■tos | ナノ



 小さな手だった。
 枯れそうな大樹の根元を深い赤色で染め上げて、西日に照らされた白い頬は彼のものではない血で汚れていた。嵌めていた手袋を外して濡れた頬へ右手を伸ばすと、親指の腹で強く拭う。ギュッと撫でると、血はかえって広がり、少年の顔を汚した。
 神妙な顔をしたクラトスにミトスは軽く首を傾げて、擽ったそうに笑う。頬の汚れを気にするでもなく、騎士の手の甲に己の手を重ねる。細く白い見た目とは裏腹に硬く力強い、剣を持つものの手であった。
 ねえ、と呟いた少年は、熱に浮されたように、瞳をさ迷わせた。
 神聖な大樹の森であったそこは、今や焦土と化していた。肉の焦げた臭いと、鉄の焼ける臭い。そこ此処に炭の塊の如く丸く縮こまった死骸が転がり、辺り一体は異様な臭気に包まれていた。動くものは、全て討った。パチパチと火の爆ぜる音のみが、鼓膜を揺らすことを許されていた。
 ねえ、と繰り返した少年は、徐々に引いていく熱に、先程とは打って変わったように、落ち着いた声を漏らした。頬に寄せられた、己のそれよりも一回り大きな騎士の手を、重ねた左手で、震えるほどに強く掴んだ。
「終わりだよ」
 クラトス。終結を宣告する声は、記憶の中のどの呼び声よりも支配者然としていた。自身の右腕にもたれ掛かったまま動かない姉の、閉じられた瞼の上にそっと唇を寄せる。固く閉じられた瞳は、しかし今にも押し上げられて艶やかな緑の瞳を覗かせるのではないかと思えた。血に濡れてさえいなければ、ただ、眠っているようにしか見えない。
 終わったんだ。と告げる少年は、強張った左手をゆっくりと開いて握ったままだった騎士の手を離すと、静かに姉を抱きしめた。小さな背中を丸めて、転がる死体と同じように縮こまる。その場に膝をついたまま、一歩たりとも動くことなく一個隊を殲滅した少年は、今は細い肩をただ震わせていた。呟きほどの小さな声で一度だけ姉を呼んだきり俯いたまま沈黙する少年に、掛ける声を、慰める手を、騎士は持たない。
 先程まで感じていた手の平の温もりをこれ以上失うことのないように願い、騎士はそっと、右手を握りしめた。
 引き金を引いたのは、己と同じ手であった。


[幕切]



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