ミカエル


――わたしは あの眼を 知ってる
――オレは あの眼を 知ってる


〈私が憎いか。憎ければ、帝国軍に復讐しに来い〉


――あの 容赦ない 冷徹な眼を
――あの 容赦ない 冷徹な眼を


〈待っているぞ。ユキ。テイト=クライン〉


――どうして……あなたは……
――殺してやる


――もう、やめて……


願っても届かない祈りは、一体誰がかなえてくれるというのだろうか。
願っても願っても、かなえられない祈りを、私はもっているのに。


『……もう、やめてよ……!』


喉から絞り出した声は、それと比類して小さな声だった。
不安定な私の心を表していて、それがさらに私の不安を煽っていく。

また、聞きたくない声が、見たくない景色が私を襲う。


――指から こぼれてしまった光は もう 届かない――


――〈テイト、壁を見てみろ〉


――謝る事すら 許されない――


――〈ミカゲの最後の言葉だ〉


――お前の隣にいる資格なんてなかったのに――


壁全体を埋め尽くすような言葉。
ザイフォンは、文字を立体化して攻撃を行う術。
それは、そのときの人間の感情が表れるということだ。
テイトはその場に膝をつき、部屋の中をぐるりと見渡す。


〈ごめんな テイト〉
〈お前は生きろ!〉
〈俺たちは ずっと最高のダチだ〉
〈大好きだ〉


こんなにも思われる資格なんてどこにもないのに。
それなのに、ミカゲはこんなにもテイトのことを思っている。

もともと、私が入り込めるすきなんてなかったのに。
私は一体、何を勘違いしてたのだろうか。


――ミカゲは、最後まで笑ってた。最後まで オレの親友だった――


守らなければ。
自分の殻に入って、閉じこもって、誰にも“私”に干渉させないようにしなければ。

もう、誰も私を――。









―――――見ないで








―――――
―――





「そうか…、既に目覚めかけているとはな。では、ますますこの件は君以外の手にはおえんだろうな」

「相変わらずあなたらしいやり方だ。軍法会議ものですよ。まさかあなたが本物の〈衛星兵器(ミカエルの瞳)〉を隠していたとは…」

「フフ…私は軍の玩具にするつもりなど最初からない。君に最初に言わなかったのは悪かった。まさかこんなに早く覚醒するとは」


言葉が一度止まった。


「このことを知っているのは私と、そして君だけだ」

「……。お言葉ですが、あのラグスの子どもは、いずれ帝国の脅威になる。今のうちに殺すべきです」

「ほう…ミカエルの瞳だけ奪還すると?構わんよ。ただ…。きっと君はあのこを殺す事が惜しくなる」


何かを含んだ物言いだった。


「すべてはこの帝国のため。分かってくれて嬉しいよ、アヤナミ君」


ずらりと整列する、自分の部下を前に、アヤナミは声を発する。


「これから我々は〈ミカエルの瞳〉の奪還を最優先事項とする。これは、ミロク元元帥から与えられた極秘任務だ」

「それ、楽しそう」


クロユリが言葉を発する。


「黙っているなんて、ミロク理事長も人が悪いなあ」


コナツが楽しそうに言った。


「すべてはアヤナミ様のために」


粛々とカツラギが言葉を発する。


「教会の神とやらに食われないようにしなくちゃね」


飄々と、なんでもないように言うのはヒュウガだ。


「お前達は、私の最高部隊だという事を忘れるな。必ず、あの天使を死神から奪還するのだ」


そういいきった後、珍しくコナツが口を挟む。


「…アヤナミ様、一つ、よろしいですか?」

「…なんだ」

「あの少女はどうしますか?このまま、あの死神と共にほふるのですか?」

「…………」

「コナツって、天然な部分があるから怖いことさらっと言えちゃうのかな…?」

「え!?なんですか!?」

「コナツひどーい」

「クロユリ少佐!?」

「コナツ君……」

「カツラギ大佐まで……!?」

「……話を戻す。ユキは殺さない。そのまま、生きて私元へとつれて来い」


その言葉が意外だったのか、部下達は全員一瞬眼を見開いてから、皆が皆満足そうに笑う。

そして、異口同音で応えた。


「御意に――」







―――
―――――





教会の鐘が、大きく鳴り響いた。
夢現に、何かを見たような記憶もあるが、何も考えられない頭ではそれを処理しきれず、夢で終わってしまう。

私は、いまだミカゲの死を受け入れきれず、ぼうっとベッドの上で座り込んでいた。

何も考えたくないと願い、そして、心はそれを受け入れるかのように私の考えを受け入れてくれている。
どうしても、私には受け入れられないものが多すぎた。

突然変わったテイト。
そして、死を象徴とする姿で現れたフラウさん。

わけのわからないことが多すぎて、頭の中の処理ができない。


『……どうして、私はここにいるの…?』


何のためにここにいるんだろう。

何のためにここへ来たのだろう。

何のために――生きているの?

