■tos | ナノ
流れたものは、零れたものは


 小さく空気が揺れて、視界の端で倒れたのはマーテルだった。
 背後まで迫っていた人間たちの間から歓声が上がる。それとは別のごく近しい場所からは、ほんの小さく。しかし悲痛な悲鳴が上がった。
「クラトス、姉様が!」
「許さんぞ、人間……」
 ミトスの言葉に我にかえり、崩れ落ちたマーテルの傍らへと膝を着いた。彼女の恋人にも、小さな盟主にも癒しの術は使えない。
 誰一人気づかなかった密かな気配に、マーテルは気づいたのだろうか。ミトスが契約の剣を解き放ち、今まさに彗星デリス・カーラーンの力を借りんとしたその時。皆が先頭に立つミトスを見つめる中、ミトスの真後ろに立っていたマーテルはふいに振り返った。
 クラトスはマーテルを抱えると矢に触れないように服を寛げた。胸から背中へ深くまで突き立ったそれは、致命傷であることは容易に知れた。抜けば出血が止まらなくなる可能性も高い。かといって抜かなければ何もせずに彼女の命が失われていくさまをただ見ているしかない。
 風に揺れる緑髪が、零れるように倒れる姿を、マーテルの斜め後ろに立っていたクラトスは呆然と見ていた。怒りよりも寧ろ、なぜ今なのかと、そういった思いのほうが強かった。
 クラトスは早鐘を打つ心臓を深呼吸をして落ち着かせると、胸に突き立った矢に手を掛け、詠唱を先に済ませてから一息に矢を抜き取った。多量の血液が溢れ出る。
 その間にも迫りくる人間たちに対して、怒りに燃えた青髪の同志は、手加減すらなく空気中のマナを練り上げて魔術を放つ。本来以上の力を要求された雷の精霊たちが発動した魔術に力を絞りとられ、駆ける電撃の中に弾けるようにして消えてゆく。標的にされた人間たちは、断末魔とともに己が愚かさの報いを受けた。
「姉様、姉様」
 クラトスに抱えられたままのマーテルに縋り付くようにして座り込んだミトスは、ひたすらに姉を呼んでいる。怒りに任せて繰り出されるユアンの魔術が幾度も視界を白く塗り潰した。その度に鮮明に浮かび上がる彼女の体から流れ落ちる液体は、
 赤い生命の色をしていた。


[幕切]


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