Nightmare-1



―――――
―――




――寂れた裏路地に、占い師がぽつんと座っていた。
――普段なら見向きもしないが、そのときのオレときたら、仕事にも女にも見放されてぼろぼろだった。


「あらあらそこのあなた、神のご加護を受けていないのねぇ」


まるで異国の踊り子のような衣装を身にまとった、見目麗しい女が、裏路地を歩いている男を自然に呼び止める。


――神様なんているわけがない。
――いたら、オレはこんな人生を送っていないハズだ!!


「オレはもう、生きている価値なんてないんだ…!」


女は、妖艶に微笑んだ。
唇の端に指先を持っていき、可愛らしげな仕草をする。


「まあまあそう言わずにぃ。死んじゃうまえに何かやりたいことはないのぉ?」


甘美な、言葉だった。


「捨てるだけのその魂、三つの夢に変えてみない?」


差し出される手を拒む理由が、あっただろうか。

その言葉に、男は引かれていく。


「あなたが本当に魂を欠けて願うなら、何を願う?」


――それからは今までの生活が嘘だったかのように、幸せな毎日だった。


「いい仕事があるんだ、やらねぇか?」

「契約成立だ」

「またいいブツを頼むよ」

「やったぞ!この金はオレだけのものだ!!」


――《アンタの秘密をバラされたくなかったら、稼いだ金は山分けよ》


――《きっと上手くいくわ》


あの妖艶な女の声が、男の頭の中からはなれない。

そして、女は男の前で冷たい塊となった。


「ク…ククク。やっとおオレにも運が向いてきたぞ!!」


鏡に手をつき、不気味な声を上げる。
しかし、独り言だったはずのその言葉に、返す高い声が響いた。


「congratulations!三つに夢がかなったね!」


満面の笑みで、鏡の中で女が笑っていた。


「お…っ、お前はあのときの…!?」

「約束どおり、あなたの魂頂くわ―――」


言葉に途中から、鏡の中で女の姿がぼろぼろとこぼれていった。


「ま…待てっ!!オレは《金》しか手に入れてないぞ!?」

「あら〜ん、《自由》になったでしょ?あの《愛する女》から」


まるで幼子に言い聞かせるようにその女は男に言った。
そして――。


「それで三つよ」


男の姿が、どんどんと醜くなっていく。


「くすっ、使い方を間違えなければもっとハッピーライフだったのにね」


そういって、女の姿が消えていった。




―――
―――――




「ふうん…お前…俺のライバルか。まあ一応握手ぐらいしておくか。オレはハクレン=オークだ」

「テイト=クラインだ」


互いに差し伸べた二人の手をテイトの影から、じっと私は見ていた。
二人が完全に私の存在を忘れていることなんて、このやり取りを見てれば分かりきっていることだ。
ただ、私がこの中に入ろうとしないだけだ。

この中に入ったとしても、私自身が異物であることに変わりはない。

拒絶されればその分自分が辛くなるだけだ。

それを理解しているのだから、少し自分を褒めたくなる。

そして、ハクレンと名乗った青年がテイトをじっと見ながら言葉を発する。


「毎年千人以上の志願者が受験するそうだが」

「(コイツ…どっかで会った気が…)」


テイトが考えていることが手に取るように分かるだけに、少しいたたまれない。
そっと距離を置こうとした瞬間、ハクレンさんがとんでもないことを口走った。


「最近じゃ小学生も受験するのか?」


ぶんぶんと握った手を上下に振りかぶりながら感心感心としきりに呟きながら彼はテイトの心を抉っていく。
本人に自覚がないのが一番辛い事実なのは見ているわたしにしか分からないことだろう。

瞬間に、テイトが思ったことが私の中に流れ込んでくる。



―――!!思い出した!!シュリ=オーク!!アイツにそっくりだ!!まさかコイツ第一区から来た追っ手か!?



そんなことを考えながらも、《小学生》よわばりされたテイトにはあまりにも理性がなかった。


「お前…ひょっとして腰抜けオークのシュリって野郎知ってんじゃねー!?」


内心、「オレは小学生じゃねえこのキツネ!」と思っていることはハクレンさんには内緒だ。
対して、腰抜けよわばりされたことが気に食わなかったのか。


「ボク、お家はどこ?オニーチャンが送ってあげるよ?」


と、満面の笑顔で返してきた。
ただ、いうなれば、その表情はどこまでも笑っているように見えるのに見えないという矛盾だけだった。
しかも、何故かハクレンさんが内心で思っていることが、私の中に流れ込んできて、内容は「腰抜けオークだと?このチビ!」…とのことでした。

二人の内心が分かってしまったがために、何も言うことができなくなってしまった私を誰か哀れんでください。

そして、二人の内心が重なった瞬間の言葉が――。



―――ここがサンクチュアリじゃなかったら絶対にボコる!!



