TOS-SS集 | ナノ
誰もが同じ空を見ていようと、その空を見て同じことを思えるのかと問われれば、否定せざるを得ない。それは、誰かと似たことを感じ取ることは出来ようとも、全く同じことを感じることは絶対に不可能だからだ。


【誰もが同じ空を見ていようと、その空を見て同じことを思えるのかと問われれば、否定せざるを得ない。それは、誰かと似たことを感じ取ることは出来ようとも、全く同じことを感じることは絶対に不可能だからだ。】


 空は、一つしか無いのだと、少年は言った。
 空は誰にでも平等で、空はたった一つしかないのだ、と。少年は説いた。
「だが、誰しもが一つしか無いと思っている空でも、それはその者が感じている空だ。それは、他の誰かが感じている空とは別の面を見せているのかもしれない」
 果たしてそれは同じ空だと言えるのだろうか。
 窓辺へ寄ったまま差し出した、独り言とも問い掛けとも取れない言葉へ、ベッドサイドの椅子に腰掛け、長い脚を組んでいたハーフエルフの男は口の端を上げた。
「理想論に過ぎんな。どれ程思考の似通っているものたちであろうと、全く同じ世界というものは見れはしない。それぞれの感じている世界というものは、それぞれの五感を元にして脳によって作り出された世界に過ぎないからな」
 だが、と。続けられる言葉を耳で聞き流しながら、クラトスは窓の外を伺っていた。街道から少し外れた場所へ位置する宿は、窓から見える風景といえば宿を囲む枯れかけの木々と季節柄曇りがちな灰色の空しかない。
「物理的には空は一つだと、言えるだろう。その空が誰にとっても同じかどうかは知らんがな」
 言葉を切った男は、椅子の背もたれへと背中を預けると、深く座り直した。大袈裟に鳴る椅子へ眉をしかめて、サイドボードの木目調を指の先で撫ぜる。僅かに指先へ触る埃っぽいざらざらした汚れは、宿が流行っておらず、かと言ってわざわざ客引きをするつもりもないことを示していた。
 埃のついた指先を親指の腹へ擦りつけて、汚れを落した男は、挑発気味に片眉を上げてこちらの様子を伺うと、嫌味ったらしく笑みを浮かべた。
「貴様があれの考えを否定するとはな」
 嫌悪もあらわに口元を歪める男へ、クラトスはちらりと視線を室内へ向けると首を横へ振った。乾いた髪が耳を掠めて音を立てる。
 縒りのようになった埃は砂の上がった床へと落ちて少し目立っていた。
「否定したいわけではない。私に、その権利があるとも思っていない。私は──」
「貴様のその態度こそが、あれの考えをただの理想論として否定しているに他ならないとは思わないのか?」
 論者の傍らに立つものこそが最も論者の説く言葉を否定しているとは皮肉なことだな。言いかけた言葉を切り捨てるように遮り言い放ち鼻で笑うユアンから、逃げるようにクラトスは視線を下げた。
 聞き取れるかすら危うい小さな声で、そうだな、と言葉を零したクラトスは、床へ落とされた埃をじっと見詰めていた。



[幕切]
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後書き

現実を知っているからこそ、ミトスの理想論に魅力を感じつつも。しかし現実を知っているからこそ、ミトスの理想論に両手を上げて賛同できない大人たち。


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