わんわん
【わんわん】
例えばの話、拾った子猫が朝起きたら猫耳美少女になっていた、という展開はよく有る話だ。
最もそれは、ちょっと危ない深夜アニメか、商業ベースに乗せられた作家が編集者に書かされるようなライトノベルでの話だ。現実では有り得ない。そう思っていた。
否、今でもそう思っている。
ユアンは軽く頭を振ると、目の前に置かれた馬鹿にでかい檻を苦い顔をして見詰めた。
何の変哲も無い鉄柵の箱は、知り合いの姉弟が持って来た物である。
姉の方とは友達以上恋人未満という微妙な関係を長らく続けてきたが、つい数分ほど前にめでたく彼女は「仕事の都合」という最強の切り札でもって颯爽と海外へと飛び立ってしまった。そしてこれはその置き土産──もとい飼えなくなった姉弟のペットである。
余程そのペットを可愛がっていたのか、彼女との交際中には鬼か悪魔の化身と見紛うばかりの悪質な嫌がらせを繰り広げていた義弟は、ペットと檻越しに涙ながらのお別れをし、姉弟してユアンへ感謝の言葉を述べつつ去って行った。
まあ、それもまたよくある話と言えばそうであろう。いい人で終わってしまう人の恋愛失敗談としてはそう珍しくも無いかもしれない。
ただ、イレギュラーなのは檻の中身であった。
「お前の何処が犬だ、何処が」
檻の前でしゃがみ込み、こめかみに指先を当てて溜息を吐く。犬である、といって渡された檻の中の生き物は興奮しないように被せてあった布を取り払われて少しばかり驚いた様子でこちらを伺っていた。
ジッとこちらを見る赤茶けた瞳は警戒の色は混じっているものの純真そのものであり、その目に僅かな救いを感じたユアンは、犬の首へと巻き付けてある首輪──明るい茶色で上下に白い線が入っている──へと手を伸ばした。
途端、それまで大人しくしていた──現状把握へ時間が掛かっていただけかもしれないが──犬はじりじりと檻の隅まで後ずさって、仕舞いには低く唸り声を出し始めた。
舌打ちしたい気分を抑え込んで、ユアンは檻の隙間から差し込んだ手を、警戒を解かせるように低い位置へと移動させる。
「落ち着け、首のネームプレートを見たいだけだ」
私はまだお前の名前も知らないのだぞ、と説得するように差し出した手をひらひらさせて言葉を重ねる。この見た目で言葉が解らないなどとは言わせん、と心中毒づいて、こっちへ来いと言葉を重ねた。
檻の中の犬は、暫し動く手を視線で追っていたが、徐々に隅から誘われるように這い出して来た。小首を傾げて動く手をしげしげと見詰める。
そら見たことか、こいつは人語が通じているではないか、と半眼気味に手を動かして、ユアンは犬の首元へぶら下がっている金色のプレートへと手を──。
がりりっ。
「ぎ、あああああああっ!!」
「ちょっと、カーフェイさん! いい加減にしてくれる?」
叫んだ途端に再び鳴らされるチャイムと叩かれる戸の音に、びっくりしたように犬が吠えはじめる。
どう聞いても犬の鳴き声にユアンは噛まれた右手を左手で押さえつつ、ぽかんと檻の中の生き物を見詰めていたのだった。
[終]
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後書き
現代人ユアンと犬クラトス、パート2。
犬耳とか、人語を解して万能とか。
使い古しかなあ、ということで、どう見ても人間です本当に有難うございました、な見た目に反してがっつり中身犬、にしてみました。
でも、ユアン以外には犬に見えています設定も使い古されているので、そこはどうしようかな、と。