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相互理解不可能という共有感情


 対峙した男は、何処か観察するように名乗りを上げたユアンを見ていた。
 背後では今回の戦の中心を務めた本軍がじりじりと撤退していく。
 指揮官はシルヴァラントでもそれなりに高名な将の三男だった。父親は部隊の動かし方や用い方というものを心得ていたが、息子はなるほど、逃げ方だけは教わったらしいとユアンは嘲笑する。
 三男坊は、アセリアで最速を誇るテセアラの騎士団による追撃を恐れ、捨て駒としてユアンの率いるハーフエルフ部隊を殿へつけて時間を稼ぐように命じたのだ。本隊を後方の戦線へ下げるまで、足止めとして部隊を残し、それらが殲滅されるまでに掛かる時間を利用する。ハーフエルフ部隊の他に殿へ布陣させられているのは、彼らと同じくシルヴァラントの従属国から差し出された徴集部隊のみであった。
 後備えが最も危険な任務であると理解しているのは結構だが、それ故に徴集部隊を置いていくのは頂けないとユアンは舌打ちをした。
 士気も錬度も低い徴集兵部隊はテセアラ軍とぶつかるや否や瓦解し、四散していく。
 交戦中の部隊は瞬く間にユアンの率いる隊のみとなり、それでも退却を許されない殿は囲まれるのを覚悟で敵軍へぶつかるより他ない。
「まだ抵抗するか」
 問うた男へ、ユアンは口の端を引き上げた。
 引けるはずも無い。仮に此処で己が務めを忘れ、許可無く退却命令を出せばユアンのみならず彼の麾下にあるハーフエルフ部隊の隊員たちや、彼らが残してきた家族もまた処分されるだろう。或いは故国や郷里を同じくするものへも累が及ぶやも知れない。敵は眼前にあるのみではないと、ユアンは骨身に染みて理解していた。
「殿軍に退却を促すつもりか? それとも黙って的になれとでもいうのか?」
 武器を構え、戦えと促せば。馬上の男は周囲を押さえるように右手を肩まで上げた。
 半歩下がって男へ追従していた騎兵が小さく、クラトス様、と咎めたのをユアンは聞き逃さなかった。
「お前たち以外の部隊は既に潰走した。降るというのであれば、お前たちをテセアラで受け入れよう」
「断る。シルヴァラントの次はテセアラの壁になれとでもいうつもりか?」
 笑えない冗談だとユアンは鼻で笑った。
「壁にされていると解っておりながら何故戦うのだ」
「生きるためだ」
 羇将といえど、シルヴァラントはユアンと彼の麾下のものたちを肉の壁程度にしか考えていない。
 ここで戦い、テセアラを退けることが出来たならば。或いは自分たちを見る目も変わるだろう。間違ってもハーフエルフの為に、ではない。
 ただ、己を信じ自らとその家族のために命を賭す者たちへ報いるためにも、ユアンは自らの立場や有用性を勝ち取らねばならなかった。
「生きるために、死地へ赴くのか」
 理解できないと言わんばかりの口ぶりだった。
「私にはハーフエルフへ降れという貴様の方が理解できんがな」
 そうか、と呟いた男へ、ユアンは返事を返さないまま、これ以上の話は無駄だと示すように武器を示した。男が馬を降り、腰へ佩いていた剣を抜く。その隙の無い動作へ、ユアンは息を潜めるに近いほど静かに呼吸し、男が名乗りを上げるのを待った。
「テセアラ騎士団所属、クラトス・アウリオンだ」


[了]


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