TOS-SS集 | ナノ
種族別美醜論


 意見の差、というものをひしひしと感じることがある。
 特に、それが種族間による意識の差である、という時には、どうしても怪訝な顔をした少年や、その姉や、かつて敵国の将をしていた男の何ともいい難い視線に、自然と身の置き場がなくなるのを感じる。
「どうしてそう思うの、クラトス?」
 幼い子供に考えを聞くような、少年の穏やかな問いかけに何故か傍らのユアンがぴくりと片眉を上げる。
 他愛もない日常会話が為されていたはずの、賑わう日暮れの食堂で、夕飯の乗った食卓を仲間達と囲みながら、クラトスは非常に気まずい思いをしていた。本当に、きっかけは些細なもので、まさか昼間に立ち寄った雑貨屋の看板犬が可愛かったと言うだけの話から、こんな状況に追い込まれるなど、数秒前の自分は思いもしていなかったのだ。
「どうして、か」
 心底困った、という顔をして。中身の入っていないコップを手のひらで転がす。よく磨かれた錫製のコップは、燭台の光を受けて柔らかい光を返していた。
 種族間における意識の差である、といえれば簡単なのだろう。恐らくそう言えば少年は納得してくれる。良かれ悪しかれ、感性の差とも言うべきものは人とエルフ種の間であっても確かに存在しており──だが彼らはその差によって多くの面倒事に巻き込まれても来たのだが。
 ただ、クラトスにとって、その一言は如何しても口にしがたいものであった。常日頃からまま感じることのある疎外感ともとれる感覚を、自ら肯定しているように思えて仕方なかった。
(今まで思ったこともなかったが。)
 自分の中の僅かな変化に気づき、苦笑する。種族間の違いというものは、どうしようもないものではある。エルフ種は賢く長命ではあるが、目まぐるしい変化には適応しきれないように。人間は、短命故に多種多様な環境に適応し、変化に対応することで種として生き延び発展することが出来た。だが、一方で例え逆立ちしても人間に魔術は使えない。種族の差とはそういうものだ。
(気にするほどのものでもない、と思っていたのだがな。)
 事実、それ程気になったことも無かった。夜目が効くのだと聞いて、便利だな、と思う程度のことはあっても、特に何か感じたり思ったりすることも無かった。差など人の中にもある。それは体格差であったり、技能の差であったり様々だったが。彼ら──ミトスや、マーテルたち──と旅をするまで、それはつまり個人差とどう違うのか、といった認識でしかなかった。
(なるほど、集団と行動を共にすれば、確かにその差は感じざるを得ないか。)
 妙に納得をして。そしてふと、自分の脳裏にちらついた言葉を捕まえたクラトスは、コップをテーブルの上の水跡へそっと乗せた。
「個人的な感性というものだな。私にはそう思える、ということだ」
 食堂は人々で溢れ、テーブルとテーブルの間を忙しなく給仕が行き来する。運ばれる鈍い銀色のトレイの上には、豆苗と豚肉を炒めた物と共に錫製のジョッキとエールのラベルが巻かれた中瓶が乗せられていた。賑やかしい食堂の中で、ただ、向かいの席に座る少年と彼の姉、そして隣の席に座る男だけが、ぽかんと口を開けている。男──ユアンだけは僅かに口元を引き攣らせているが。
 どうかしただろうかと三人の様子を見回せば、暫し呆けていた少年は、数度瞬きを繰り返した後、ぽろりと言葉を漏らした。
「クラトス、趣味悪いんじゃない?」
「ええ、大丈夫? クラトス」
 同じく瞬きを繰り返して、硬直が融けたマーテルもまた、呆けたような表情はそのままに口元だけを動かす。
「ユアンは少なくともエルフにはよくある顔よ」
 マーテルの言葉に、ユアンがぴしりと動きを止めた。
「姉さまの言うとおりだよ。エルフを集めて平均をとったらユアンになるんじゃないかな、ってくらいよくある顔なんだから!」
 少年の言葉へ何度も頷くマーテルに、勢いを得たのか、ミトスは自分の手前にあった空の皿を押しのけて続けざまに喋る。
「エルフの初対面の人を見て、この人どこかで見たなーって思ったら大体ユアンに似てるってだけなんだから!」
「そうね、ユアンは誰にでも似ているから」
「ああいうのを凡顔っていうんだよ!」
「でも、それを言えばきっとユアンって初対面の人に、どこかでお会いしませんでしたか、って言われるタイプね」
 捲くし立てる姉弟に今度はクラトスが唖然とする番であった。妙に力を入れて主張する二人は、テーブルの向かいからやや身を乗り出し、ソースのついたフォークを持った手に力を込めている。
 二人の勢いに、クラトスは思わず顎を引き、食卓から身体を離す。丸椅子の上で逸らせた背中に給仕がぶつかり、がしゃん、と背後で音がした。
「だが、見目は良い、だろう」
 少なくとも人間である自分からすれば、随分と整った造作をしているように思える。エルフの特徴でもある長身は従軍経験から鍛え上げられ、切れ長の目は鋭く、裂くような視線に隙はない。確かにミトスやマーテルのような愛らしさを含んだ顔では決してないが、ユアンは意志の強そうな精悍な顔立ちをしていた。
「どこが!」
「普通よ」
 とっても、と念を押すように続けるマーテルへ、クラトスは勢いに負けて、そうか、と漏らした。食卓の中央に置かれていたピッチャーからそっとコップへ水を注ぐ。金属製のピッチャーの中で、氷が揺れて硬質な音を立てた。
「概ね同意見だがな」
 沈黙に徹していた男の声に、クラトスはちら、と視線だけ隣りへと移した。
「貴様等私に失礼だとは思わないのか」
 苦々しい顔をしたユアンの視線は向かいへ腰掛けた二人へと向けられている。きょとんとした顔をする姉弟を見て、悪気の無い彼らに何を言っても無駄だろうと、内心ユアンへ同情しつつ。クラトスは口元へ冷えた水を運んだのだった。


[幕切]


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