Nightmare-7


―――――〈テイト〉


「貴方のファーザーは教会からフェアローレンの身体の入った《パンドラの箱》を奪って逃走した。
協会の過失だけじゃない。バルスブルグ帝国の一大事件です。
人の心を惑わす恐ろしい化物が、ラグス王国に持ち込まれたのですから」

「そんな…」

「帝国軍はクロイツ司教を最後まで見つけることができなかった。
バルスブルグ帝国は《ラグス王国がクロイツ司教を匿い、フェアローレンを復活させて世界を脅かす》のを何より恐れ、正義の裁きとしてラグス王国を滅ぼしたのか、
あるいは、クロイツ司教は《バルスブルグ帝国がラグス王国に侵略する》為の布石だったのか。
彼が亡くなった今、真実を問うのは――0…」

「ファーザーはオレに全てを託しました。ひょっとしたら、その《パンドラの箱》はオレが探している真実に結びつくかもしれない…!!」

――たとえ、全ての人がファーザーを悪者にしても、オレだけはあの人を信じている!!


なによりも、信じられないことの方が大きかったかもしれないと、テイトはおもう。
あんなにも優しかったファーザーが、そんなことをするなんて信じられなくて。

カストルの話をおとなしく聞いていたが、それでも、テイトの中には、まだ、クロイツという、自分を大切に育ててくれたファーザーが生きている。

静かに、ラブラドールか呟く。


「…これが、帝国の罠だとしても?」


静かに聞きながら、ラブラドールは思った。


――ああ、この子は、きっと行ってしまう


真剣な瞳で、テイトは目の前にいる司教二人を見据える。


「初めての手がかりなんです。
それを探せたら、オレを助けてくれた協会に恩を返せるかもしれない。そして、オレにとって隠されたラグスの歴史を、
真実を掴むために!!」


純粋なテイトの気持ちに触れると、微笑ましく思い、羨ましく思う。

カストルは思う。


――愛しいほどの気高さを持っている。背中を押してあげたくなる子だ


「司教試験は明後日ですね。荷物はまとめておいた方が良いでしょう」


その時、足元で何かがざわりとうごめく。
かすかな声が聞こえた。


――…カマッタ
――フラウガツカマッタ
――ヒカリノチカロウ


反応したのはラブラドールだった。


「フラウが捕まったの?光の地下牢に投獄された?」

「ラブラドール?」

「大変!フラウがヴァルスファイルを使ったから死罪になるっ!!」


驚きで目を見開くテイト。
声には出さず、無意識に思う。


――死罪…!?


「そ…その地下牢はどこにあるんですか!?」

「たどり着くのは難しいよ。地下牢の窓の外は噴水の水なんだ」

「部外者は立入禁止ですので私達が様子を見てきましょう」


そうカストルがいい、テイトの方を向く。


「おや?」


テイトは忽然と姿を消していた。


―――――〈テイトEND〉



私はため息をついた。
一体、何を求めている中がさっぱりわからない。
いつまで立っても脳に流れ込んでくるこの光景を、どうしてくれようか。

いっそのこと、自分の存在がなくなればいいのではないかと思えて来るほどだ。
だけど、のんなことを許してくれる人たちじゃない。
私に求められているのは、〈この世界〉で生きろということだ。


『……あの、過去の光景っぽいものって、テイトのものっぽいのよね…』


でも、どうしてそれを私に見せているのかがわからない。
何と無く、発動条件的なものは理解してきたような気もしたけれど、それもあっているのか怪しいものだ。


『……それよりも、今はフラウさん…だよね。私もあの場にいたのに、どうして私は保護されてフラウさんほ捕まったの?』


世界のことを未だによく理解していない私にとって、あの状況の中で、何故フラウさんだけが捕まったのかが理解できない。
あの場には私も一緒にいた。
たしかに泣き崩れてはいたけれど、私だって容疑者といえば容疑者だ。
それなのに、どうして?

……そういえば、ヴァルスファイルがとか、封印が、とか言っていたような気がする。

ということは、あの場で私が容疑者ではないという明確な何かがあったに違いない。
あの時、何があったんだろう?


