■tos | ナノ
自分目掛けて行列を成す蟻


「かなり虫が寄ってくるな」
 ファンダリアの花の蜜は特別甘い香りがする。
 その香りは虫を寄せるらしく、少し前からユアンはしきりに手を振っては虫をおっていた。顔をしかめて蜜を集めた小瓶を見詰めるユアンに、マーテルは困ったように笑った。
「でもね、ユアン。その香りの元になっている成分が、オゼット風邪を治すのよ?」
 だから、少しだけ我慢してね。
 ね、と繰り返す想い人に文句など言える筈もなく。ユアンはああ、と頷くと瓶を大事に持ち直した。
 蓋を閉めていても僅かに洩れる甘い香りはクラクラと鼻につく。決してしつこい匂いではないが、流れでる甘やかな香りは瓶の持ち主を包むように広がっていた。
 ああ、蟻までもこの匂いに釣られて来たのか。
 自然と下りていた視界には自分に向かって行列を作る蟻が映った。列を成した蟻の意外な大きさに、ユアンは僅かに驚く。甘い匂いにゆらゆらと視界が廻った。
「それから、ユアン。香りの成分には薬効が有るんだからあんまり吸わないようにね」
 薬あたりしたら大変だから。
 姉の受け売りを得意そうに教えてくるミトスの声は、
「ユアン!?」
 随分と上の方で聞こえた。

[幕切]


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