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背後に


「最近な、どうも見張られているような気がするんだ」

心底嫌だ、といった声を出した夏侯惇に、卓子を挟んだ向かい側に座っていた張遼は一寸顔を上げ、一言「はあ、」と言った。
夏侯惇は張遼のやる気のない返事には気にもとめず、手近にあった椅子を掴むと背もたれを前に来るようにして、椅子に逆向きに腰掛ける。
長期戦に持ち込むつもりか、と夏侯惇の様子からひっそりと読み取った張遼は、手元の竹簡に目を通した。
脇には溜まりに溜まった簡策が山のように積まれて仕事を急かすかのように威圧感を醸し出している。

「実際に相手を見つけたわけではないんだがな」

「はあ」

背もたれに肘をつき、夏侯惇はぼんやりとつづける。
仕事に関しては厳しい彼が、張遼の仕事部屋まで足を運んで、あまつさえ珍しく書き物をしている張遼に私事の相談を持ちかけている。
これは相当に参っているのだろう。
判断して、張遼は夏侯惇の話に相槌を打った。
新しい竹簡を広げて、記述に目を通す。見れば、提出期限は一週間前に切れていた。

「いや、大分前からそんな気はしていたんだが」

最近では官衙内でも気配を感じるのだ。
余程の緊張感を感じていたのか、ため息とともに吐き出された声は、僅かに掠れていた。鼓膜を打つ低音にぞわりと鳥肌がたつ。

「よもや間者でも入ったか、とも思ったのだが」

「はあ」

「これが、どうもそうでもないようでな」

一体どうやって確認をとったのかと引っかかりはするものの、夏侯惇の話は其処に触れぬまま移り変わっていく、話の腰を折るのも躊躇われた張遼は黙って期日の切れていない簡策を探した。

「いつ頃からかと考えてみれば」

「はあ」

「官衙内で気配を感じるようになったのは、七日ほど前からか」

七日、という単語に張遼ははたと筆を止めた。

「いや、元讓殿。それは気のせいでは無かろうか」

顔を上げた張遼に、まさかまともな返事が返ってくるとは思っていなかったのか、夏侯惇が軽く眉間にシワを寄せた。
ふん、と真っ直ぐ突き刺さる視線を感じながら、張遼は筆を置く。

「その頃でしたら私がつけておりましたゆえ、他には誰も──」

「だから俺は貴様に止めいと言っとるんだ!!!」












──背後に
変態の気配あり



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