Nightmare-3



―――――
―――




[ミカエルの瞳]


天より落とされた
伝説の魔石と言われている

瞳の使い手は
右手に緋い石を宿し
かつて世界を
統一したといわれているが

古来より
それを巡る
争いは絶えず

石は乱世に消息を絶ち
今もなお
彷徨い続けている




―――
―――――




「この男、〈人殺し〉のアルドだ…!!」

「恐ろしい…人を殺してきた罪がこんな形で現れるとは」


ふらりとバランスを崩した女性を、テイトが支える。
シスターさんは気を失ってしまいそうなほど顔色を悪くしていた。
過呼吸になるといけないので、私はその場からさくさくと連れて、少し離れた場所で休んでいるよう言ってから、もう一度彼らのところへと戻っていった。

すると、少し年配の男性が、怯えたように声に出す。


「サンクチュアリの中で神が手を下されたに違いない」

「――セブンゴーストは、彼を許さなかったのだ」


その言葉を聞き終わった後、私はゾクリとした感覚に襲われ、後ろを思い切りふり向く。

テイトも何かを感じたのか、私と同じようにふり向いた。
ゆっくりと、顔を上げる。

そこにいたのは――。

美しい月を背景に、教会の尖塔に立っている金の髪を持つ体躯のいい男性。
いつものように、ふざけたような、おどけたような表情をしていてくれれば、よかったのに。
このときに限って、彼はそんな表情をしていなくて。
とても真剣な――違う、冷徹な表情を、彼はしていて。
見たことのないその表情は、竦みあがってしまうほどで。

隣にいるテイトの表情が気になる。

それでも、見られなかったのは、彼のあの表情の意味を、知りたかったからだと思う……。


「どうした?」


ハクレンさんの声にはっとして、私たちは一度に彼から視線をはずした。


「いや…」

『……なんでも、ないわ……』


ごにょっと言葉を少し濁す。

ちらりと上を仰ぎ見たときには、既に彼の姿はどこにもなかった―――――。

疑問が出る。

彼は、どうしてあんな表情をしていたのだろうか。


――フラウさん……


何を抱えているのか。
いえないことなのだろうとすぐに察しがつく。
聞きだすつもりなど毛頭ない。

それでも、あの人の、あの表情の意味が、少し不思議に思えてならなかった。




―――――【次の日】


リーン、ゴーン……と教会の鐘が鳴り響く。

私は特に行くところが本当にないので、暇つぶしにテイトにいつもくっついている。
テイトは司教試験も近いとあって、いつも図書館に通っていた。

前に、ラブラドールさんと一緒にいるときに見た緋い石のことも調べているようだったけれど、私はテイトの知っている事をただ聞きかじっているだけなのでよく分からない。

テイトの調べによると、彼が知っている以上の情報はどこにも載っていないらしい。

ちなみに、テイトの知っている情報とは、〈伝説の魔石〉や〈世界を統一〉という、よく分からない言葉と物騒な言葉だった。

私が見た限りでは、ただの緋い石にしか見えなかった。

そのとき、風が窓から忍び込んできて、テイトが読んでいた本に悪戯をする。
パシッと素晴らしい反射神経でテイトは試験勉強に使っているメモ紙を取った。
ミカゲも反応してぱくっとくわえている。

残念ながら、私にはそんな反射神経はないので、わたわたとめくれた本のページを止めただけに終わった。

そのとき。
不思議な事がおきた。

私は、〈この世界〉の文字が読めない。
それは、ここにきて、この図書館の本をめくったときからわかっていることだ。

それなのに。

なぜか、その単語と文章が頭の中に入り込んできたのだ。


――[フェアローレン(神話)]

天界の長の娘を殺すという大罪を犯し
地上へ逃げて来たといわれる
伝説の死神。
地上で疫病や悲嘆、罪などの
災いを振りまき―――――――…


その単語と文章が、頭の中に直接語りかけてくるかのように、流れ込んできた。

私でも、理解できる文章。
だけど、私の知らない単語。

はっとしたとき、私はテイトとシンクロしている事に気づく。
ふわりと、目の前に〈フェアローレン〉という単語が目の前に浮いている感覚に陥った。

目の前には、真っ暗闇の中に浮かんでいる、長い階段、そして階段の先には閉まっている扉がたたずんでいた。

思わず、大きな声を出しそうになる。

しかし、私が出す前に、低とが大きな声を出した。


「うわっ!!」

『……っ!?』

「?」


私とテイトの反応がなんなのか分からないハクレンさんは、「大丈夫か?」と心配してくれる。

しかし、私はそんな状況ではなかった。

何故、今テイトとシンクロしたのだろう。

どうしてこんなときに?