『ずっと泣いてたから…よくわからないわ…。でも、フラウさんは怪我人を抱き起こしていた。言葉もかけてた……』


思い出せ。
よく、思い出すんだ。
あの場で決定的に何かが違った。

何かが引っかかっている。
キラリと何かが、ずっと脳裏に焼き付いてる。

それなのに、それがなにか、わからない…!


『もどかしい……!!』


その時に流れ込んだ景色。

――「フラウが捕まったの?光の地下牢に投獄された?」

――「ラブラドール?」

――「大変!フラウがヴァルスファイルを使ったから死罪になるっ!!」



『……っ!?』


死罪――そんな、私には全く縁のない単語だったけど、その意味は嫌でも知っている。
でも、どうしてフラウさんが死罪になるの!?

『とにかく、急がないと…………!!』


私は、部屋から飛び出して、中庭に向かって走った。


―――――
―――



「お加減はいかがですか、ジオ様」


バスティンが声をかける、がジオは不機嫌極まりなかった。


「あのバカ息子が…!!」

「保護された罪人は口もきけぬほど怯えて部屋に篭ったままです。このままでは、フラウ司教が…」


言葉を切ったのは、それ以上言いたくなかったからだ。


「ジオ様…お伺いしてもよろしいでしょうか」

「なんだね」

「我々が直接ヴァルスファイルに触れれば、体はヴァルスに喰われてしまう。封印符なしで触れるのは闇に魂を売ったヴァルスファイルか、または代々その血を引く忌み子だけ――…。
一体いつからあの子は汚れてしまったんです?彼を救う手立てが何かあるはずです!!」


バスティンの言葉の中にある熱に、悔しそうな表情に、それでもジオは冷静に言葉を返す。


「あの子は救いを望んではおらぬ。もはやバクルスも握れん。司教として、普通に生きることも捨てておる。
理由を話すことは教皇から禁じられておる。しかし、これ以上あやつが教会にとどまることは出来ぬじゃろう。
バスティン。
この協会に、内通者がいる。
協会には結界が張ってある。どんな手練れでもヴァルスファイルはそのままでは力を使えん。協会の結界を破ることができるのは、バクルスを使いこなせる人間だけ。
フラウにヴァルスファイルの罪を着せるのなら、結界を破れる聖職者の存在が不可欠だ。
ヴァルスファイルを使うものは見ればわかる」


――「神は 決して 悪を 許しは しない」

「お任せください。ジオ様」



―――
―――――



久しぶりの……というほどでもないけれど、全力疾走したおかげか、なかなかに息が整いづらいわ。
苦しい…!

でも、見つけることはできた…。


『テイト…!』

「ユキ!?どうして、ここに…!?」

『私も!いく!』

「なっ、だめだ!危険すぎる!!」

『じゃあ、なんでテイトは行くのよ!』

「おれは、自分の身は自分で守れるからだ」

『…!』


知ってる。
こうやって突き放すように言ってるのは、私を気遣ってくれてるからだって。
でも、今の言葉は中々に応えるなぁ……。

……でも、だからって、ひくことなんて、できない!


『……じゃあ、私が自分の身を守れるって証明できればいいの?』


それは、無意識に出た言葉。
でも、私は私を認めて欲しい。
守ってくれるのは、本当に嬉しい。
心から、喜びを感じることができるくらい。

でも――。

守られてばかりでいたくない。
私は、守られるためにテイトと一緒に来たのだろうか?
違う。
守るためにということは言わない。
そんな傲慢なことは考えてもいない。
それでも、足手まといにだけはなりたくない。

私には、自分自身を守るための力があるのだから――!


