異臭時々爆発
「マーテルの飯がまずいことなど問題ではない」
きっぱりと断言した男は、しかし僅かに声を潜めていた。この場に居ない恋人へ聞かれることを恐れているかのように、いつもの張りのある声を小さくして喋る。
昔付き合っていた女の中にはもっと酷い難のある女もいた。
零して、眉間に皺を寄せる男──ユアンへ、その物言いは昔の彼女にもマーテルにも失礼だろう、と思った騎士は、しかしその事について敢えて声には出さなかった。
「……だが、あれは最早生き物が口にしていいものではないだろう」
言って、扉の隙間から流れ入る異臭と響き渡る逗留客らの悲痛な叫び声や忙しい足音を感じ取り、男は表情を虚ろにした。彼の思考は、恐らくだがこの後に襲いくるであろう悪夢と、激怒しているであろう宿の主人への謝罪が占めている筈である。
クラトスは諦めと僅かな同情心を胸に薄く唇を開くと。それについては否定は出来んな、と呟いた。
[終]
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後書き
マーテルさんはメシマズだといい。
危険物級のメシマズ。
そして完全に他人事な父さん。
定期的にマーテルさんのメシマズネタが書きたくなる病