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only a word


 今まで黙っていて、ごめんなさい。
「騙すつもりじゃあ、無かったんだけど」
 綺麗に磨かれた城の床を見詰めたまま、少年は謝罪の言葉を口にした。押し黙ったまま、何の反応も示さない騎士の顔を見るのが恐ろしく、視線を上げることが出来ない。親切にしてくれていた男に、自らの種族を伝えるのが怖かった。種族を告げた瞬間、それまでの態度が嘘であったかのように冷たくされる事は、今まで何度も経験してきた。それ故に、男に自分と姉が狭間の者であると告げられなかったのである。
 部屋の戸の真向かいに設けられた大きな窓から降り注ぐ強い日差しが、弁解を責めるかのごとく容赦なく少年の背中を刺す。正面に伸びる影。逆光になった少年の顔は表情もあいまって余計に暗く見えた。
 沈黙は長かった。国王との謁見が許されるまで待つようにと通された室内で、椅子に座った少年は視線をさ迷わせていた。同じく向かいに置かれた椅子に腰掛けていた姉が、不安そうに碧眼を揺らしてミトスを見詰めてくるのが解った。
 やはり黙っておくわけにはいかないと、言い出したのは姉のマーテルであった。騎士の計らいでテセアラ国王との面会は許されたものの、姉弟は今だ騎士に自分達の種族について話したことが無かった。狭間の者が、国王に謁見を許されるなど前代未聞のことである。しかし、それも騎士が彼らの種族を知らなかったからこそ叶ったのではないかとの思いがあった。黙ったままでいれば気付かれずに済むかも知れない、しかし、仮に種族がばれてしまえばどうなるのか。姉弟は勿論のこと、騎士も無事では済まないかもしれない。引き返させるかどうか、話しておいた方がいいと、二人で相談をしたのは昨晩のことであった。
「聞かれなかったから、つい居心地がよくて」
 いつかは話さないといけないと思ってはいたんだけど。
「今まで黙ってて、本当にごめんなさい」
 こんなに、急になってしまって。
 騎士は、何も言わない。恐る恐る上げた視界には、最後に見た時と寸分の違いもなく、壁際に沿うように真っ直ぐ立つ騎士の姿があった。長い前髪から覗く赤い眼は、特に何の感情も映すことなく静かに少年へと注がれている。元来表情の乏しい男である。姉弟の告白を受けて一体何を考えているのか、少年には全く読めず、今はそれが何よりも恐ろしく思えた。
 高い位置から斜めに入ってくる陽は、広い室内全体にまでは行き渡らず、壁を斜めに切りながら部屋の中程までを照らし出している。騎士の白い軍靴は光を拒むかのように、日差しの丁度切れ間に置かれていた。騎士の足元に通る光と影のくっきりとしたコントラストが二人の間にある境界線のようにも思えて、ミトスは一層気が重く感じた。
 控え目なノックの後に、この部屋に通されてから一度も動くことの無かった扉が開かれた。一礼してゆっくりと顔を上げた女性は薄い緑色の制服を着ていた。
「謁見の準備が整いました。どうぞ、こちらへ」
 頷いた男に女性はもう一度礼をして、室内には一歩も入らぬまま戸の前から姿を消した。その後に続くように、騎士が壁際から離れる。少年は、立ち上がらなかった。やや椅子を引いた状態で、姉が戸惑うように、しかし心中を察してくれているのか、何も言わず座ったまま少年を見詰めている。
 戸の前まで歩いたところで、男は立ち止まった。ほんの少しだけ、振り返らない程度に首を左に──少年達のいる方へ振る。
「……それが、一体なんだと言うのだ」
 低い男の声だった。たった一言、ぽつりと静かな声音でそう言うと、男は立ち止まる前と変わらぬ足取りで先程の女性と同じように戸の向こうへと去っていった。
 後に残された少年は、騎士が出ていった扉を暫し見詰めて、それからゆるゆると姉の姿を確認した。いつも以上に穏やかな笑みを浮かべた姉は、ミトスが己の方を見遣るのを待ってからしっかりと頷いて見せる。そのさまにミトスは頷き返して、跳ねるように椅子から立ち上がると、勢いよく駆け出した。
 扉を出たところで待っているであろう騎士をそれ以上待たせないために。


[幕切]



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