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真赤


 男が腕の包帯を解くと、今だ固まりきっていない鮮やかな赤が目に飛び込んできた。
 血が止まりきっていないのか、包帯にまで滲む鮮血へユアンは眉を潜めつつ、傷薬と痛み止めを混ぜ合わせた軟膏を新しい綿紗へと塗りたくる。
 傷口は酷いものだった。左前腕部のやや肘よりを斜めに大きく負傷している。切れ味の悪い刃物で力任せに引き斬ったような傷だった。
 水を張った桶の中で腕を洗い、清潔な布で水分を拭き取る。何度も押し当てるように男が腕を拭ったのを見届けてから、ユアンは手にしていた綿紗を手渡し、換わりに男の持っている布を受け取った。
「すまない」
 水分と血で僅かに重くなった布へ険しい顔をしたユアンへ、男は小さく謝罪した。
「何を謝っている」
 厳しい口調でユアンは問うた。
 男──クラトスの謝罪の意図を測りかねたわけではない。謝罪の理由を汲み取ったからこその詰問であった。
「防具もつけていない癖にマーテルを庇いに入ったことか、相手の凶器を止めるために腕を切らせたことか。或いは、犯人をミトスに斬らせたことをか」
 綿紗を押し当てたまま止まってしまった男の手を一瞥して、ユアンは持ったままだった布を桶の縁へ掛け、汚れていない包帯を手に取った。
「確かにお前の判断は間違っていた」
 包帯を簡単に巻いて綿紗の位置がずれないようにしてから、改めて包帯を八の字に巻いていく。
「殺す覚悟が無いものに剣など持せん方がいい」
 初めて人を斬ったミトスは動揺していた。姉に襲い掛かる暴漢を見て、意識してではなく反射的に剣を抜いたのかもしれない。与えた傷は浅いものだったが、自分の手で直接人間を斬ったことのない少年には、十分な衝撃だった。
 きっぱりと言い切ったユアンへ、クラトスは一度顔を上げた後、再び傷の辺りへ視線を戻した。
「ミトスはどうしている」
 ぽつりと呟く声に、ユアンは特に興味もなさそうに、マーテルのところだ、と言った。
 通りで突然暴れ始めた暴漢は、何を理由にか最初の標的としてマーテルを選んだのだ。
 幸い、というべきか男の狂気がマーテルへ届くことは無かった。
 視界の端で鈍く光ったナイフに気付いたクラトスが寸でのところで二人の間へ割って入った為である。彼女へ向かった凶刃を左腕で防ぎ、肉を切られるのもそのままにクラトスは左腕を捻って武器を持つ相手の腕を掴んだ。
 ミトスの一撃が男の左肩を捉えたのはその次の瞬間だった。
「魔術で切り裂くのも剣で切り裂くのも同じだ。にも拘らずかすり傷を与えた程度で動揺するとはな」
 ミトスは人を斬った感触からか身体を竦ませてしまい、明らかに異常な目をした男がそちらを見遣ると、ミトスは一気に怯えた顔をした。
 怪我を負った男は奇声と共に尋常ではない勢いで暴れ始め、しかしそれは三秒と持たなかった。
 男へ止めを刺したのはユアンであった。
「あの子にはまだ早かったのかもしれん」
「今までも人を傷つけたことならばある、魔術でだが」
 ようは自覚だ、とユアンは呟いた。
「手で直に人を傷つけて、漸く生き物の命を奪うということに自覚が湧いたのだろう。遅いぐらいだがな」
 巻き終わった包帯の端を二つに裂いて結ぶ。巻き終わった包帯の上へ手を置いたクラトスは返答するより先に、ありがとう、とユアンへ感謝を述べた。
「手間を掛けさせたな」
 クラトスがそういうと、ユアンは更に眉を寄せた。
「そう思うのならば、次はもっと上手くやれ。お前があの姉弟を庇うのと同じように、あの姉弟もお前が傷つくのを望んでいないのだ。私もな」
 あっさりと言い放ちユアンは水桶を手に取った。
 少し考えるように包帯の上から傷へ触れるクラトスを見下ろすと、ユアンは敢えて何も言わずに部屋を後にした。


[了]


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