…………だ、そうだ。

いい加減にしてほしい。

しかも、二人して外面を作るのを止めるのがとてつもなく早かった。

ばっ、と互いが互いの手をはじく。


「ふん。貴様のようなお子様がそのバッチを簡単にもらえるわけがない。飛び級クラスでも教会で5年の修行が必要なはずだ。貴様…お情けか?それともコネか?」


憎たらしい。
その一言に尽きる。
どうして初対面の人間にそこまでいわれなければならないのか。
怒りでどうにかなりそうだった。

思わず感情的になってしまったのがいけなかったのかもしれない。


『貴方にそこまで言われる筋合いはないと思うのだけれど、ハクレンさん?それに、確かにテイトにも非はあったかもしれないけれど、どうしてそこまで攻めるようなことばかりを言うのですか?』

「女のお前には関係のないことだ。口出ししないでいただきたい」

『……女であるかどうかで貴方は物事を判断する人なのね。そんな風には見えなかったけれど』

「普通はしない。が、お前はここにあまりにもなじんでいない。不自然だからな。遠慮はこちらから遠慮させてもらった」


少しの驚きと、大半の羞恥に私は襲われ、私の中で荒れ狂った。

テイトがすっと私を隠すように立ってくれる。


「…名門オークは軍人か政治家以外はファミリーとして扱われないそうだな。どうしてこの教会に居る?」

「この教会で興味があるのは一人だけだ。お前に答える義理はない」


冷たい声に身震いした。
怖い。
この人は簡単に私を傷つける。
そして、何の躊躇いもなく手を伸ばすだろう。
あたかも自分の考えていることの全てが正しいと考え、そして、私の存在を否定しながら受け入れようとする。
これほど残酷なことは、ほかにない。

唇を強くかみ締めながらうつむくと、テイトの優しい手が私の手を包み込むように握る。


「まあ、せいぜいがんばりたまえ!」


そう言って、彼は背中を向けて歩いていく。
そして見送ろうとする彼の背中には、見間違いようもなく、ミカゲが彼の頭にのっかている。

私とテイトは思わず声を上げてしまう。


『あ…っ!ミカゲが…!』

「こら!!戻って来いよ!!」


叫んでいるのに、彼はこちらの声が聞こえていないかのように平然と前に進んでいく。
すると、彼は人が大勢居るところに入り込んでいった。


「おい、押すな」

「混んでるんだ。少しは我慢してくれ」

「何?どうしたの?」

「静粛に!!」


ざわざわとした喧騒の中で、ひときわ大きな声がして、あたりがしん、と静まった。


「バスティン大司教補佐様がコールを退治していらっしゃるのだ」


とても、美しい儀式だと思った。
私には、ここが天の国かと思うほどに。
テイトが攻撃に使うときに見たあの文字が横たわっている女性の周りに現れたかと思うと、それを軸に発光していく。

ぱしゅっと、静かな音がした。


「さすがは大司教補佐殿!」

「患者に苦痛を与えずコールを取り除くとは…」



――すごい……


私は、ただそのことしか思えなかった。
彼が何をしているのかはわからなかったけれど、それでも、あの人が何かすごいことをしたということだけはわかった。

理解できないこと続きだったけれど、それでもあの人のしたことがすごいと言うことだけはわかる。

周りには、神秘的なオーラが見える。

キラキラと輝いていて、とても美しい。
あんなにも美しいオーラを見られるなんて、幸運だと思った。


「本日の講習は以上です。質問があるものは後で私の部屋に来るように」


そういって、まだ若い男性――大司教補佐様と呼ばれていた人は優しく微笑んでからその場を後にした。


「おや、勉強熱心ですね、テイト君と、……あなた」

『あ、ごめんなさい。ユキと申します』

「……!」

『?』

「あ、いえ。ユキさんですね。よろしくお願いしますね」

『はい!』

「カストルさん!今の術どうやって……」


テイトの質問に、カストルさんは微笑んだ。
この人の笑顔は裏がありそうだが、にこにこしているとすっごくいい人に見えてくるから対応に困る。

そして、カストルさんが語る。


「テイト君が攻撃系のザイフォンなら、バスティン様はヒーリング系ザイフォンのエキスパートなのですよ」


話しがよくわからない。
後ろでラブラドールさんが「ちなみに僕と同じだよ」と言っているのが聞こえた。


「ヒーリング系は動き回るコールを直接攻撃は出来ませんが、たとえば、コールの可動範囲を固定することにより、患者に負担をかけずコールを除去することが可能なのです。
才能にもよりますが、努力しだいでは系列に捕らわれず様々な術が使えるようになりますよ。
でも―――――」


