンさんがザイフォンを使って扉を速攻でしめる。
外にいる人たちに申し訳ないと思いながらも、ここ以外道がないと私たちの誰もが理解していることだったため、容赦はなかった。


「バスティン様?」


けれど。
以外にも部屋の中にバスティンさんはいなくて。


「ご不在か?」

『ミカゲ…どうしたの?」


壁をガリガリとしているミカゲを見つけた私が声を掛けるのとほぼ同時に、テイトが何かに気づく。

そして、壁をいじっていたかと思うと、そのいじっていた壁ががこんと開く。


「隠し通路だ!!」


長い階段が現れて、私たちは三人揃っておりて行く。
二人の息が切れていないことが、ちょっと憎たらしい。

一番したまで降りた。


「ここは?」


ハクレンさんのその言葉に応えるように、向こう側から声が聞こえた。


「待っていましたよ」


その姿を確認した瞬間、私たちは同時にバスティンさんの方へと走り出した。


「バスティン様!!このままでは貴方にもヴァルスファイルの疑いが…!!」

「あなたを助けたいんです!!」

「ありがとう。どこまでも優しい子だ。捕らえるのは少々心苦しい」

『……え……』


何を言われていたのか、私にはわからなかった。
だからこそ、狙われやすかったのだろう。


突然、地面が割れ黒いものが襲ってきた。


『きゃあっ!』

「ユキ!」

「バスティン様!?」


支えられながら、私はテイトとともに地面におりたつ。

それとほぼ同時に、テイトが持っていたバクルス呪文を唱える。


「闇よ、退け!」


どっと、闇が一瞬消える。
けれどーー。


「ようやくバクスルを扱えるようになりましたね。でも、まだ甘い」


爆音を立てて、みんなが吹き飛ばされる。


「貴方が帝国のミカエルの瞳を持って逃亡した罪は重い。バルスブルグ皇帝の御名において、貴方を国家反逆罪で処刑します」


どうして、私は動こうとしないの。

がきっ、という金属がぶつかり合う音がした。


「テイトを処刑するだと!?冗談じゃねぇ!!貴方は何者だ!?」


ハクレンさんが……捕まっている。
どうして、私は動けないの。

ーーーーーどうして。


「私は、帝国軍アヤナミ参謀諜報部におつかえするもの。長らくこの協会に潜入してきたが、それも今日で最後。
〈パス〉の記憶を読んだでしょう?テイト=クライン。大人しくヴァルスの餌食になってください。抵抗すれば、彼を殺します」


『……っ!ハクレンさん!」

「よせ!!ハクレンは関係ない!!」


ああ、何も、できない。


「なんで、ヴァルスファイルでもない貴方がヴァルスを……!?」

「教会には、古より伝わる禁術がある。バクルスは本来、光と闇を操る表裏一体の武器。教典の逆呪文を打ち込めば、ヴァルスファイルは発動する。あの、必要のない人間の魂を使ってな」

「貴方はバクルスで闇の力を使っているんた!!その代償がなんなのがわかっているのか?」

「これは、私の大義である」


力強く、辛抱強く説得を試みているハクレンさんの言葉は、彼には届いていない。
いや、聞き入れてもらえない。
目の前を、まるで見つめているようでいないその瞳の奥には、何も見えない。


「このまま貴方を野放しにはできません。ミカエルの瞳ごと、ヴァルスに食われれば、アヤナミ様の良き飼い犬になろう。せめて、痛くないように逝かせてあげますよ」


目の前で、テイトが闇に飲み込まれて行く。
ても、私にはどうすることもできない。
理解している。

ハクレンさんが叫ぶ。


「何やってんだテイト!!オレに構わず逃げるんだ!!カッコつけてんじゃねぇ!!」


お互いが拘束されているにもかかわらず、どうして相手のことを気遣えるの?

分からない。

私には
わからないよ。


「言っただろ!?オレは、お前のダチになるんだ!!」


その瞳に魅せられた人はどのくらいいるんだろう。


「テ…」


ハクレンさんがテイトの名前を呼ぼうとしていた。
けれど、その前に、闇がテイトを飲み込んでしまった。


「テイトーーッ!!」

「この帝国より大事なものがあるなら、ミカエルの瞳を持つ資格などない!!」


強く、暗い意思を持って、バスティン様が吐き捨てるように断言した。


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