償い

――〈テイト〉――







―――――神に誓って、死ぬときは一緒だ!!―――――







約束したのに。
その約束すら、自分は守る事ができなかった。

俯きながら、テイトは呟いた。


「そんなもの受けてなんになる。オレはミカゲの復讐をしに行くんだ」

「みすみす死に急ぐのですか?」

「アイツはオレのために死んだんだ。今度はオレがアイツの恨みを晴らしてやる」

『……』


何も言わない彼女。
関心のないようにしていても、俯いているその姿からは、オレと同じような感情があるということがわかる。

声を押さえようとしているためか右手で左の腕を強く抑えている。


「死ぬときは一緒だって言ったんだ!!オレだって命を懸けないでどうするんだ!!」


必死の叫びは、フラウの攻撃で一蹴された。

ものすごい勢いで頭突きをくらい、オレは痛みで額を押さえる。
痛すぎるが、声を我慢できないほどの痛みでもない。

フラウの行動に驚いているのか、ユキも驚いた表情で俺達を見ていた。
フラウの方を見れば、真剣な表情で俺を見つめている。

そして口を開いた。


「ミカゲが助けた命はそんなに軽いものか?」


反論が出来なかった。


「お前が死にたいのはミカゲのためじゃねえ。お前が今ここに抱えているあらゆる感情を捨てて楽になりたいからだ」


フラウの大きな手がオレの胸元に伸び、その長い指がオレの胸の中心をさす。

何も出来ない。
反論も。
体を動かす事さえも。

オレにとって、今一番辛い事を、こいつは要求してくる。


「生きる事から逃げるな。苦しくても生きろ。助けてもらった命を守る事が死んだミカゲに対する償いだ」


両目から流れる水が頬を伝い、顎に流れて下に落ちていく。

思わず、激情をフラウにぶつけてしまった。


「生きてるだけでどうやって償いになるんだ!!」

「自分で考えろ」


冷たくそういわれて、オレはそれ以上言葉が出てこなかった。
背を向けたフラウは、俺から離れていく。

悔しくて、思わず俯く。


「…今外に出れば、軍がてぐすね引いてあなたを待っているでしょう。第一区に侵入するどころか第七区すら出られませんよ」


そういったのはカストルさんだった。


「そこでテイト君。私たちがあなたの復讐をお手伝いしましょう」


爆弾投下の言葉に、オレもフラウも驚いた。


「司教試験に合格すると、世界中のあらゆる宿泊施設・交通機関のフリーパスがもらえるんです」


語尾に何か乙女チックなモノがつきそうな勢いで会話をするカストルさん。
いいならが、カストルさんは自身の司教パスをオレに見せる。


「もちろん、バルスブルグ帝国全区界に配備されている帝国警備隊の厳重な検閲もありません」


オレには、今のカストルさん以外の音も、声も、入ってこない。


「本当に復讐したいなら、まず入念な準備が必要ではありませんか?」


にっこりと笑いながら、カストルさんが言葉を続ける。


「試験は後一ヵ月後です。あなたにとって悪い相談ではないと思いますが」

「てめ――っ、何復讐なんか勧めてんだよ!!今こいつに必要なのは…!!つーか、ジャマだこの人形!!」


ぎりぎりとフラウを拘束している人形。
それでも、それすらも気にならない。
今、オレの中に廻っているのは〈復讐〉を言う、とてつもなく甘美な言葉。

意を決してなんて、カッコいい言葉などではない。
つられるように、オレは決心したんだ。


「わかった。その試験、受けさせてくれ」






――〈テイトEND〉――





……勝手に話しが進んでいる。
ここにいなくてもいいかな。

そう思って歩き出そうとすると、今まで人形につかまっていたはずのフラウさんが私の手首を握ってきた。


『……一番、つかまりたくなかったです』

「随分ないいようだな」


確かにそうかも知れないけれど、この人に捕まりたくないと思っていたのは本当の事だ。

この人は、あまりにも優しすぎる。


『……あんまり優しくしないでくださいよ。死にたいわけではないけれど、それを願う事をやめてしまいそうになる……』

「じゃあ、その願いを断ち切らせてやるよ」


手首を握る手が、さらに強くなった気がする。
私の願いを、この人はかなえてくれないんだと、本気で悟る。

ここにいると調子が狂うのは、ここに人たちがあまりにも優しいと感じるからだ。
だから、心地が良かったとも言えるし、良くなかったとも言える。

アヤナミさんたちのそばにいるときは、あの人たちはすぐにでも、私を殺す事を躊躇わないとわかっていたからだ。
あの人たちは、軍人だ。
人を殺す事が仕事なのだ。
その中で、何の力も持たないただの小娘である私がいても、彼らはすぐに殺す事ができる。

