TOS-SS集 | ナノ
天は長く地は久し・序


「ユアンの故郷ではさ。バレンタインには男の人から女の人へ花を贈るんでしょう?」
 無邪気に、しかし何処か意地悪く尋ねる少年は、明らかに目の前の元シルヴァラント兵の男と姉の間柄を知っていて、からかっていた。
 枯れ草を踏み分けながら寒い冬の空気を、先陣を切って歩く男は、纏い付く少年へ一瞥をくれると、妙に居心地悪そうな顔をして目を逸らした。
「……エルフの里の出だと言っていたが。なんだ。よく知っているではないか」
 右手に突き出ていた枯れ枝をへし折って茂みの中へ投げ込んだ男は、一瞬口をつぐんだ後口早にそう言った。
「ヘイムダールにはバレンタインなんて風習無いんだけどね、前の街でちょっとお店の飾りが目についちゃって」
 クラトスに聞いたんだ、と少し距離が離れる度に早足で駆け寄る少年は、ちらりと後方を歩く二人のうち、長い緑髪を揺らして微笑む女性を見遣った。殿を勤める騎士と先頭を行く少年らの間。投げ掛けられた視線へ不思議そうに碧眼を瞬かせた少年の姉は、しかし連れ立って歩く恋人と弟を穏やかに見詰めている。
「確か、贈る花の輪数にも意味があるんでしょ?」
 言った少年は、ちょっと考えるように口を閉じて、その後続けた言葉はひっそりと潜められていた。気まずそうに、だが黙ってその言葉を聞いていた男が、直後、弾かれたように素早く顔を横向けるのが目につく。明らかに動揺しているようだった。
「ば、馬鹿者。そんな気障ったらしい真似が出来るものか!」
 おい、クラトス子供に妙なことを吹き込むな。
 八つ当たり気味に投げ付けられた言葉に軽く視線を上げて、クラトスは男──ユアンの、僅かに赤くなっている剥き出しの左耳を見た。

 あの時、どんな言葉が交わされたのかなど、最後尾を行く騎士には到底聞こえはしなかったし、その言葉の結果どうなったのかなど知りはしない。ただ、そんな会話の二日後、普段であれば緑も艶やかな葉が飾られているマーテルの髪は、淡く透き通るような黄色をした花によって彩られていた。店に売っているような華やかさはないものの、香り高く。朝露の湿り気を含んだ丸く小さな花弁は、その枝が手折られたばかりだと騎士へ教えた。
 嬉しそうに頬を染めて、時折優しい指先で髪へ挿された花に触れる彼女と、照れ臭そうに口を引き結び、だがどこか難しい顔をした男を目の当たりにした騎士は。眩しくも微笑ましい光景へ、幾許かの憧憬をのせて目を細めたのだった。


[続]

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バレンタイン話の途中まで。
更新停滞前に書こうと思って途中で止まっている話です。
バレンタイン前なので一旦拍手に載せておきます。書き上げる気ではいるので、続きが出来たら解りやすいように拍手ページ増やすか、バレンタインページ作りますね。


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