意味が分からない。

そのとき、テイトの後ろから長身で体躯のいい男性がひょっこりと現れた。

聞いた話だと、テイトの首につけてしまった首輪が爆発しないように毎日会いに来ているらしい。

仕事熱心だなーとなんとなく思ってしまう。


「おっ、勉強熱心だな、クソガキ」

「フラウ…」


会話に入る必要がないのでただ傍観していると、突然ハクレンさんが立ち上がった。


「貴方がフラウ司教ですか?」


……もう、私からすれば司教っていう感じじゃなさすぎて、ハクレンさんの言葉に違和感が満載だ。


「ん?ああ」

「お目のかかれて光栄です」


すっと、ハクレンさんが流れるような所作で一冊の本をフラウさんに差し出した。


『……?どうしてハクレンさんがフラウさんに本を?』


疑問に思ってしまったので、お思わず声に出してしまった。

しかし、二人して私の言葉をあまり聞いていないようで、フラウさんは無言でパラリと本をめくる。

すると、フラウさんの態度ががらりと変わった。


「汝、名前は?」

「ハクレン=オークです」


一瞬にして頭に浮かんだのは賄賂だった。

すると、どこからあらわれたのか。
バスティン様がゴッ、とフラウさんの頭にチョップをかます。
……ものすごく痛そうな音がしたのは気にしないで置こう。


「……フラウ司教」


冷静なその声音がとても怖いです。

どさどさっと物が落ちてしまっているのは気にしない。


「やっぱり!図書館に来ていると思えば…没収です!!」


さっと下に落ちたものを拾い上げて取り上げる。
そして、さらりと違う話題を展開していく。


「そうそう、カストル司教が貴方のことを探してましたよ」

「げっ、マジ?」


……そんな嫌そうな声を出さなくても…。

しかし、私はそれよりも気になることを声に出していた。


『あのっ!』


二人の動きが止まる。


『昨夜の事で…聞きたいことがあります。フラウ司教……』


これが、私にとって真剣な話だと言う意味を込めて、フラウさんを役職名で呼ぶ。


『本当に、セブンゴーストがあのような事をなさるのでしょうか……?』


フラウさんは、ふいと私から視線を逸らし、応えた。


「…帝国警備隊が、犯行現場を調べている」


すると、その言葉を引き継ぐように、バスティン様が言葉を続けた。


「検視結果は後ろからの一撃によるショック死。外から入ってきた新しい足跡が、アルドの血を踏んでいたことから、犯人はおそらく、慈悲を乞う振りでもして、外からアルドに門を開けさせたのでしょう」


言葉を、真剣に聞く。


「何故、外部の人間の犯行だと?」


ハクレンさん言葉に私が驚き、私よりも先にテイトが声を上げた。

「お前…教会の人間を疑うのか!?」


テイトの言葉に、しかしそれでもバスティン様は淡々と語る。


「いいえ。すべての角度から物事を見るのはとても重要な事です。
しかし、教会の人間は必ず外出記録を残すことになっているのです。調べた結果、昨夜は誰も外出していませんでした。
犯人の行為は許されるべきものではありませんが、たとえサンクチュアリの掟があろうとも、罪を犯したものは必ずどこかで償わなければなりません。
コールと同じく、人間に仇なすと神が判断されたなら、殺人を犯したアルドは死ぬ事で、罪を償うしかなかったのでしょう」


長く、耳を傾ける。


「すべては、天より遣わされた七人の神々がお決めになるのです。
彼等は、決して悪を許しはしない」


確信を持ったバスティン様のその表情に、私は何か、変なものを感じ取った。
しかし、それがなんなのか分からなかった。

神様を敬う行為をするこの世界では、考えれば、本物の神様が存在しているからこそそういった秩序が生まれたのかもしれない。
実際、ここにいる司教が、セブンゴーストと敬われる存在になっている。

思わず、フラウさんをじっと見つめそうになって、慌てて首を小さく左右にふる。


「大丈夫ですよ、教会の警備を倍にしてありますし、正しい行いをする者達は神が必ず守ってくださいます」





てくてくと、テイトに私はついていっている。


『杖の事、謝りそびれちゃったね』

「ああ」

『……上の空だー』


私の言葉を適当に聞き流している感が半端ない。
それはそれで傷つくから止めてほしいよ?


『テイト』

「ん?」

『あのね、私……ずっと考えてるんだけど……』

「どうした?」

『……私、教会にいない方がいいかもしれないって、考えてるの……』

「は?…なんで、そんな事……!?」

『急に今思いつきで言ってるわけではないの!…本当は……結構前から、考えてた』


だって、私はここにいても何も出来ないから。

ただそばにいて、一緒に歩いているだけの人形。

それに、私の方が違和感が拭えない。


『……一緒にいて、とても楽しいし、すごく、頼りにはしているわ』


でも――……。


『…私は、多分…こちら側にいないほうがいいのかなって、最近思うようになってきたの』

「……」

『テイトが嫌いなわけじゃない。教会にいる人は、みんな親切だし、シスターさんも、フラウさんやカストルさん、ラブラドールさんも、ハクレンさんも。私のことを気にかけてくれているのはわかってるの』

「じゃあ、どうしてそんなことを言うんだ」

『…私の思い込み。私がそばにいない方が、すべてが上手くいくんじゃないかなって、思う』

「それは違うっ!!」

『どこが?』

「っ!!」

『私のせいで……私のせいで……っ!!』


そのとき、キィィンと高い耳鳴りがした。
不愉快なその感覚は、私の表情をゆがめるほどのことをする。

声が、聞こえた。


――…っ、また…!もう、止めてよ……っ


「普通、あれは体を乗っ取って意思を持つまで一日はかかるんですが…昨夜のは早すぎる」

「オレが感知してから、3秒で人を喰って消えやがった…!!……だが、サンクチュアリには結界が張ってある……」


――…あれが動き回ることは出来ねえハズだ


雑音が、紛れて聞こえてくる。
どうして?