『〈纏え 風よ 我を攻撃せんとするものを排除しろ〉』


あたりに風がおこる。
ぶわりと風で髪が舞い上がり、来ている服をバタバタとはためかせていく。
すると、ふと風が止まる。

ああ…薄い壁一枚を挟んだかのように、テイトが向こうにいる…。

手を伸ばすけれど、私は自分からこの境界線を破ってはいけないと踏みとどまる。
驚きの表情でテイトが私を見ているのがわかる。


『私に、もうあなたが触ることはできないわ…』

「………っ!?」

『私があなたを拒絶したの。あなただけじゃない。私以外、私に触れることはーーできない』

「…っ、そんなわけないだろう!ユキ!!手を伸ばせ!」

『どうしてそんなに必死になるの?その必要は全くないじゃない』

「何を言っているんだ!?」

『私は、わたしの力を示しているの。あなたに認めて欲しいから。私にも、戦う力があるって、わかって欲しいから』


感情を表に出さずに話すのは、こんなにも難しいことだっただろうか…?
苦しいと感じる。
辛いと感じる。
それは――あなたが相手だからなの…?

そんなこと、考えてはいけない。
思ってはいけない。
感情をここに持ち込んでしまうと、あとあとで自分が苦しくなってしまうだけだ。
では、難しいことかもしれないけれど、私は拒絶の言葉を言い続ければいい。
認めてもらうために、自分の力を誇示すればいい。
手を握ることをしなければいい。
伸ばさなければいいのだ。

甘えることさえなくなれば、私はここで、私として生きることができる。

心の拠り所を作ろうとするからいけなかったのだ。

一人で大丈夫だということを、言い聞かせて、孤独になればいい。


「なんで、そんな無茶ばかりをするんだ…っ!」


悲痛な叫び。
わかるよ、あなたのその心の叫びが、届いているから、あなたが今、どれほど悲しんでくれているのか。
それでも――あなたには、私の心が届いていないような気がするの。

傲慢な考えかもしれないし、私自身がテイトの心を読み違えている可能性の方が高い。
それでも――。


『無茶をして何が悪いの!?』


無意識に、荒げた声が出た。
それに驚くテイトが見える。
私が大声を出して怒ったことが、とても驚きを表していた。

でも、引く訳にはいかない。


『私が無茶をして何が悪いの?どうして?力がない人間だから?テイトたちみたいに、ザイフォンというものが使えないから?でも、あなたなら、私のや今の状況を見てわかるはずよ!』


薄皮一枚のような壁。

しかし、手を伸ばしても弾かれてしまうもどかしさ。

だれも、私には触らせない。

そんな決意が込められたかのような、鉄壁の守りだった。


「…わかった、ついてくればいい」


結局折れたのはテイトだった。
その言葉に安心と、申し訳なさが募る。
それでもーー諦めるわけには、いかなかった。


『ありがとう。………ごめんね、テイト』


小さく謝ってから!わたしは真っ黒のシスター服を脱ぎ、テイトとともに、噴水の中に飛び込んだ。

ただ、問題が生まれた。


――私、あんまり長く潜っていられない…!!


死活問題だった。
テイトがどうなのかはわからないけれど、少なくとも私はあまり長くは潜ってはいられない。
なんたる醜態。

でも、もう後戻りなんてできない。
頑張ればなんとかいけるはずだ。
根性を見せてやろうじゃないの!

数十秒としないうちに、すごい水流に流されて、私たちは噴水のしたへと流れ着く。

そこは、一見すると一つの地下都市のようなところだった。
どんどんと潜る。
しかし、私の息は続かない。

………もういっそ、ここで溺死してやろうかと思い始める。
目の端には、ぽう、と淡い光を放っている花が見える。

すると、にゅっと何かが現れて、私の口の中の貴重な酸素が一気に減った。

そこにいたのは、ラゼットだった。
眩しい笑顔を見せてくれているけれど、今はそれどころではない。

そんなことを考えていると、ラゼットが自分の鱗をぺりぺりっと二枚はがし、それを口元に持って行きたベルような仕草さて見せてから、私たちにそれを差し出した。

ラゼットの行動の通りにやってみると、鱗を口の中に入れた途端に、呼吸ができるようになる。

あとは、ラゼットの案内で、フラウのいるところへ連れて行ってもらった。

その頃のフラウはといえば、何もすることがなく、ただ牢獄で座っているだけだった。
そのとき、不意に聞こえたノックオン。
扉の方ではなく、壁の方。
不思議に思い、そちらに行ってみると、そこにはカストルの顔をしたラゼットがにゅっとあらわれ、本気で吹いた。


