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蜃気楼


「まるで逃げ水ね」
 ぱしり、暖炉の火が渇いた音を立てて爆ぜる。
「にげみず?」
 繰り返し、眉を寄せるロイドにリフィルは下位蜃気楼の一種よ、と教えた。常冬のフラノールは夜になれば一層寒さが厳しくなる。ロイドたちは完全に日が暮れてしまう前に宿を取っていた。
「夏の風物詩なのだけれど、晴れの日に道路や草原で水溜まりが見られることがあるわ」
「雨上がりとかじゃなくて?」
 不思議そうに聞くロイドに、リフィルはそれでは逃げ水にならないのよ、と指摘する。
「そこにあるように見えるのに、近寄ると逃げる」
「水溜まりが?」
「そう見えるってだけさ」
 本当に水が逃げるわけ無いじゃない。
 両手を広げて得意そうにリフィルの後を繋ぐジーニアスに、水だったんじゃないのかとロイドは首を傾げる。ジーニアスは年上の幼なじみに呆れ顔を向けると、姉さんもさっき言ってたじゃない、と口を開いた。
「逃げ水っていうのは蜃気楼の一種で──」
 そこに居るのに、近付けば逃げる。
 居るように見えるのに、本当はそこに居ない。
 水に見えるのに、その本質はただの空気の屈折率の変化による気象現象。
 直接には見えないところにしか、真実はない。
「本当に、逃げ水だわ」
 何が? とこちらに視線を投げ掛ける生徒と弟に、リフィルは首を振って脳裏に浮かんだ赤鳶色の髪をした男を追い払うと、笑って、何でもないのよ、と告げた。


[幕切]


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