分からない事が、怖いとは知らなかった。

受け入れられない事に孤独を覚えるのはしっていたけれど、こんなにも分からない事が、こんなにも怖いとは思いもしなかった。

どうして、どうして――。


『…帰りたいと願う事すらも、私は罪な事を願っているの……?』


分からなさ過ぎて、私は自分のことしか考えられなかった。


『―――っ!!』


突然の頭痛。
流れてくる景色。
流れてくる声。
もう、見たくないのに。
もう、聞きたくないのに。

私を、壊さないで―――――!!



黒い喪服姿のテイトが見える。


「どちらへ行かれるのですか?」


前から歩いてきていたカストルさんが、テイトを止めた。


「ホーブルグ要塞へ行きます。お世話になりました」

「…止めても行ってしまうのでしょうね」

「喪服を用意してくださって、ありがとうございました」


すっと横を通り過ぎ、テイトが再び歩き歩き出した。
すると、カストルさんがテイトを呼び止める。


「まって、テイト君」


気付いたテイトが足を止めた。


「あなたは『ゼヘル』という死神をご覧になりましたか?」


沈黙がおちる。


「………あれは、フラウだった。そしてたぶん、あなたからも同じにおいがする。カストルさん」


瞬間に、私は思い切り立ち上がって、駆け出した。

分からない事が多すぎる。
受け入れられない事が多すぎる。
けれど、この協会のあの人達は私という異分子を受け入れた。

何故?

彼らが元々普通ではなかったから。

では、この教会にはどれほどの人がその“普通”ではないのだろうか。

私は、ここでも、受け入れられない―――――。


ばんっ、と思い切り扉を開けて、ひたすらに走る。

とにかく逃げて逃げて逃げて――。

そうしなければ、自分という存在があやふやになっていく。

悲しいほどの孤独感に苛まれて、どうしようもなくなっていく。

この孤独感を埋めるためには、一体どうしたらいいのだろうか。







―――――このまま、死ぬ事ができれば。







私は



開放されるのだろうか―――――?





角を曲がり、ひたすらに走って、また角を曲がる。

気づいたときには、目の前に扉があって、わたしはそれを思いきり体当たりするようにあけた。

目の前で起きた光景は、私の思考を停止させる事を意図も簡単にできる光景だった。

大きな鎌が、フラウさんの腕からでて、横になって眠っているテイトに襲い掛かっている。


「フラウ!!」

「!!?」

『テイトッ!!』


思わず叫んで、私は走り、テイトに手を伸ばす。

届くはずがないはずの手は、知らず届いた。

テイトを抱き込むようにして私は背中を向ける。

そのとき、暖かな腕に体を引き寄せられた感覚を私は味わった。


「〈無礼ものめ…我が主に刃を向けるとは。…ふん、貴様がこの首輪の主か…〉」


いつもの、少し高めのテノールの声ではなく、もっと大人びた声。
酷く胸がドキドキした。


「だ…っ、誰だテメーっ!」


フラウさんが酷くうろたえながらも、声を投げつける。
しかし、テイトは全く気にすることがない。


「〈やれやれ〉」


ふ、と溜息をついたテイトが、今まで私に理解できない言語で話していたけれど、私にも分かる言語で話を始めた。


「本来なら殺してやりたいところだが、我が主はそれを望んでおらぬ」

「なんだこのえらそーながきは…!」

「…まさか、あなたは〈ミカエルの瞳〉なのですか?」


わけのわからない会話を聞かされて、私はもう頭が回らなかった。
というよりも、この状況が既になんともいえない。

私は、いまだテイトの腕に抱きかかえられたままだった。


『テ、テイト……?離してくれてもいいよ?』


声をかけるが、見事に無視されてしまった。


「ふん、愚問だな。見ろ!我が主は歴代の中でも一・二を争うほどの美しい器なのだ。どうだ、素晴らしいだろう!」


――美……


三人が三人ともどう声をかければいいのかよくわからなかった。

確かに、テイトはカッコいい。
とてもカッコいいと思う。
でも、私がカッコいいと思っているのと、彼の言う美しいが同義語になるのかととわれれば、首を傾げるしかない。

するとカストルさんが、らしくないほどの疑りでテイトに聞こえるように言う。


「似て非なる石も多くあると聞きますが…」


瞬間に、周りの空気が酷く冷えた。


「〈神に審議を問うか。愚か者…〉」

『―――っっっ!!!!!』


体が変な浮遊感覚に包まれた。

瞬間に、魂が飛ばされた感覚になる。

がくがくと震える体は、テイトが今も優しく抱きしめてくれているが、なかなか止まらない。


「ふん、お前達が〈07-GHOST〉か。普通の人間なら気がふれるかショック死するのだが…」


それを言ったら私はどうなっているのだろうと疑問が出てくると思うのだが、そこはあえて突っ込まない事にしよう。
ここで口を出したら負けな気がしてならない。
ここは大人しくしておくべきだろう。


「愚かな人間共に紛れて暮らすのは退屈だろう。それとも―――――カルマの渦には逆らえぬか」

『……テイト……?』


酷く、別人に見えて仕方がなかった。
そういえば、この人は誰なんだろう。
あんなにも簡単に人を傷つけられるのは、テイトではない。
テイトは、人の心の傷みを分かってくれる人だ。