「驚かすなよ、ラゼット。…ん?」


ラゼットをたしなめるようにそう言ってから、ラゼットの後ろにあるものを見つけ、もっと驚いた。


「ちょ、おま…」

――下がれフラウ!!壁ブッ壊す!!」


ザイフォンという特別な能力を使って、テイトがフラウさんに合図を送る。

しかしそれは、フラウさんのザイフォンによってできなくなった。


――「帰れ!!」


びりびりとする。


――「これはオレ達の問題だ。テメーの落とし前はテメーでつける。お前には、他にやるべきことがあんだろ?」

――「何えらそーにしてんだよ!!死罪だってのに黙ってられるワケねぇだろ!!」

――「………逃げるってことは自分の罪を認めるってことだ。」


わかってる。
あなたが言いたいことは、痛いほど。


――「悪ィな。ちょっとメンドーなことになっちまって」


でも、わかって欲しいこともある。


――「来てくれてありがとな」


私だって、力になりたいの。
ただ無理ょかを嘆くだけだなんて、我慢できないよ…。


ー―『でも、私のせいで…あなただけがこんな目に遭うなんで………耐えられない…!!』


高ぶる感情。
こぼれる涙。

我慢してきたはずの感情は、しかしそんなことでは何の意味も持たないと突きつけられる。

苦しいと叫びたい。
でも、今苦しんでいるのは私ではない。

悲しいと言いたい。
でも、私が悲しんでどうするの?


――「ユキ、テイト。大丈夫だ、安心しろ」


励ますつもりが、どうしてか励まされている。
理解できない。

すると、フラウさんはテイトに言葉を送る。


――「バルスブルグ経典第三巻十七章をお前に捧げる。試験頑張れ!」


――バカ野郎。もっと自分の心配をしろよ…


そのあと、なぜかテイトが壁にびたっと耳を引っ付けて、その耳元で何かを言ったフラウさんに、何故かはず咲きそうにしながら怒って帰って行くテイト。

よく分からない行動をしているなと思ったけれど、私がそれを気にしても仕方が無い。
そう、思った。


――「…ユキ、お前も行け」

――『…!』

――「言っておくが、これはお前は何も悪くない。オレが油断したからこうなっただけだ」

――『…それでも、私があの場にいなければ…迷わなければ…あなたは助かったかもしれないのに…?』

――「あの場にお前がいてもいなくても、あのヴァルスファイルを使う奴は、同じようにしただろうな。初歩的なことに引っかかった俺の落ち度だ」

――『フラウさんが引っかかったことって、一体なんなの?あの時、私もそばにいた。同じように、あの部屋にいた。それなのに、どうして私だけは咎められなかったの?あの時、私とフラウさんとで、何がそんなにも決定的に違ったの…?』


思わずの疑問をぶつける。
すると、フラウさんは驚いたように軽く目を見張った。


(――覚えていないのか。あの時の周りの言葉を)


何かを考えているようなフラウさんに、もどかしさを感じる。
私は、守られてばかりだ。
私だって、力になりたい。
助けたい。
それなのに、私は何の役にも立っていない。

この教会にいるだけで、迷惑をかけてしまっている。
それが、こんなにも苦しいことだとは、全く思わなかった。


――『………フラウさんは…私のこと、どう思う?』


言葉にしてから後悔する。
どうして、こんなことを聞いてしまったのか。
これは、ただ私がここ焼いていいという確信たる言葉が欲しかっただけだ。
そんな自分の私欲のために、答えを求めようとするなんて。

―――――なんで、浅はかで、愚かなのだろう……。


――『……っ、やっぱり、なんでもない!!何も言わないで!!』


聞きたくない。
耳を塞ぐ。
私なんて、求められていないのに、どうしてそれを期待してしまうの。
分かったいるよ、その答えを。
私は、分かっている。


――「……ユキはユキだ。他の何者でもない」

――『……!!』


その言葉に、その表情に。
一体どれだけの人が救われてきたのだろうか。

それなのに。
私にはどうして響いてこないの……?