そこで、カストルさんの言葉が区切られた。
テイト君を見ながら微笑んでいるのに、何か含みのある笑顔だった。


「ザイフォンの力が強ければ強いほどバクルスが扱えると言うわけではありません。テイト君、今夜から特別授業を課しましょう。一刻も早くあなたを鍛えねばなりませんから」


カストルさんのその言葉に、私たちは互いに言葉を失う事しかできなかった。
言われた本人のテイトは少しだけ驚いた顔をして、去っていく三人の司教の後姿を眺めている。
ちょうどそのとき、ハクレンさんの頭の上にいついていたミカゲを見つけた。


『いた!』

「よかった、ここにいたのか!」

「ん?」


それまで本に目を落としていたハクレンさんは私たちが追いかけていることすら全く気付いていなかったようだった。
私たちを見て、少し哀れみの篭った溜息を笑いながら落として言った。


「…お前、本当はオレと友達になりたいんだろう。悪いが、オレはごめんだ」

「…」

『……』


全く気付いていなかった彼は、私たちを見てそういった。
…といっても、先ほどの言葉は明らかにテイトに向けてだけの言葉だったので、彼の中で私は完全に除外されている。

まあ、それはそれでいいけれど、何故そこまで嫌われなければならないのかは少し不思議だ。
女性恐怖症でもあるのだろうか。

そんな事を少し疑ったが、嫌われているのだからそんな事を考えても仕方がない。

私はテイトから少し距離を置いて、そのまま傍観者になった。




―――――
―――




息を上がらせながら、一人の男が裏路地を歩いていた。
その歩き方は尋常ではなく、ふらふらと左右に揺れている。
そして、扉の取っ手に手をかけて開けた。

そこには、明らかに柄の悪い男達がたまっている。
しかし、入っていった男はそんな事すら気にしていないらしい。
そのまま、ふらふらと左右に揺れながらだが、男達のほうへと歩み寄った。


「ん?」

「なんだ、お前か」


二人が声を発した。

しかし、突然訪れた男は全く反応しない。

部屋の中央へと足を運んでいく。

そして、かすかな声で呟いた。


「よ…コセ…」

「金ならもう渡しただろう、とっとと消えな」


主格の男が呆れたように笑いながら男を帰そうとする。

しかし。
次の瞬間。

男の顔半分がぐちゃりと変形し、この世のものとは思えないものへと変化する。


「お前ノ魂ヲヨコせ…」


どっと、先ほどまで男の目の前にいた男が、後ろに吹き飛ばされる。

さすがにそれに焦った男達が声をあらげた。

ゆらりと揺れながら、男が次の獲物を定めていると、ふと頭上が暗くなる。


「?」


疑問に思った瞬間に、冷めた声が頭上から降り注いだ。


「無に還れ」


ごぱっと、大量の血が溢れる。

どさっと、男が倒れた。


「うぁあああ!!化け物…!!!」


そう叫んだ男に向かって、男一人を殺したはずの人物は、自らの手についた血を舐めとる。


「お前等…人として生きている有難みを知れよ」


そういったのは、目に眩しいほどの金髪を持ちながらも、冷酷な目を宿すフラウだった。





―――
―――――



練習のせいで手が傷だらけになってしまっているテイト。
大丈夫か問う言葉をかけても、大丈夫だという言葉しか返ってこない。
だからこそ、そんな言葉は存在しても意味がないと思った。


「今までゲストルームでごめんなさいね。今度のお部屋は受験生用なので図書館も近くて便利ですわ」

「受験生はみんなここに泊まっているの?」

「いいえ、通いの方もいらっしゃいます。法術試験に備えて、教会の練習場を使ってバクルスの調整も行えますのよ」

『……』


特に話す事がないために、私は黙っている。
何もすることがないから、ただただ歩いているだけだ。

ここの世界は、私がいた世界とはまるで違いすぎている。
何をしても、私は異端でしかない。
何をするにも、何も出来ないこの身が恨めしい。

どうして、私はここに連れてこられたのだろうか?

