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烈日輝きたる、この良き日に


 二頭立ての竜車に揺られながら、男は活気に溢れる街並を車窓から眺めていた。三十も半ばを過ぎているか、男は炎へ濃い蜂蜜を混ぜたような独特の、光沢のある赤毛をしていた。
 見事に晴れた青天の下。石畳の敷かれた本通りはあちこちへ国旗が掲げられ、人々の表情は久々の祝い事に明るく陽気である。
 通りの両脇に集まった人々へ、男は穏やかに手を掲げ、歓喜する民衆をゆっくりと眺めた。長引く戦争は、民に疲弊しか与えない。だが、祝賀に沸く人々の。この、なんと生き生きとしたことか。瞳を輝かせて、あるものは腕を掲げて、あるものは天を仰いで、賑賑しくも皆喜びに満ちている。ただそれだけでも、これから自分が会うであろう方が、特別な存在であると解る。
 男は、口元を緩めると、髪と同じ色をした目を、くしゃりと細めた。

「アケルージア公!」
 王宮へ着くなり早々に通されたのは謁見の間ではなく、王の私室であった。そわそわと落ち着きの無い様子で声を上げた国王へ密かに笑いを零すと、男は軽く礼をした。
「陛下、長らくご無沙汰をしておりました」
 長々と挨拶の文言を述べようとすれば、王はそれはもう良いとばかりに手を振るって、ついでに控えていた家臣へと何やら伝えると、直ぐさま男へと向き直った。数歩の距離を足早に縮めると軽く手をとり、公、ともう一度呼ぶ。
「公! 産まれたのだ、息子だと!」
 興奮した様子で告げる王に、男は頷いた。
「ええ。ええ、陛下。領地にて第一子がお産まれになられたと報を頂きました。おめでとうございます」
 言祝ぐ男へ、王は、嗚呼、と感極まったように声を漏らすと握った手を己の額へと持ち上げ押し当てた。
 長く、子を授かることのなかった王の金髪へは、僅かに白髪も混じっている。血を絶やさぬのも役目である筈の国王は、周囲から責っ付かれ、一度はそんな状況へ耐え兼ねた細君に実家へと帰られたこともあったと聞く。
 苦笑した男へ、王は手を下ろすと、今更のようにはにかんだ笑みを見せた。
「アケルージア公。実は貴方に頼みたいことがあって、お呼びしたのだ」
 その旨も、書簡へは記されてあった。しかし、男は改めて口を開いた王へ、穏やかに笑む。
「私めに出来ることとあらば、何なりと。陛下」
 軽く、控えめなノック音が室内へ響いた。途端、パッと顔を上げた王が、入れ、と扉へ声を掛ける。
 失礼致します、と女官らしき女性の声がして、扉は開かれた。左右で戸を抑える女官が二人。そして大切そうに布の塊を抱える女性が一人と、その後ろへ女官がもう一人。
 布の塊を抱えた女性は、軽く膝を曲げて簡略化された礼をとると、王の傍までゆっくりと寄った。
「息子だ。公、貴方にこの子のノノスとなって欲しいのだ」
 乳母らしき女の抱える布の塊を手で示す王に、男は畏まる。
「慎んで、お受け致しましょう」
 布の塊を驚かせぬように覗き込めば、そこへは確かに、王の血を継ぐものとして生まれてきた赤子が眠っていた。頭部に僅かに生えている髪は王と同じく細い金髪である。今はしっかと目を閉ざして眠ってはいるが、恐らくこの瞼を開けば、夏晴れよりも深い青の目が待ち受けているのだろう。
「そうか、受けてくれるか」
 息子を起こさないようにだろう、控えめな声だった。王の様子へ、男はゆったりと頷くと、やはり控えめに笑う。
「書簡でお話を頂きました時より、太子に相応しい名を、と考えておりました」
 書簡には、子が産まれたことと共に、子の後見として名を与えてやって欲しいとの旨が記されていた。シルヴァラントとの国境へある領地より、わざわざ王都まで出て来たのは、その為であった。
「実はもう、決まっておるのです」
 なんと、と驚く王へ。男は、だが子供を見て己の用意した名前が間違っていないであろうことを確信していた。
「ヘリオス、と」
「ヘリオス」
 口に馴染ませるように小さく名を繰り返した王へ、男は赤子を見た。
「アケルージアの言葉で空にありて地上の全てを見るもの≠ニいう意味です」
 太陽の名を冠した小さな子供は、穏やかに寝息立てて、時折じたじたと手足を振るっている。この子供は、何れは王となるべくして産まれた存在だ。ほんのまだ小さな存在では有るが、この世に生を受けたその瞬間から、他の誰でも無い民衆よりその承認を得ている。
「ヘリオス。良い名だ、公」
 満足したように頷いた王へ、オケアニデスの長は振り返ると、にっこりと微笑んだ。

 テセアラ国王ヘリオスは、現アケルージア公ステュクスの祖父より名を授けられた。その名は天より地の全てを見るもの≠意味し、初陣を迎えてからは幾度となくテセアラを勝利へと導いたとされる。王太子時代を戦場で駆けて過ごしたヘリオス王は、王位を継いで後、共に戦場を駆け抜けた砂漠の傭兵部隊を騎士団所属の騎馬隊として迎え入れた。


[幕切]


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