その事実が悲しくて、苦しくて、辛くて……。
どうしていいのかわからなくなって――私は、逃げ出すようにテイトの後を追って水面に向かって泳ぎだした。

ぷは、と水面に顔を出して、身体をあげる。
すると、突然ふわりと身体に何かが巻かれる。
驚いてそちらを見ると、そこにはハクレンさんとテイトがそろって待っていた。


「……この季節に寒中水泳はないと思うぞ。女のお前は特に」

『…ハクレンさん……』

「体を壊したらどうするんだ。…まあいい。そろそろ夕食の時間だ。支度をしろ」


ハクレンさんの暖かさが身に沁みる。
それでも、私が遠慮しているのがわかるのか、彼はなかなかその場から動こうとしない。
どうしてだろうとおもい、考えてみると、私が動いてないからだと理解した。

ほてほてと脱ぎ捨てた服のところまで行き、着る。
そして、私が歩き出そうとした時、テイトが声を上げた。


「あ…ハクレン、ユキ、悪ィ、夕食は先に行っててくれ」

『?』

「?」


ハクレンさんと一緒に疑問符を浮かべる。


「オレには先にやることがあるんだ」


キリッとした表情。
ああ、テイトは、変わることがでいているんだなと、実感する瞬間。
それに比べて、私はそれを羨ましがることしかできない。


(…コイツ、心なしか顔つきが変わったか?)

(犯行現場に行けば、何か手がかりがーーー…)

(……変わっていくことのできる貴方が、心の底から、羨ましいよ………)


それぞに思っていることがあるのだろうと思う。
そして、私はそれを知ることのできる術を何故か持っている。
機器を察知することも、最近で来ているのだなと自覚してきた。
でも、私がしていることは、所詮些細なことだと思う。

誰かを助けるのとのできる力を持っているわけではない。

言葉に、重い決意を込めて発すればーー人を殺すことができる。

そんな、凶器を私は身のうちに宿している。

それが、こんなにも怖いなんてーー思いもしなかったのに。

その時、ハクレンさんがテイトの首をがしっと掴み引きずっていく。


「二人ペアで行動するのが決まりだろ?基本を壊すな」

「わ…わかったから服着させろーーーっ!!」


様々な感情を、今日中に抱きながら、人はみんな生きている。
ひっしにもがいて、足掻いて、溺れそうになりながらも、それでもーー生きることを諦めない。


ーー本当は
ーーフラウは逃げないってこと、分かってた
ーーだけど、守りたいんだ


協会の中は、夜なのに、こんなにも明るい。
月明かりに照らされる廊下は、とても神秘的だ。


「クリスタルが散りばめられていて、夜でも月の光が聖堂内に反射しているんだ。光の角度によって色も変わっていただろう?」


疑問なそのまま顔に出ていたのか、ハクレンさんが簡単に説明をしてくれた。
優しい声音。
耳に心地よい、声。


ーーどうして あいつを守らなきゃって 思ったんだろう
ーー助けてくれたからじゃない
ーーいつも 側にいてくれるからじゃない


思考が流れてくる。
聞きたくないとも思う反面、程度の強い意思も一緒に流れ込んでくるからなんとも言えない。
目を瞑ろう。
思考に、飲み込まれないように。


ーー大切なものを もう誰にも奪わせない!!


