TOS-SS集 | ナノ
無題*ユアマー


 夜の波止場地区には全く人の気配はなく、濃い潮の香りと穏やかな波の音に満ちている。吹き付ける海風は、月明かりの元、向かい立つ二人の長い髪を踊らせた。
 睫を伏せ、僅かに俯いた女性の緑髪を、片手で梳かした男は、ふと気づいたように、彼女の頬を濡らす涙を人差し指の背で拭いた。
「……マーテル」
 驚かせてしまったかと、苦笑と僅かな不安を声に滲ませれば。女性──マーテルは、違うのよ、と軽く首を横に振った。
「そうではないの、ユアン」
 ようやく顔を上げた女性は、未だ濡らした瞳で。だが真っ直ぐユアンを見上げ、仄かな笑みを浮かべて見せた。彼と同じ碧眼の──だが深い色をした彼の碧眼とは明らかに違う、鮮やかな芽吹きの色をした──瞳は、宵闇の下でも輝いて見えた。
「なんだか、嘘のように思えてしまって」
 もう一度視線を下に落としたマーテルへ、ユアンは、指を絡めるように彼女の左手を取った。そのまま、一歩近付き、手を引くように身を寄せる。
「では誓おう、マーテル。君に。君が、嘘ではないと思えるよう」
 海上を渡ってくる海風に、視界の右端で髪が揺れた。
「蒼昊落ち来たりて、我押し潰さんとも。我が誓い破らるることなし。我が身朽ち果て、この命尽きぬ限り。汝と共に在らんことを此処に誓う」
 遠く沖合には、夜焚き釣りをする漁船の明かりが一つ二つ見える。それ以外には星と、セレネの明かりしかない。だがそれでも、エルフの血を引く彼の目には、はっきりと俯かせた彼女の白い頬が、紅潮していると解った。
「これは、軍に在籍していた頃に教えられた誓句だ。シルヴァラントでは軍に入った時に誓いを立てさせられる」
 もっとも、誓わされる内容は違うが、と一息ついて。ユアンはふと、眉を寄せた。
「私はこんな言い回ししか知らない。気の利いた言葉の一つも出てこないが、それでも構わないか?」
 真剣に、尋ねたユアンへ、意表を突かれたように女性は瞬きをした。男の言葉の意味をゆっくり読み解くように、時間をかけて何度も瞬きを繰り返していたマーテルは、しかし不意に吹き出した。
 くすくすと、繋いだ手はそのままに空いた手で口元を押さえ、前かがみに身体を折った女性へ、ユアンは心底驚いたように空いた手を彼女の肩へ掛けて彼女を支える。
 困惑したように名を呼んだユアンへ、マーテルは小さく謝罪を口にした。
「ごめんなさい。でも。だって、ユアン。気の利いた言葉を掛けられるユアンなんて、ちっともユアンじゃないわ」
「マーテル!」
「ごめんなさい」
 こぼれる笑い声を堪えようともしないで、くすくすと肩を震わせるマーテルへ、ユアンは眉根を深く寄せてから。一息置いて、ふ、と眉間の力を抜き。やや困ったかのように微苦笑を漏らした。


[幕切]

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アトガキ

「王道」を書けるようになる練習。
しかし、なんか違う。
書いていて違和感。こういうのは、なんというか苦手です。
それから、
途中出てきた誓約の文言はケルトですね。ユアンがケルティックとか、という突っ込みは、まあ、この際置いておいて下さい。それっぽい言葉で適当に思いつかなかったので持ってきただけですので。
それにしても、なんというか。
違和感というか。


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