TOS-SS集 | ナノ
わん


【わん】


 犬を一匹預かって欲しい、と言ったのは女友達の弟だった。
 ちょっといいな、と思った相手というのは大抵が既に恋人持ちで、珍しくフリーだと思った彼女には、親より煩い小舅がくっついていた。何処へ行くのにも悉くついて回る少年は、徹底的に自分と彼女の間を邪魔し尽くすと、告白するタイミングどころか切っ掛けすらも与えはしなかった。
 成る程、恋人が居ないわけである。
 いっそ見事と言わざるを得ないほどの徹底ぶりに、将を射んと思えばまずなんとやら、と考えたのが数週間前のこと。
 そこそこ上手くやって来た、とは思う。
 作戦自体は上手くいき、少年の信用も得てきた。必然的に彼女からの信頼も深まり、いいお友達から脱却するのは時間の問題かとも思われた。
 そしてその結果が、先述した言葉だった。
 どでかいケージを運搬用の手押し車に乗せて運んできたマーテルとミトスは、心底申し訳なさそうに、仕事の都合で海外へ引っ越すことが決まったのだ、と告げた。
 空港での検疫や、海外での動物の飼育環境に対する法が厳しく、とても連れていけそうにない。とは言え、飼い犬を何処かへ捨てるわけにもいかず、保健所へ連れていくには忍びなく。どうしようかと迷っていたのだけれど、ユアンが預かってくれるとミトスから聞いて助かった、と何処か寂しそうに語るマーテル。
 ちょっと待て、海外へ行くなど初耳だ、とか。それは最早預かると言うより引き取ると言うべき規模だ、とか。文句は言いたかったが、日頃小生意気な口ばかりを利くミトスまでもが目に一杯涙を溜めて布を被ったケージを見詰める姿に、思わずユアンは了承してしまっていた。
 途方に暮れていたらしい姉と弟は青年へ非常に感謝して、「ユアンって本当にいい人」と口を揃えて言い。そしてフライトの時間に間に合わなくなるとかで、名残惜しみつつも大急ぎで空港へと向かった。
 それが、今からほんの数分前のことだ。


 盛大な溜め息をつきながら、ユアンは玄関扉の前に置かれたケージ抱えて部屋へ戻った。
 かつて犬を飼っていた彼のマンションは所謂ペット可であった。一人暮らしの淋しさに負けた、とでも言うべきだろうか。
 兎も角どう考えても大型犬が入っているであろう、やけに重たいケージを室内まで持って入って、ユアンはソファーに腰を下ろした。
 今日中に、マンションの管理人からペット飼育の届け出を貰って書いて、その後役場まで行って犬の登録を済ませなければならない。
 犬が落ち着くようにとケージに掛けてあった布の端を引っ掴むと。やや乱雑に取り払い中を覗いて──ユアンは絶叫した。


「これのどこが犬だ!」


「ちょっと、カーフェイさん! 煩いわよ!」
 叫んだ途端、けたたましくチャイムが鳴らされ、ドアが壊れるのではないかというほどの勢いで玄関扉が叩かれる。
 甲高い声と扉の軋む音にユアンは口元を引き攣らせつつ玄関へ向かうと、心中煩いのは貴様だとぼやきながらも、すいませんと謝った。


[終]

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後書き

現代人ユアンと犬クラトスな話を書こうと思って、没った代物。代物というか、色物?
出だしを書くのが妙に楽しかった。
ただ、
書き出すと長くなりそうだった+長編を書くなら他のもので=この話は没
という。


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