『……』


貴方は、強いね、と言いたい。
私にはないものをたくさん持っていて。
私では、到底てに入れられないものを、貴方は持っているから。

食堂について、周りが少しざわつき始める。
食事の乗ったトレーを持って、座るところを探しつつ移動する。

その時、すれ違った人から何かが落ちた。


『……?これ、なんだろう?』

「あの人の落し物っぽかった。声かけてみよう」


そう言って、テイトはパスケースを持って落としたと思われる人の方へと寄って行き、声をかける。


「落としましたよ」

「あ…ありがとうございます」


その時、私の反応が凄かった。


「しゃべった!!」


すると、今までテイトが距離を置いていたということもあるだろうけれど、向こうも話しかけづらかったんだろうなと本気で思った。
さてと。と思い私は早速その場から離れることを選ぶ。
きょろきょろとあまりを見回していると、テイトがあれよあれよと言う間に囲まれていき、テイトの側にいた私も必然的に逃げ場がなくなってしまった。


「君は二区から来たの?カストル司教について夜遅くまでユニークな特訓をしていましたね。
あの司教の特訓を受けるとトラウマになるって噂があるんだけど…君は大丈夫?」

「見てたんですか!?」


それよりも、トラウマという単語の方が気になる。


「ええ、あそこまで操作系のザイフォンを使いこなすお方を拝見できるとは至福の極みです」

『…カストルさんって、凄い方なのですね……』

「あなたは…いつも彼の特訓に付き合っている美少女!!」

『………え?』

「カストル司教の特訓にめげずに頑張っている彼を、いつも笑顔で応援しているという噂の……!!」

『…どんな噂なのですか!?全く見に覚えがないのですが!?』

「ああ…あなたの笑顔で瞬殺された受験生が何人いることか…」


……何故私が悪女のような役割をになっているのだろうか…。
しかも、テイトの特訓の際、私は笑顔で応援していた試しがほとんどない。
みんなは一体どういった目を持っているのか、それこそ聞きたい。


「まあ話を戻しますと、ご存知の通り、バルスブルグ協会第二区の司教たちを束ねる、教区長でいらっしゃる方ですし。変人ですけど」


…変人はぼかした方がいいのでは、と思ったけれど、そこはあえて突っ込まなかった。


「なんでみんなこんなに話しかけてくるんだ?」

「お前、いつも下向いてて気づかなかっただけだろ?オレはいつも話してたぜ?」

『……わたしらわ女だったから話しかけづらかったのね、きっと…』

「まあ、そういうことだ」

「オレは第五区からきたウィーダ。コイツは弟のリアムです」

「第一区からきたテイト=クラインです」


簡単な自己紹介してから、それぞれが食事の席に着き、夕食の時間が終わっていった。

そして、真夜中。

寝付けなかった私はかすかな物音を聞いて身を起こす。
ハクレンさんのほうを向くと、眠っていたはずの彼がいなかった。


『あれ…?』


今度はテイトの方を向く。
すると、そちらにもテイトがいなかった。

突然に、恐怖を覚える。
駄目だ。
ここに一人で居ては“干渉”されてしまう、と本気で思った。

私は慌てて飛び起きて、テイトとハクレンさんを心の中で呼び続けながら走り出した。



ーーーーー
ーーー





そのころ、ハクレンは階段をおりていた。
もちろん、目的地は自分の敬愛するフラウが捕まったといわれる犯行現場。
理由は簡単。
納得がいかなかった。
それ以上もそれ以下もない。

もちろん、フラウがそんなことをするはずがないという、強い思いもある。
しかし、それ以上にやはり納得がいかなかった。

ゆっくりと、静かに。
極力足音を立てないように、慎重に進んで行く。
しかし、突然顔の横からバクルスが現れた。


「こんな夜更けにどこに行くつもりだ、ハクレン」


驚きで、最初は声も考える力も奪われた。
しかし、一瞬後には思考が回復し、驚きが隠せなかった。


ーーコイツ…全く気配がなかった…!


「お前こそ、試験前だというのに随分余裕だな」


そう言って、自分を落ち着かせてからハクレンは語る。


「フラウ司教が捕まった今、協会はその話で持ちきりだ。俺は真犯人を突き止める。足を引っ張るなよ」

「お前こそ」


そういって、お互いに手のひらを打ち合った。
ぱんっ、と乾いた音がかすかに響く。


「ここが犯行現場だ」


一番したまで降りて、ハクレンがそう言う。
そこは、何十にもテープで立入禁止となっていた。


「いくぞ」


静寂の中、扉を開く音が大きく聞こえた。


To be continued


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