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ああ、窓が開いているのか。
そういえば、寝転がっているのに庭が見える。いくら歩いても全く景色を変えない不思議な庭が。
暫くの間、ぼんやりと庭を眺めて、梢に遊ぶ鳥を見るとも無しに見ていた。

(ああ、風が、吹いている)

ここの風はひやりとして心地良い。
いつも此ぐらいならばな、と考えて、夏侯惇はがばりと身を起こした。
どこだここは、ここは自宅ではない。
ここは──。

(張遼邸。)

慌てて起きた夏侯惇は、傍らで書簡に目を通す男に気付いた。
先程──寝ていた時とは打って変わって、きっちりとした服装を着ている邸の主に、夏侯惇は少し、だがはっきりと吹き出した。

「──ぶっ。くくくっ。」

肩を震わせて笑う夏侯惇に、邸の主──張遼はチラリと視線を向けただけで、すぐに書簡を戻した。
「目が覚めましたかな?」
夏侯将軍。と続ける張遼は、普段通りの鉄面皮だった。廊下で行き倒れるようにして寝ていたとはとても思えない表情だ。
と、以前ならば思っていただろう。

(だがなぁ、張遼。)

俺は残念ながら気付いてしまったんだよなあ。
意外とお前は子供っぽいのだ、と。
今のお前は只取り繕おうとしているだけなのだ、と。
目の前の男は、視線こそ書簡に向けているものの意識ははっきりと此方へ向いている。

「手が止まってるぞ。」
「……何か用があって来られたのでは?」

疑問を疑問で返して、はぐらかそうとするのさえも、今の夏侯惇にはツボにはまった。
再び、一瞬だけ視線を向けて来た張遼に、心中でガキだガキだと笑ってから、いやなにと口を開く。
今の張遼はさしずめ拗ねた子供か。

「涼を取りに来ただけだ。」

言葉に──おそらく取り繕いきれなかったのだろう──小首を傾げる張遼に、夏侯惇はとうとう爆笑した。

「雅陽、客人だ、酒を持って来い。」

張遼は、半ば自棄気味に使用人を呼ぶ。
すると、来たときに案内をした使用人とは別の、長身の男が盆に杯を二つ載せてやって来た。
「おや、御主。楽しそうで宜しいですね。」


ああ、孟徳よ。
今の此の状況をお前に見せてやりたい。
今の此の張遼をお前に見せてやりたい。

いや、もう寧ろ。


(明日、官衙で皆に言い触らしてやろう。)

そう決めて、手渡された杯を煽る。
酷のある琥珀色の液体が、喉の奥をするりと流れていく。


笑い転げて暑い筈なのに。
不思議と、今は暑さを感じなかった。



[幕切]


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