それにもかかわらず、こんなにも勝手にテイトの体で好き勝手やっているこの人は、一体誰なんだろうか。

また、私の知らないことが増えていく。


「そういえばお前!この首輪が外せるとか言っていたな!外せ!力が全然でないではない!!窮屈でたまらんのだ!!」


急に子どもっぽい主張を始めたテイトに、私は少なからずびっくりした。
あの大人っぽい表情だった彼とはちがう。
どちらかというと、いつものテイトに近い感じがする。

腕をつかまれているために、私はテイトとの距離が広げられない。
何故こんな状況になっているのかは理解できないけど、それでも彼が私の方を見ていないことは確かだ。

私の方を見ずに、彼は会話をしている。


――疑っているのか、それとも、テイトの意思なのか……


どちらとも取れる行動だ。

もしここで、私がテイトにとって邪魔な存在だと分かれば、わたしの手首を握っている人は、おそらく迷わずに私を切り捨てるだろう。

なれば、一度だけ試してみようか?
そうすれば、〈私〉という存在が消えて、この世界の均衡も、私がもともといた世界の均衡も元に戻るのではないだろうか。


「止めておけ」

『……!』


突然の制止の声に、私ははっと顔を上げた。


『……手首をつかんでいたのは、そこから私の考えていることを読み取るためですか』

「それとは少しちがうが、まああながち間違ってはいない」

『では、本当にこの世界の人間ではないと言うことを確かめるために?』

「……なかなか鋭いな」

『それぐらいしか、思いつかなかったものですから』


淡々と交わされている会話に、それ以上に淡々とした声で割って入ってきた人物がいた。


「テイト君……でいいのかな?首輪を外すには軍の奴隷管理局にあなたの身を預けなければなりません。それは、お困りになるのでは?」

「む〜〜〜……。なぜかこの首輪には逆らえんのだ。我が主もお困りだろう。どうすれば………」

『ちょ、それ言っちゃ……!』


止めようと思ったが、時既に遅しでした……。


「ほう?逆らえねーのか」

「その首輪には縛・眠・痛の三つの機能がついているんですよ。(悪用すると思って言わなかったんですが……)ちょうどいいです。眠らせて上げましょう」

「な…っ!?」

『…あーあ……』


一応忠告はした。
遅かったけれど、することはしたので、私はとりあえず責任を擦り付けられないように呟く事だけ呟いておいた。

いつの間にか、振り子を持ったフラウさんがテイトに近づき、お決まりの台詞を言う。


「〈お前は〉眠れ」

「や…止めろ…っ」


テイトが私の手首を握っていない別の手でこしこしと眼をこする。

……正直、とてつもなく可愛い。


「何をする……私は、ねむくなど……」


言い終わらぬうちにふらりと背中から倒れようとする。

正直、慌てるほかになかった。


『ま、待った!待った待った待った!!ささえられな……っ!!』


声を出したとき、横からさっと、体を支えられた。
何とはなしにそちらを見れば、カストルさんの愛の人形様が私を軽々と支えていた。

うん、嬉しいけど……微妙に悲鳴を上げそうになりましたね。

怖いです。

大きな溜息が聞こえてきた。
私は、その音のほうを見る。
そこには、フラウさんとカストルさんが立っていた。


「なんて事だ……まさか〈ミカエルの瞳〉がこんな場所にいたとは…」


フラウさんの言葉に、私は眼を瞬かせる。

驚いたのではなく、意味がわからなかったからだ。


「…もし、この聖域に導かれたのが運命ならば、世界を守る守護天使となるか――」


言葉が途切れ、その続きをフラウさんが受け継ぐ。


「あるいは、〈古の予言〉が本当ならば、世界を滅ぼす闇の天使と成るか…」


深刻な声で、そんな事を言われたら、今そんな事を偶然とはいえ聴かされた私はどうすればいいのだろうか。
私は、テイトをシスタードールに預けて少し離れた場所に立つ。

私は、これ以上関わらないという意思表示だ。

ウサギのようなセラピーがなぜかフラウさんの頭をがじがじとかぶりついている。
……嫌いなのかな?


「あなたって人は本当にトラブルメーカーですねぇ」

「オレの手に余るクソガキだぜ」


しかし、二人は納得したような顔つきになる。


――道理で、軍が介入してくるわけだ

――おそらく、テイト君の素性を知る人間が向こうにもいるはず…


―――――ならば―――――


考え込んでいる二人を尻目に、テイとがむくりと起き上がるのが目に入った。

文字通り膝をつめて話し合っていた二人だったがテイトの覚醒を気配で察知した瞬間にフラウさんの動きったらない。

ありえないほどの速さで後退りをしてテイトからはなれている。

テイトは眠る前と同じようにして眼をこすり、寝ぼけ眼で辺りを見回しながら声を出す。


「あれ…?オレ何してたんだっけ…?」

『……テイト』


小さく呟く。

それは、先ほどの〈誰か〉ではなく、私に知る〈テイト〉だった。

そして、次の瞬間、カストルさんがテイトに詰め寄り、耳を疑う言葉を発した。


「テイト君!あなた、司教試験を受けてみませんか?」





To be continued


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