TOS-SS集 | ナノ
いつもの三人いつもの喧嘩いつもと違う一言


「ユアンの馬鹿ッ!大っ嫌い!」
 甲高い罵声と、叩きつけるように閉められた扉のぶつかる音が、室内に響く。荒々しい、だが人を畏怖させるには決定的に重さの足りない足音は、ばたばたと直ぐ隣りの客室へ逃げ込んでいったようだった。
 そう広くもない客室に、二人取り残された男達は、どちらからともなくゆっくり溜息を吐いた。質素な木造の宿である。街道沿いの建物にしては小さな造りではあるが、決して他に客が居ないわけではない。
 ふん、と鼻を鳴らした浅縹色の髪の青年──ユアンは少年の飛び出した扉から興味をなくしたように視線を外した。纏ったままであった旅装を解くと、黒い外套を叩き、設えられた二脚の椅子のうち一つへと掛ける。
 小卓の上へ部屋の鍵を放って、ユアンは、間を置いて二つ並べられた寝台の近い方へと腰を下ろした。
「……全く」
 面倒なことを聞いてくるものだ、と漏れそうになった言葉を飲み込み、手甲の留め金を外す。
「言い方の問題だろう」
 右腕の留め金を軽く押さえて、片手で器用に外した男は、同室の者のひっそりとした──それでいて耳に残る──声へ、眉根を寄せて振り返った。肩越しに、不快感を視線へ乗せて見遣れば、腕を組み壁へ沿うように姿勢正しく立つ人間の男が一人、此方へ視線を返している。夕暮れ近い時間帯である。部屋の奥、扉の真向かいに設けられた窓は、硝子などという上等なものははめ込まれていない。木製の突き上げ窓は開かれ、橙色の光が差し込んでいた。逆光に目を細め、寄っていた眉根は余計に顰められる。
「甘やかしたところでどうなる」
 鼻で笑うように、ふん、と漏らして、ユアンは口端を引き上げた。
「私は貴様らのような言い回しなど、するつもりはない」
 一時逗留している商隊から、どうにもいらないことを聞いてきたようだった。そも、容易に人を信用するのではないと言い続けてきたというのに、少年は商隊の一人となにやら話をしたらしい。
 曰く、此処から岐路になる街道を西南に進んだ先の街で、近く大きな祭りがあると。彼らはその祭りの為の品物を運んでいるところであったのだ。
 少年は、興奮からかいまいち要領を得ない説明を旅の仲間である男二人相手に繰り返し、彼らが教えてくれたらしい祭りの様子を得意げに話して聞かせた。どんなものが集まるのか、どんな露天が並ぶのか。街を上げての祭りがどれ程華やかで、どれ程賑やかなものなのか。収穫祭の後、立て続けに始まる祭りがあり、それぞれの祭りの見所と収穫祭の夜に行われる特別なイベントについて。収穫祭の翌日に旅人にまで無償で振舞われるワインは、その土地の名物であるらしいこと。とりわけ彼は、収穫祭の日振舞われるという下層民に対しての領主からの施しとやらへ、何かしらの期待を感じていたらしく。商人の語った、領主の心遣いとやらを熱心に繰り返し、仕舞いには祭りを見たいと言い出した。
 全く馬鹿なことだと、ユアンはせせら笑った。
 如何に下層民に対して施しをするとはいえ、それは領主が狭間の者たちを受け入れているという証拠にはならない。あの少年は勘違いをしている。
(人間のいう下層民に、狭間の者は入らない。)
 この国もまた、ハーフエルフへの風当たりは強く、壁門にて簡易の血液検査が行われており、彼の街でもそれは実施されてるということを、あの少年は知らないのだ。
「だが、頭ごなしに否定だけするのではなく、きちんと理由を説明してやれ。ミトスは話せば解る子だ」
「そういうのならば、貴様が説明をしてやれ」
 何故私がせねばならん、と滲ませれば、夕焼けの色づいた日に赤褐色の髪の端を鮮やかにした男は、僅かに視線と仕草だけで問いかけるように頭を揺らした。逆光によって、あの特徴的な赤みの強い双眸は見えなかったが、強く視線が突き刺さるのを感じる。
 ユアンは、今度こそ隠すこともなく舌打ちをした。
「……クラトス、お前の役割だ。私の役割ではない」
 集団における役割、というものを暗に滲ませれば、男──クラトスは一瞬間を置いて、そうか、と呟いた。
「お前には、随分と損な役割を引かせたな」
「いや、一々気遣わずに済んで丁度いいぐらいだ」
 ふいと視線を逸らして返す。外しかけの手甲の金具を外して、左腕の手甲を外しに掛かる。
「私の言葉は、貴様らには少々辛辣に聞こえるのかもしれんがな」
 かち、と金具の隙間に爪を差し込んで浮かせる。留め金を弾き、外した手甲を膝の上へ落とした。外した篭手を揃えて、寝台の横へ下ろしていた荷物の上に軽く投げる。金具の擦れる音が鼓膜へ響いた。
 軽くなった腕を数回動かして、脛当てへと手を伸ばした。上体を曲げて、手甲と同じタイプの留め金を外しに掛かる。爪を刺し、堅い金具を数度弾いた。
「……私はそういうものの言い方をするお前も好きだがな」
「ほう、そうか」
 中々外れない留め具に歯噛みをしながら、適当に返す。この宿に着く前、今朝方魔物に襲われた際に体液がこびりついたのだろう、留め金はいつもよりも若干外れにくくなっていた。錆びねばいいが、と眉を顰めて──ユアンは今更のように、ふと、顔を上げる。
「……な、お前っ!」
 思わず振り返り見たクラトスは、先程と変わらず窓際の壁に沿うようにたっており。その表情は、やはり逆光で何も見えはしなかった。


[幕切]
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[後書き]
素直クールクラトス
父さんは普段そんなこと一っ言も言わないのに、突然恥ずかしげもなくこういうことを言ってユアンを心底びびらせても面白いとおもう。
甘いを意識してみたのですが玉砕。


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