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ローズソーンの怪


「それじゃ、私はちょっと部屋に戻ってますから」
 おやつには冷蔵庫にシェパーズ・パイが入ってますからね。ニコッと笑みを残して、エイジャは地下の自室へと降りていってしまった。
 スキングラードのローズソーン邸。現在はとあるノルドの自宅となったその邸宅での生活は、実にのんびりとしていた。
 クヴァッチの事件以来、行動を共にするようになったノルドの男は、現在彼自身の部屋で大量の書籍と格闘中。エイジャはエイジャですることがあるとかで先ほど部屋に戻ってしまい、残されたマーティンは仕方なく一階の広間に置かれた本棚に手を伸ばした。
「普段読みもしないというのに、よくもこれだけ集めたものだね。全く」
 一度目を通したきり、本棚一杯に詰め込まれ放置された書籍の一冊を手にとる。『聖アレッシアの試練』。アカトシュとアレッシアの契約に纏わる物語の綴られた本である。聖堂等宗教関係施設では良く目にするこの本は、元司祭であるマーティンもまた何度となく目にしたことがあった。
 ここに置かれる本は当たり障りのないものばかりであると、マーティンは知っていた。二階の寝室にある書斎区画にはタムリエルの土地や文化についての書籍から、彼自身を知らない者が見ればデイドラ信者か死霊術師かと疑われるような本まで揃っている。暇な時にはどの本でも勝手に読んでいいと言われはしているものの、闇の一党の戒律を記した本を見つけた時には、流石に見てはいけない物を見たような気がした。
 彼自身には闇の一党と係わり合いを持つような、そういう何かしらの影のようなものは感じられない。それゆえにマーティンは取り敢えず、何処かで拾ってきたのだろうと思うことにしていた──事実彼は良く良く遺跡で書籍を拾って帰ることが多く、時には他人の日記を持って帰ってくることもあるのだ──。
 流石に屋敷へ入って直ぐの本棚へ、そんな本を置いておく訳にいかないのだろう、と家主のことを思う。自由気ままに、気の向くままに感覚で行動をすることの多い彼だが、以外にも気配りの心はあるのかも知れない。
 そうでなければ、メイドであるエイジャにでも叱られたのか。
(……その可能性の方が高いかもしれないな)
 容易に想像できてしまったノルドの叱られる姿に、ふと口の端を緩ませて。マーティンは赤いハードカバーの擦り切れた角をひと撫でして、ゆっくりと表紙を開いた。

 派手な音が上の階から響いてきたのは、丁度アカトシュがその心臓より燃え盛る竜の血を取り出したところであった。
 音に驚いたマーティンは本から顔を上げると、ひょこひょこ横に歩いて階段下から二階を見上げる。
「ス、スルト? 今すごい音がしたけど大丈夫かい?」
 彼の居る寝室は三階にある。ここからでは声も届くまい、と思いつつ一応声をかける。様子を見に行こうにも、家主からは危ないから片付くまでは寝室に近付かないようにと言い渡されていた。エイジャからも、同じく危険だからと言い含められてある。書籍を本棚に仕舞うだけの筈だというのに、一体何が危険だというのか疑問に思っていたが、この音を聞くに何かしら危険を感じずにはいられない。
「スルトー?」
 返事がない。破壊的ながらも生活音は聞こえていることに、一先ず怪我はなさそうだと判断をして、こんな暴力性を併せ持つ男だったろうかと意外に思う。
 それ程長い期間共にいたわけではないが、何かあっても、怒鳴ったり手を挙げたりすることはなかった。
(片付けを始めると性格が変わるタイプ、なのかな? 捨て魔だとか)
 そういうことなのかもしれない。
 うんうん、と一人で頷き、マーティンは本を閉じた。文字を追うのに集中しすぎて、すっかりと時間を過ぎてしまったが、エイジャから指定された三時はとうに回っていた。少し根を詰めすぎなのかもしれない。シェパーズ・パイを切って、持って行ってやろうと思い付いた。休憩させるにはいい口実になるだろう。
 寝室には、お茶をするには持ってこいの小さなテーブルも有ったはずだ。エイジャのシェパーズ・パイは最高だ、と笑って話していた青年の姿を思い出して、記憶に釣られるように笑みを零す。
 我ながら名案だ、と詰めすぎな程に本の詰められた本棚へ書籍を戻す。おやつには少々がっつりしすぎなチョイスのようにも思えるが、確かに彼女の作るシェパーズ・パイは本人が「自慢の」というだけあって絶品であった。
 力を込めなければ本の入りきらないような本棚はマーティンの押す力に前後へ揺れる。しかし、それとは別に、微細に震えるような振動を感じて、マーティンは「ん?」と本を押さえていた手を退けた。
 本が、微かに揺れている。
 棚を上下に素早く動くさまを目の当たりにして、マーティンは絶句した。何かを叫びそうな衝動に駆られ、しかし言葉が見付からずただただ口を開けて本を見詰める。振動は次第に大きくなり、他の本にも移るように本棚を揺らす。
 本が飛び出しそうに揺れを変えたその瞬間。マーティンは、あ、と我に返った。
「う、わ。ああああああ!?」
 いけない、と。本を押さえに伸ばした手も虚しく。『聖アレッシアの試練』は両隣の本を引き連れて飛び出し、均衡の崩れ去った後には、異様な程の混乱が破壊音と共に襲い掛かってきた。

「あれ、マーティンってば何してんの?」
 それ何ごっこ?
 素っ頓狂な言葉と共に救出されたのは二時間ほど後。二階の異常音がおさまった後であった。大量の本の中から掘り起こされ、支えられながらマーティンは起き上がる。
「スルト、この本棚は一体どうなっているんだい」
「あ、もしかして飛び出してきた? やっぱり詰め込みすぎなのかなあ」
 ごめんねえ。と笑うノルドにはやはり狂暴性や暴力性とは無縁の顔をしており。
 そうか、危ないというのは本棚のことだったのか、と、薄れゆく意識の中マーティンは悟った。


[幕切]



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