何故、私がこんな思いをしてまでこの世界に留まらなければならない?

一体、何の目的で私はこの世界に飛ばされてしまったのだろうか。

意味がわからない。

理解したくない。

怖い。

この世界のすべてのものが。

受け入れる事に対しての恐怖が。

どうして、こんな事になってしまったのだろうか―――――?


「ユキ?」


テイトの静かな呼びかけに、はっとした。
私はそのまま無理矢理笑顔を作ってその呼びかけに応える。


『何?』

「……無理してるな。力になれないかもしれないけど、頼ってくれていいから。だから、一人で何でも背負わないで」

『……うん。ありがとう』


心から思ってもいない言葉を、"嘘"と言われる塊にして吐き出す。

なんて、醜い。


「つきましたわ。お部屋は相部屋なのですが、テイト君ならきっと上手くやっていけると思いますわ」


そういって、シスターがコンコンと扉を叩く。


「ご紹介しますわ」


ガチャリと扉が開いた。


「昨日第一区からいらっしゃいましたルームメイトの、ハクレン=オーク君です」


「「替えてください!!」」


二人の反応の速さに、少し感動した。


「ダメです」


…そして、シスターさんの早い回答にも。


「ルームメイトはお互いを高め合う為、常にペアで行動する決まりですの。慈愛と奉仕の精神こそ、神へお使えする第一歩ですわ」


……二人の顔が呆然としているのは、この際気にしない方がいいのだろうか?
だが、気になるのは気になる。


「それと、今回はあなたも、この部屋に止まってくださいね」


語尾にハートがつくんじゃないかと思うほど、彼女の声はうきうきとしていた。

目が点になる。

思わず、気の抜けた声が出た。


『…………………は?』

「あなたには迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、まあ、仕方のない事だと思って、彼らと同棲してね?」