優しくされることになれていないからだろうか。

思わず、その優しさを求めてしまいそうになる。


『さっきの話を、聞いていなかったわけではないんですよね?』

「何のことだ」

『ミカエルとの会話ですよ。私がこの世界の住人ではないという証明が、彼の言葉だと思います』

「そんな事は関係ない」

『……?』

「ここは、迷える人間が来る場所だ。それが教会だ。お前が何者かなんてカンケーねぇよ」

『…やっぱり、あなたは優しすぎますよ』


そういって、私は微かに微笑んだ。

場所は変わって、教会内・図書館。

目の前には、ありえないほどの書物が並べられていた。
思わず眼をキラキラさせてしまう。

本だ、本だ本だ!
いいなぁ、読みたいなぁ!
と思っても、私には文字が読めないから読むことすらも出来ない。

テイトは絶望していたが。


「うわー、もう見たくねー」

「一次試験はバルスブルグ教典全77巻から計100題出題される筆記試験です」

『すごーい…』


思わず呟くと、カストルさんがとてつもなく楽しそうに私の後に言葉を発した。


「とりあえず半月ぐらいで全部暗記してもらいましょうか」

「出来るわきゃねーだろ!!オレだって三年もかかって覚えたんだぞ!!!」

「(初めてフラウに親近感)……カストルさん……」


テイトが小さくカストルさんの名前を呼ぶが、気付いていなかった。


「それはあなたがバカだからですよ」

「ぐっ…ちょっとぐらい賢いからって…」


と、そのとき、ぱらぱらと教典をめくていたテイトが声を出した。


「…あれ?この本どっかで読んだ気が…」

「何ぃ!?」

「では、どれくらい覚えているか試してみましょうか」


テイトがぱたりと本を閉じる。
それを見て、カストルさんが簡単な問題を出し始める。


「第5巻34章天曰く《闇より》」

「《生まれる子羊に耳を傾ける事なかれ》」


……言葉を失っているフラウさんが見える……。


「第20巻3章天曰く《海に》」

「《落ちたバベルの罰と罪について》」

「な…な…な……」


…気にしないほうがいいのだろうか。
だんだんかわいそうなほど打ちひしがれているフラウさん。
これが気にしたら負けというやつか。


「第77巻最終章天曰く」

「《最後の光は我らと共に》」

「なあ―――っ!!?」


最後には結局悲鳴を上げていた…。


「コイツ、出来る……!」


何故!?って、メチャクチャ顔に書いてある。
突っ込んだほうがいいのだろうか。

そのときには後ろでテイトが何かを思い出したように叫んでいた。


「思い出した!これ、いつも神父さまが歌ってくれてた子守唄だ…!」

『そうなの?』

「ああ。神父さま…小さい頃からずっと教えを説いてくれていたんだ……」

『……そうだね』

「良い方ですね…」

「そうか?」


それぞれが口を開いているい場面だった。


「でもこれ全部覚えないと合格できないってことだよね……うわぁ…」

「気をつけろよ。試験官は意地悪なやつが多いからな」

「?」


首を傾げるテイト。
大丈夫よ、テイト。

あなたよりもさらにこの状況を理解していない人間がここにいるのだから。


――いったん勉強を置いておく事にし、私たちは中庭にいた。
もちろん私がいても何の役にも立たないけれど、まあちょっとぐらいは手伝えるかなと言う淡い期待を持ちつつ、私はテイトについて行く。
相変わらず広いなー、と感心しながら、私はテイトたちの話に聞き耳を立てた。


「二次試験はザイフォンを使った法術試験です」


カストルさんが説明を始める。


「世の中には誰かを思うだけでは、誰かのために祈るだけでは、守れないものがたくさんあるから。だから、夢を奪われて、絶望の淵を彷徨う人々を助けるために、私たち司教は武器を持っています」


