自分目掛けて行列を成す蟻
「かなり虫が寄ってくるな」
ファンダリアの花の蜜は特別甘い香りがする。
その香りは虫を寄せるらしく、少し前からユアンはしきりに手を振っては虫をおっていた。顔をしかめて蜜を集めた小瓶を見詰めるユアンに、マーテルは困ったように笑った。
「でもね、ユアン。その香りの元になっている成分が、オゼット風邪を治すのよ?」
だから、少しだけ我慢してね。
ね、と繰り返す想い人に文句など言える筈もなく。ユアンはああ、と頷くと瓶を大事に持ち直した。
蓋を閉めていても僅かに洩れる甘い香りはクラクラと鼻につく。決してしつこい匂いではないが、流れでる甘やかな香りは瓶の持ち主を包むように広がっていた。
ああ、蟻までもこの匂いに釣られて来たのか。
自然と下りていた視界には自分に向かって行列を作る蟻が映った。列を成した蟻の意外な大きさに、ユアンは僅かに驚く。甘い匂いにゆらゆらと視界が廻った。
「それから、ユアン。香りの成分には薬効が有るんだからあんまり吸わないようにね」
薬あたりしたら大変だから。
姉の受け売りを得意そうに教えてくるミトスの声は、
「ユアン!?」
随分と上の方で聞こえた。
[幕切]