トイレットペーパーがない
旅をしていればこういったことは間々有る。
ユアンは冷たい便座に腰を下ろしたまま、じっと黙りこくっていた。空気の停滞した狭いトイレの中で気配を殺して外の様子を伺う。クラトスと相部屋であるはずの室内からは賑やかな少年の声と、控え目な笑い声が聞こえてくる。気配は二つだけだが、ミトスの話口調からしてクラトスも部屋に居ることは居るのだろう。
「ユアンってば何処に行ったんだろう」
折角姉様が来たっていうのにさあ。
むくれたような弟の言いように、マーテルがやんわりと宥める。
姉弟のそんな様子を黙って見ていたらしい同室の男は、生憎とユアンが急な腹痛により部屋のトイレに駆け込んだことなど知るよしもなく。
「まあ、戻るまで待っていればよかろう」
ユアンにとって都合の悪い台詞を吐いて退けた。
部屋に戻りたいのは山々だが、まさか尻も拭かずに下着及びズボンを穿くわけにもいかず。かといってマーテルの居る前で下着をずらしたまま助けを求めることなど出来ず。
頼む、帰ってくれ。
でなければ、クラトスに頼んで紙を取りに行って貰うことすら出来やしない。ユアンは徐々に渇いていく尻の感覚に、ひっそりと頭を抱えた。
[幕切]