その言葉に、テイトが驚いたように声を上げる。


「え…?じゃあ、法術試験って…」


テイトがそう疑問を口にすると、フラウさんがずっと手に持っていた長い棒のようなものを掲げてみせる。
そして、不適に笑いながら言い放った。


「使い魔退治だ。この法具(バクルス)はザイフォンと同じく誰にでも仕えるわけじゃねぇ」


難しい説明が始まった。

私はただ大人しく耳を傾けていた。


「ザイフォンは一般的に生命の源…生命エネルギーを指す。つまり、この世のものだ。だが、このバクルスを媒体にザイフォンを使えばコールを捕まえ、消滅させる事ができる」

「つまりこのバクルスはザイフォンを闇に対抗するものに変換できる装置ってこと?」

「正解」

「まあ、言うより慣れろってカンジだな」

「ザイフォンを使う武器は学校で習ったよ」


そういって、テイトがロッドを構える。
私は何も出来ないからそれをじっと見つめる。
何もできないことが少し寂しい気はするが、できないものはできないのだから仕方がない。
気にしてもそこから進まないのだから、気にしないでおくこととする。


『……!?』


突然突風が起きて驚いた瞬間に、ぼふんっというなんとも間の抜けた音が響いた。


『テ、テイト、大丈夫…!?』

「ぶはっ!!……へ、へーき」


無理して答えているのは丸わかりだが、ここは彼の言葉を信じることにしよう。
とにかく、火傷をしていないかだけを確かめさせてもらってから、私はそのまま身を引く。


「…オレみたいなガキでも本当に司教になれるのか?」

「…最初はまず信者になり、その後、神父の資格を取得していくのが普通だが――」


フラウさんがいったん言葉を止める。

真剣な表情で、テイトを見つめるのそ姿は、とても様になっている。
……ただの不良司教ではないんだなと、失礼なことを考えてしまった。


「このバクルスを扱えるものだけは特例として年齢を問わず、〈闇退治専門〉の司教に選ばれる。飛び級のチャンスを与えられる。関係のないお前には、厳しい世界になるだろうが、頑張れ」


その後に、一瞬私の方を見た気がしたけれど、私が視線を逸らした。

人間、できることとできないことは差がある。
それは、今の私とテイトぐらいの差。

元々〈この世界〉の人間ではない私が求められても、どうしようもない。
それは、きっと彼にもわかっていることだ。
それでも、私を見たということは、少なからず、私にそういった才能がないわけではないと言うこと。
期待されているというわけではないけれど、少しでもやってみないかと催促されているのだ。

私は、それを拒絶した。

それは、一瞬のことで、フラウさんが話した後にはカストルさんが話し始める。


「正式な司教と違い、世界中を旅して闇の者を退治することで、修行しながら経験と得を積んでゆくのです」


カストルさんの説明に、
テイトは微かに笑いながら言った。


「…ありがとう」


バクルスという武器を、今一度、きゅっと強く握り締める。


「帝国軍の武器は大量生産型だからザイフォンの波長を合わせやすいけど、このバクルスには癖がある。誰が作ったの?」

「〈法具師〉と呼ばれる専門の職人さんが年に一度教会に来てくださるんですよ」

「ふうん…でもコールを捕まえる時、バクルス使ってなかったんじゃ…」


瞬間、何かがパシッと私の真横を通ってきた。


『きゃあっ!!』


驚きで声を上げると、ふわりとフラウさんが私を支えてくれた。


「俺たちはワケありなんだよ」

『……あ……!!』

「君達は、よくこの子達につきまとわれますね」


カストルさんがそういったのとほぼ同時に、私はフラウさんに抱きしめられた。


『……っ!?』


どう反応すればいいのか、わからなかった。

どうすればいいの!?と、一人で悩んでいると、そのまま抱きしめられている状態で歩かされた。
テイトのそばまで行っても、私の体に回って腕は外されなかった。


「これは、試験を受けるものの証だ。いつ、どんなときでも、みんながお前を見ている。
常に正しい行いを心がけろ」


すっと、私を抱きしめている手とは違う手を伸ばし、テイトの頭にふわりと乗せた。


「お前に、神の御加護を―――――」








―――――
―――






『…あの、フラウさん…!!離して下さい……!!』

「……」

『フラウさん!!』


呼びかけても、返事すらしてくれない。
どうしようもない。

手を振りほどこうと思っても、力が強くて振りほどくことも出来ない。

何を求めているのかがわからない。
私は、拒絶したのに。


『フラウさん…!!』

「少し、黙れ」


突然ふり向いたと思ったら、急に暖かなものを押し付けてきた。


『んう!?』


覆い被さってくる長身の陰。
腰を支える、大きな手。
頭部を押さえつける掌。
暖かな体温すべてが、私を包み込む。

それでも、キスされたことによって、私の思考は停止する。
何を考えればいい?
何をすればいい?
どう反応すればいいの?

