路地裏の雨
髪を伝う滴に、色はなかった。
雨だれの音が聞こえる、梅雨の月。宿の裏口から飛び出した少年は、温い雨粒に打たれながら、立ち尽くしていた。生臭い雨風が頬を撫でて過ぎ去ってゆく。何処をどう走ったのかなど、とうに解らなくなっていた。一人だった。自分でもわけが分からなくなるほど走った。些細な口論の結果が、孤独感だった。雨に打たれて肌にまとわりつく服は、妙に重く感じる。煉瓦敷きの表通りとは違い、土のむき出しになった路地裏は、ツンと雨降りに感じる独特のすえたような鼻をつく臭いが充満していた。
「……ミトス」
水たまりを叩く軽やかな音と、低い掠れたような声。雨音を縫うようにして聞こえた声は、ただ静かに、帰ろう、とだけ告げた。
「ごめん」
謝罪するミトスに何も言わず、ゆっくりと濡れた金糸を撫でる手のひらは、雨の中ずっと自分を探してくれていたのか随分と冷えており、ミトスはもう一度、ごめんなさい、と呟いた。
[幕切]