『いやいやいやいやいや!?おかしくないですか!?ここ教会ですよね!?何で男の人と同じ部屋になるんですか!?』

「……正直に白状すると、他の部屋はすべて埋まっていてあなたのために用意する部屋がないのよ…」

『だったら、私シスターさんの部屋に泊まらせてください!!』

「一度その案が出たんだけど、私たちが使っている部屋も、あなたを入れて上げられる余裕のある部屋が一つもなかったのよ……」

『―――――っっっっっ!!!!!』


それでも、納得いかないものは納得いかない。
わたしは、思わず叫ぶ。


『だ、だ、だったら、教会の庭で寝てきますから―――――――っっっ!!』


そういって、駆け出そうとした。

が。


「なッ!?ユキ!?何言ってるんだよ、女のお前にそんな事させられるわけないだろう!?」

「だが、ここに寝泊りさせるのも……いかがなものかと……」

「だったら、オレが庭で寝る!」

『何言っての!?テイトは今大事な時期なんだからそんな事させられるはずがないじゃない!』

「ユキだって女だろ!寒い中で寝かせられるはずがないじゃないか!」

『わ、わたしは丈夫だからいいの!』

「何でそういう会話になる!?お前を心配しているだけだよ!」

『わたしだって、テイトのことを心配してるもん!』

「だったらお互い様だろ!」

「………そろそろ、結論から言おうか」


今まで黙っていたハクレンさんが、唐突に話に割って入ってくる。

知らず、体がビクンッと跳ね上がった。
でもそれは微かな事だったためか、気付いた人は誰もいない。

そう、思い込んだ。


「まず、お前はここにいていいと思う。ま、小学生がうるさいしな。それに、シスター殿から事情を聞いたものとしてはほうっては置けない」

『……気にしないでください、と申し上げます』

「…何故、オレに敬語を使うのかは理解できないが、まあ突っ込まないで置いてやる」

『……私は、』

「反論は許さない。とりあえず、ここに寝泊りすればいい」

『……っ!』


イラッとかすかな怒りが自分を襲う。

彼は、私のことを本当になんとも思っていないということがありありと伝わる。
それでもいいのだが、ここまで苛立ちを覚える自分が何故だか悔しい。

でも、わたしはどうしてなのかその理由も知らない。


「だが、お前は床で寝ろ」

『………』


普通、女の子に向かってそんな事はあまり言わないと思うのだけれど、まあこれがハクレンという人間なのだと理解しよう。

けれど、それに反論したのはもちろん、テイトだった。


「ユキにそんなことをさせられるはずがないだろ!俺が床で寝るから、ユキは俺が使うベッドで寝てくれ」

『……ううん。いい。私、廊下で寝るから』

「は!?庭と変わりないじゃないか!?」

『廊下で、毛布かしてくれたらそれにくるまって寝るから……いい』


何故だか、無性に――虚しく感じてしまった。

なぜかは分からない。

でも、だからこそ。

この場所にいたくないと思ってしまったのかもしれない。


『いいの。わたしのことは気にしないで。居ないものだとでも思ってくれればそれでいい』


虚しさを無視しようとすると、そんな言葉しか出てくれない。

どうして、私は――こんなにも、醜いのだろう。


「これからバクルスの調整に行く。支度をしろ」


そういったのは他でもないハクレンさん。
相変わらず上から目線だなと、胸中で思う。


「バクルスは使えるんだろうな、小学生」

「小学生言うな!!」


怒りに任せて叫ぶテイト。
しかし、次の瞬間には、自分の手に巻いてある包帯をしゅるりと解いた。

その手には、バクルスを使うたびに傷ついてきた手があらわになる。

それをそばで見てきた私には、ただそばで見ているだけしか出来なかった悔しさが胸に宿る。
どうして、自分には何も出来ないのだろうかと、何度も思った。
何度も何度も自問して、そして自分で愚かな答えにたどり着く。

―――――私が、この世界の住人じゃないからだ、と。


『……私は、バクルスなんていう高度なもの使えないから、二人で行ってきてください』


そういって、私は自分ひとりの時間を作った。

惨めだなと、考える。
醜いなと、考えた。

彼は、絶対にわたしを好いていない。
多分、女である事が気に入らないのだろうと分かる。
それでも、今までああもあからさまにされた事がないから、対処の仕方が分からない。

そして。

彼は――ハクレンさんは、躊躇いなくわたしを殺す事ができるだろう。

何も感じずに。

あの、帝国に居た人たちと同じように。

まだ知り合って間もない女の私など、守るべき価値もないと見捨てて、私が瀕死のときでも、無常にもただ見下ろしてくるだけなのだろうか。


『……あなたも、私を殺してくれる…?ハクレンさん……』


ポツリと呟く。


『私の存在を邪魔だと言ってくれるの…?この世界に、お前など必要ないと……あなたは、私に言ってくれるのかな……』


惨めなことを呟いて。


『……死にたいと、願う事は……罪……なんだよね、この世界でも……』


だからこそ。
気付かなかった。

扉の外で、この呟きを、ハクレンさんが聞いている事に。


『……眠れない。散歩しながら、寝床でも探そうかな……?』


そういって、私は立ち上がる。
今まではテイトが自分の使うはずのベッドに座らせてくれたので甘えてそこに座っていたが、やっぱりそうもいかない。
いつまでも甘えて入られないのだ。
彼は彼なりに、美器用なやさしさを見せてくれた。

だからこそ。

私はそれに甘えるわけにはいかない。


『……ラブラドールさんのお庭、少し借りようかな?』


毛布だけを片手に、私は歩き出し、扉に手をかける。

カチャリとあまり音を立てないように扉を開いて、そっと外に出る。

静かに扉を閉めてから、歩く進行方向を向いた瞬間――口から心臓が出そうになったほど驚いた。

そこにいたのは美しい金の髪を横で一括りにしている長身の青年。
さえる瞳には感情が読み取れないほどの光を宿し、私を睨みつけている。


『……っ!!ハク、レン……さ……!』

「……お前は、どこに行くつもりだったのだ」

『…ずっとそこに?』

「俺の質問に答えろ」

『そこにいたのなら、私が行こうとしている場所はお分かりでしょう。わざわざ私に聞くまでもない』

「……お前は……」

『私は、私があなたに嫌われている事ぐらい、分かりますから。不愉快に思うのなら、わたしに近づかなければいい、気にしなければいい』

「……」

『あなたに嫌われようと、〈この世界〉の誰に嫌われようと、私には関係のない事だと思っているから』

「?それはどういう――」

『あなたに話すことは、今はないわ。もし聞きたければ、テイトに聞けばいい』

「……あの小学生にか」

『そうやって他人から、聞き出せばいいことよ。私は知られたくないと思っている事だけれど、あなたからしてみれば関係のないことよね』

「……」

『せいぜい、私の秘密を聞き探ればいい』


そういって、私はハクレンさんの横を通り過ぎ、駆け出そうと足を踏み出した。



To be continued


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