目を開ければ、そこには綺麗な瞳が私を覗き込んでいる。
綺麗な金髪。
それを見れば、恥ずかしくてどうにかなってしまう。

思わず、目を瞑ってしまうと、私の視界が何も見えなくなり、余計に怖くなる。

先ほどから、軽く触れ合うほどの愛撫をされ続け、どうしようもないほどの羞恥が私を襲う。


『ん……っ!』

「……ユキ……。言えよ」

『…っは…!なに、を……!』

「お前は、何をもっている?何をそんなにも頑なに隠している?」

『なに…も……!』

「だったら、何でそんな目をしている」

『そんなの、知らないわ!!はなし……!』

「このまま、お前のすべてを奪うことだってできる」

『……!!』

「ユキ……」

『あなたに、名乗った覚えはないわ!!』


どん、と力が力が緩んだ隙を突いて、私は彼の体を押し、そして逃げた。

どうしたらいいのか、わからない。

顔が赤い?
そんなこと、当たり前だ。


『私のキスを……奪って……!!』


ごしごしと唇をこする。

知らないうちに、涙が滲んでいた。






―――
―――――




逃げて逃げて逃げて――。

瞑っていた目を、あけた。
そこからのぞくのは、美しい紫の双眸。
銀の髪はつややかで光沢がある。

どうして、と、声なき声で呟いた。
消えてしまいたかった。
――この世から。
消してしまって欲しかった。
――記憶から。


『お願いだから……』


私を――




―――――殺してよ―――――




呟いた。
それでも、届かなかった。

何故、ここで泣かなければならないのだろうか。
どうして、我慢に我慢を重ねていたものを爆発させなければならないのだろうか。
どうして、この人の眸が、こんなにも暖かく感じてしまうのだろうか――?


『どうして、ここにいるの?また、テイトを捕らえに来たの?』

「……」

『それとも、私をあなた達のほうへと連れ込むため?でも、どうして?私には、そんな価値はないわ』

「それは、お前の価値観だ」

『それの何がいけないというの?人は、残酷な生き物よ。それぞれの感じ取っている価値観は、すべて違うわ』

「……」

『あなたのその価値観と、私が自身で主張している価値観は、お互いに押し付けあっているだけに過ぎない』


言葉をつむぎながら、私は静かに後退をしていた。
今、この人に抱きしめられでもしたら、“私”が壊れてしまう。
少しでも、ここから逃げなければならない。

お願いだから、私を――壊さないで……。




――アヤナミさん……





―――
―――――




テイトは慌しかった。

教会の朝は4時から始まる。

数キロに及ぶ回廊の掃除。
各階への石炭運び。
それが終わって、初めて受験生は自由な時間をもらえるのだという。


『……その的は、なんだか微妙だね……』


私がそう呟いたのは、テイトが修行始めてから五時間後である。

テイトはフラウさんからもらったバクルスで必死に何かをがんばっている。
私はただそれを見守ることしか出来ない。
何の力も持っていない私はそれを見届けることしか出来ないのだ。

そのとき、テイトの叫び声が聞こえてきた。


「人様に迷惑かけるな―――――!!」

『うわっ!?』


どっと、強風に煽られて、危うくころころと飛んでいきそうになった。
…あ、危ない危ない……。
テイト、どれだけの力を出したのよ…!

少し恨めしく想ってテイトを見ると、なんだか感動したような表情をしている。
これで誰が彼を責められようか。
が、次の瞬間――。


『え……、ちょ、…っ、こっちに走ってこないでよ――――――!!』


巻き添えを食らった瞬間に、先ほどのあの言葉をすべて帳消しにしたくなったのは、言うまでもない。

しかし、すぐに何故かラブラドールさんが助けに来てくれた。


「お疲れ様、少し休憩しようか」

『ラブラドールさん!』

「ラブラドールさん!」


私とテイトが同時にその人の名前を呼んだ。
二人で少し顔を合わせて微笑みあう。

そのとき、私は手に違和感に気付き、テイトにばれないようにそっと舌を見てみると、テイトが私の手を握っていることに気付く。
それに気付いた瞬間に、私は恥ずかしくて思わず顔を赤くしてしまった。

テイトは気付いていないのか、そのまま東屋に私の手を握りながら引いていく。
私の手を引いていことに気付いていないのか、私のほうもそれにつられるようにふらりと歩くしかなかった。


『(か、奏多ちゃん……私、死にそう)』


心の中でそう思わず呟いてしまうほど、私は気が動転してしまっていた。


「お花はいる?」


優しい声音で聞かされたそれに胸がほっとする。


「花…ですか?」


聞き返したとき、テイトがようやく私の手を握っていることに気付き、慌てて手を離す。
小さくごめんと謝ってから私たちは互いに椅子に座った。

ラブラドールさんがテーブルの上においてあるお湯を、グラスの中にこぽこぽと注ぐ。
そして、どこからか取り出した花の種のようなものをお湯のに中に躊躇いもなく落とす。
ポトリと静かな音がしたかと思うと、グラスの中で、ふわりとお花が成長を遂げた。


