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【勉強嫌い】

 軽い足音が宿の廊下に響いていた。
 他の逗留客もいるのだから、宿で騒いではならないと。再三に渡って注意していたが、少年は時折こうして忘れることがあった。まだ十五にも満たない子供である。男も少年へ注意はするものの、元気良く駆け回る足音へ何処か微笑ましいと思ってしまう節があった。
 部屋の扉を叩かれる前に男は一度笑みを漏らすと、直ぐに表情を引き締め、ノックされる前に扉を開く。その瞬間、小さな影が体勢を崩しながら室内へ転がり込んだ。
 まだ子供といっていいだろう小柄な少年は、突然開いた扉に驚いたようだったが、目の前に立つ男の姿を見て取ると、彼が何を言うより先に口を開いた。
「クラトス、匿って!」
「ミトス、他の逗留客の迷惑になる。宿では静かにしなさい」
 うん、と大きく返事を返した少年──ミトスは男の返事を待たずに、室内を落ち着き無く見渡している。扉を閉めながらクラトスは本当に解っているのかと静かに窘めた。
「解ってるってば」
 そういって、隠れ場所に決めたのか、部屋の角へ設えられているテーブルの下へとミトスは潜り込んだ。二脚しか椅子のついていない小さな丸テーブルだが、少年一人が潜むには十分ではあったようだった。揺れるテーブルクロスにクラトスは立ち尽くしたまま数度瞬きを繰り返す。
 丁度ミトスがまるで蓋をするように椅子を引っ張り込んだ直後。荒々しい、だが何処か神経質そうな軍靴の音と共に、閉じたばかりの扉が開かれた。
「おい、クラトス」
「騒々しいな、ユアン。他の逗留客の迷惑になる、慎め」
「ここへ金髪に青い目をした、割と可愛い顔立ちの子供が逃げてこなかったか?」
 クラトスからの注意へは返事を返さず、扉を開けた男──ユアンは素早く部屋の中へ視線を巡らせる。捲くし立てるようなユアンの言葉に、クラトスはミトスの潜む丸テーブルを一瞥すると、否を首を横へ振った。
「ミトスならば来ていないが、どうした?」
 口を閉ざしクラトスの返事を聞いていたユアンは、一呼吸間を置いてからひとつ溜息を吐くと、腕を組み苦い表情を浮かべ、
「算術を教えていたが目を離した隙に逃げだしたのだ」
 居るのだろう、出せ、と口にはしないまでも強い視線で訴えてくる。
 そういうことかと思わず苦笑を漏らしたクラトスは、なんとも情けない気持ちと、仕様がない気持ちと、そしてやはり何処か微笑ましい気持ちになりながら、そっとミトスの首根っこを掴んで机の下から引っ張り出したのだった。


[終]

大人三人日替わりでミトスのお勉強を見ている感じで。

マーテルさん→優しい
クラトス→厳しいが丁寧
ユアン→厳しい上に怒る
Web拍手有難う御座いました。


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