TOS-SS集 | ナノ
クラトス 仁に因って兎母を逃がし ユアン 一矢にて野鳥を得るの事


【クラトス 仁に因って兎母を逃がし ユアン 一矢にて野鳥を得るの事】


 かさり、と小さく藪を掻く音がして、クラトスは短弓に矢をつがえた。狙いを安定させるよう地面に片膝を着き、息を潜める。静かに弓を引き絞った。十分に引かれた弦はやがてぎぎぎ、と立てていた音を止める。
 腕の動きに合わせて揺れる白い袖が視界の邪魔となり、騎士は眉間に皺を寄せた。弓術の類いは騎兵の基本として習得してはある。しかし、それが得意かと問われれば、正直なところ騎士は頷きかねた。
 やがて枯れ草の隙間から現れた褐色の毛へ、矢の先端を向ける。と、
「……」
 隙間からちらりと覗いた一回り小さな塊に、クラトスは思わず構えていた矢を己の足元へ向けて放った。
 風を切る短く鋭い音と、草を鳴らし湿った地面に突き刺さる重い音が鼓膜に響く。
 藪から顔を出していたものたちはその音に長い耳を反り返させると、素早く茂みの中へと飛び込んでいった。
「おい」
 仕方なく、土に立った矢を引き抜いて、湿った鏃と箆に矢を靭へ戻すわけにもいかず。そのまま立とうとしたところを、クラトスは背後から声を掛けられた。がさがさと草を踏み分けて現れた男は、青い髪を揺らして、先程ノウサギが突っ込んでいった辺りへ視線を投げる。
 次いで戻ってきた強い視線へクラトスは代わりのように茂みを見遣った。
「……子連れだ」
 捕ってやることもあるまい、と言外に滲ませれば、ユアンは僅かに眉根を寄せた。
「我々とて子供連れだがな」
 呆れたように口の端を上げた男へ、空腹を抱えておりながらも気丈に振る舞う健気な少年の姿を思い出す。少年には少年の姉と二人、野営地で待っているように言い渡してあった。今も空腹と寒さを姉弟身を寄せ合うことで堪えているかもしれないと思えば、どうにも居た堪れない。
「まあいい」
 ふん、と鼻で笑う音と共に軽くユアンの右腕が掲げられる。クラトスは促されるままに、その腕の先へと視線を投げた。手甲の嵌められた手に軽く首を挟まれ、ぶら下げられた野鳥には矢が一本、突き立っていた。見事、胸を捕らえてある。
「無駄に捕ってやることもないからな」
 戻るぞ、と続けられた言葉へほんの少し、息をついて。少し迷った後、クラトスは鏃へ付着した土と湿り気を軽く払って、矢を腰に下げた靭へと押し込んだ。弓を木製の、表面に鞣革を張ってある弓入れへと差して。足早に、先を行く男の後を追う。
 命を繋ぐための狩りであり、一つの命を惜しんだところで、自分達が今日明日を生きるためには他の命を苅らねばならない。
 その事を承知しているにも関わらず、目の前に野鳥の死体を見ながら、あのノウサギの親子が無事であることに安堵している己へ、騎士は心底吐き気を感じていた。


[幕切]

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後書き

ジャッジメントで着るあの父さんの服って弓扱えないですよね。袖が邪魔過ぎる。ユアンの服は手甲というか、具足というか、篭手の中に服の袖が入ってますから。弓も使える袖ばらばらしてない。騎兵に弓は基本だと思います(キリッ)
じゃなくて。
無意識に命へ優劣のようなものを感じている己にヘドが出そうな父さんの話。
何かを可愛そうだといって見逃したとして、じゃあその代わりになった命は可哀相ではないのか。という話。
狩られた命へ失礼だろう、的なね。
咄嗟の判断、一瞬の判断でその生き物の生死を決めている。自分の一時の感情、感性でどちらを死なせるかを決めている。まるで、彼等にたいして神にも等しい存在となったかのように。


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