『わぁ……!』


最高に綺麗な状態まで咲いた花は、お湯の中で静かに揺れていた。


「おいしいよー」


ほんわかとした笑顔でそういったラブラドールさんの声に、私たちはグラスを手にとってそのまま口に運ぶ。

そして、のんだ感想を口に出したのはテイトだった。


「甘い…」


私も、声を出したつもりが、声に出てこなかった。
飲んで、甘いとわかった瞬間に、私は涙が滲んできた。
それに気付かれて欲しくなくて、すぐに俯いてしまった。


「怪我をしている子には甘く感じるんだ」

「…怪我?」

「そう。心の怪我」


優しい微笑を浮かべながら、きっとラブラドールさんは言い聞かせるように行っているのだろう。
見えなくても、かおをあげて確認しなくても、なんとなく、わかってしまう。

テイトの表情がなくなっているだろうことも、予想がついてしまう。

そして、ゆっくりと言葉を発した。


「…ミカゲは家族のために、オレに帝国軍に帰ってこいって言わなかった。あいつの気持ちに、気付いてやれなかった。オレは最低だ」


静かに、声がした。


「…償いたいんです」


脳裏に、ミカゲの必死な声が蘇ってきた。



―――――帝国軍を敵に回すな。復讐は何も生み出さない。



そういっていた、ミカゲの声を思い出す。


「でも、あいつが復讐をするなって言うなら、俺は何をしても償えない!!」

「ミカゲ君は最初から君の事を赦していたよ」

「それじゃダメなんです!!オレは、罰を受けなきゃならない!!」

「…ミカゲ君は、君が帝国軍に帰れば、君の人生が終わることを知っていた。そんな君を帝国軍に渡すなんて、ミカゲ君にはどうしても出来なかった」


ラブラドールさんが、優しく言葉をかける。

そして、最高の言葉を、テイトに投げかけた。


「―――――君を、愛していたから」


もう、泣くことしかできなかった。
先ほどから、テイトの声がかすかに震えていたこともわかっていた。



―――――《命懸けなんだろ?》

―――《このミカエルの瞳こそラグスの歴史。テイト。お前がその先を継いでゆくのだよ》

―――――《だったら、貫いて見せろよ》



「オレは、ずっと偽りの世界に立ってた。その中で、たった一つだけ本物の宝物を見つけたんだ」


――たとえ、赦されなくてもいい


「オレはやらなきゃいけないオレの本当の世界を、こいつに見せなきゃいけないんだ!!」


――それが、オレの償いだ


瞬間。
テイトの手の甲に瞳が現れ、高い音が鳴り響く。

そのとき、ラブラドールさんが静かに呟いた。


「《迎え》が来たんだね。テイト君、ここが、君のスタート地点だよ」



―――――《次の日》―――――


庭にそくした回廊を二人並んで歩いていると、フラウさんから本を図書館に返しておいてくれと頼まれごとをした。
私は目を合わせることが出来なかったけれど、代わりにテイトが会話をしてくれた。

上から視線を感じたけれど、気にしないようにした。

二人で、図書館に向かっている途中、幻影を見た。


――え…………?


信じられなかった。
それでも、信じたかった。

テイトと、ほぼ同時に手を伸ばした。
けれど、私の方が気がせいていたようで、早くにその体に手が触れた。


『ミカゲ……!』


切ない気持ちで呼んだ名前に振り返った青年は、当たり前のことでミカゲではなかった。


『あ……?』

「な、何だね、君は!?離したまえ…っ」

『ごめん、なさい』


あからさまにしょんぼりとしていると、何故だかおかしな方向に展開していった。

手鏡を持って自分の姿に陶酔しているその人物に、私たちは同時に思ったことを口に出してしまっていた。


『違う…』

「違う…」

「さてはこのオレがかっこよすぎて妬んでるんだな?オレがお前に心の広さと言うものを教えてやる!!!」



―――私の馬鹿!!なんかやばい人に声かけちゃったよ!!しかも、なぜかテイトが責められいてる!!


二人して、小さく謝った瞬間、相手がテイトの襟元についているものに気付いた。

そして、自分の襟元についているものを親指で示しながら不適に言った。


「ふうん、お前…オレのライバルか…」



To be continued


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