どうして私を苦しめるの?

何で……?


「教皇が、一度あの子達にお会いしたいそうです」

「ああ、おそらくテイトはあの力を問われ、ユキは……問われるんだろうな―――存在を」

「このままバクルスを使えないようであれば、〈ミカエルの瞳〉は野放しに出来ませんから…。それに、彼女についてもまだ謎が多すぎる」


そこまで聞こえたと思ったら、私達はいつの間にか扉の前にいたのか……。

急にすごい勢いで扉が開き、一瞬だけ見えたフラウさんの殺意の篭ったその視線に体が竦む。

しかし、それは本当に一瞬で、すぐに驚愕の表情になる。


「テイ……」


言葉に詰まるその姿は、珍しいと思う。


「あ…すまな…い。お前の大切なコレ…折っちまって……」

『わ、たし……部屋に戻るから……!!』


思わず、走って逃げてしまった。


「あ、おい!?」


テイトのほうも、何も言わず、悲しそうな表情をして走っていくのを感じた。



―――――【テイト】



――逃げてどうするんだ
――逃げる場所なんて、もうどこにもないのに――…


テイトは無我夢中で走り、気付いたら噴水の近くまで走ってきてしまっていた。
止まる。

静かに、言葉を紡ぐ。


「知ってたんだな…〈瞳〉のこと」


――オレが始めて〈瞳〉を見たとき、ラブラドールさんは驚かなかった


「本当に感謝しているんだ、お前達に助けてもらった事。でも…どうして教会に引き止めるんだ?」


――違う


「軍と同じく」


――信じたいんだ


「お前達も〈瞳〉を狙っているのか?」


――本当は 信じたいんだ


「首輪をつけたのもワザとだったのか!?」

「…お前は、他人を疑っている暇があるのか?」


フラウはそのとき、テイトにミカエルのときの記憶がない事を確信する。


「帝国軍から一人で逃げ切れねぇヒヨッコのくせに」

「なんだと!!」


思わずカッと頭に血が上ってしまい、手が出てしまう。

しかし、それは無抵抗にも似た抵抗。

すぐ、押さえつけられた。

乱暴にではない。
むしろ、いたわるように寝かされるみたいに、背中に、噴水の囲いの石垣の冷たさが伝わってきた。


「逆だ。オレはお前を守らなきゃいけねぇんだよ!!だが、いつまでそばにいられるか、未来の事はわからねぇ」

「フラウ…」

「だから、強くなれ。いつか一人で歩けるように」


ザァー、と、噴水の水が流れる清らかな音がする。

真剣な表情のフラウから、テイトは視線をはずせない。


「お前には、やらなきゃいけないことがあるんだろ?
だったらここで学べるすべての術を身につけろ。
またコールに体を乗っ取られたくなかったら、闇との戦い方を覚えるんだ」


――ああ
――この言い方 知ってる

――ファーザーの言葉だ


ぱしゃんと、水の跳ねる音がした。
そちらを見ると、ラゼットが笑顔でパシャパシャと水を跳ね上げて遊んでいる。

手には、いつの間にか落としてしまっていたらしい、折れたバクルスを胸に抱くようにもっていた。

フラウはそれを受け取ると、少し笑みを含んだ声で言う。


「また豪快に折ったな。まあ、ストックがあるから気にするな」

「ごめん」


このとき、テイトは何一つ、わかっていなかった。

――フラウが言った言葉の意味も
――ミカエルの瞳が存在する


「そいつはファーザーがお前に託した希望なんだろ?守り抜け」


――本当の意味さえも


「おう」


――《強くおなりなさい》
――《いつか一人で歩けるように》


思い出すと、自然と笑顔がこぼれてくる。

しかし、疑問がぽこんっ、と出てきた。
そして、はっと気づく。


「なんでファーザーのこと知ってんだよ!!」


その言葉に、フラウがはっとしたが、既に後の祭りだ。


「…まさか…、オレの記憶が読める…のか?」


リーンゴーンと教会の鐘が鳴る。


「おう、メシの時間だぜ」

「コレ飯の鐘じゃねーだろ!!そ…それに、俺を守るってどういう意味だよ!!」


上から、優しげな眼差しで見守る瞳があった。


――おそらく、あれはもう教会のどこかに潜んでいるはずだ。よりによって、受験生が大勢いるこの時期に


進行方向に、今年の受験生の群れがいた。

カストルはそれに微笑みながら通り過ぎる。

瞬間、ものすごい殺気を感じた。

すぐに体が反応し、今しがたすれ違った受験生の群れを見る。
しかし、その中からの特定は出来ない。
一瞬の事で、すぐにその殺気が消えてしまったからだ。

群れの中で、にこりと小さく微笑みを顔に乗せる受験生が、一人いた。




To be continued


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