■muso | ナノ
家の中


*現パロですぞ、御注意召されよ。


 ぎしり、と軋む床の音に、夏侯惇はひやりとした。汗が滲むのは夏の、閉めきった室内独特の。むっとした空気のせいばかりではない、と一人自覚して、右手に持っていた懐中電灯を握り直した。何の塗装もされていない金属製の持ち手がじっとりと汗で濡れて滑る。嫌な汗だった。一度左手に持ち替えて、掌を拭うべきかと考えたが、しかし実行には移さなかった。
 真夜中、十二時を三十分ほど回っていた。荒れ果てた室内は、長く誰も踏み入っていない廃屋独特の、埃と黴の臭いが充満している。酸いような、苦いような何とも例えようのない臭いである。
 電灯の小さな明かりの輪は忙しなく左右に振られ、時折足元を照らしては、目の高さに戻ってくる。伸びた影が揺れる明かりに応じて動く。夏侯惇は、扉付近に立ち尽くしたまま、次の一歩を踏み出せない己に軽く舌打ちした。
 内装からして、リビングルームのようだと思った。荒れてはいるものの、家具の類は殆どが置きっぱなしとなっており、この部屋がかつてこの家に住んでいた家族にとってどういった役割を果たしていたかは容易に伺えた。
 扉から見て左手の壁際に壊れたテレビボード。割れた分厚いガラス製のテーブルの天板──だろう恐らく──を挟んで、ボードの向かい側にはひっくり返り、中身の飛び出たソファーの残骸があった。部屋の右手奥に置かれたシェルフ。その手前には枠と足だけになったテーブル。部屋の隅には粉々に割れた鉢植え。広い室内のそこ此処に散らばる、元々がなにであったのか想像もつかない木片。蹴り破られ、スプレー缶で落書きのされた壁は、すっかり汚れ塗装もはげていた。
 汗で張り付いたジーンズに、動き辛さを感じ取りつつ、一歩を踏み出す。くっとTシャツの端が引かれて、夏侯惇は悲鳴を上げかけた。喉まで出かかった声をすんでのところで飲み込んで、孟徳、と窘める。背後で固まっている従兄に視線を投げかければ、従兄は引き攣った顔をして此方を見ていた。
「どうした、孟徳?」
「とととととおととととと惇、さっきからなんか音しない?」
 音、と言われて、夏侯惇は息を潜めて耳を済ませた。
 ジージーという蝉の鳴き声、微かに外から漏れる風の音。いつもよりも速い拍動が、鼓膜の奥に鳴り響く。庇うように後ろへ連れた従兄の妙に荒い呼吸。それに紛れるように、従兄とは別の、ゆっくりと落ち着いた息が、耳についた。
「孟徳ッ!」
「えっ?」
 思わず悲鳴を上げかけた夏侯惇は、従兄の腕を引き掴み、自分の方へ引っ張るとともに、懐中電灯の白い光を呼気のあるほうへと差し向けた。
 と、そこへは白い面に見事な八髭の男が何食わぬ顔をして──
「如何なさいましたかなあああああああああ!」
「「っぎゃあああああああああああ!」」
 ──ゴッ。



──家の中に誰かの気配がする



「今度やったらぶっ殺すぞ」
「ととと惇、文遠動いてな、惇、文遠、惇んーー!」


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