手作りという恐怖
「で」
本来ならば喜ばしいはずの申し出によって齎されたものは、嫌悪に等しい──否、もしかすれば憎悪に近いのかもしれない。──とにかく凄まじく心に宜しくない感情だった。
クラトスは、一先ず手元の本──サイバックの研究所から持ち出した貴重な魔術理論書を閉じて、不快の元である、ユアンに向き直った。
当のユアンは、所在なさ気に視線をさ迷わせたまま、この部屋に入ってきた時と同じ格好で同じ場所に突っ立っていた。はっきり言って、気色悪い。そっと目を逸らしてクラトスは見なかったことにした。
「どういってほしいのだ、ユアンよ」
私もだ、とでも言えば満足か。
鼻で笑うように言い棄てれば、ユアンは、なっ、と顔を上げて睨みつけてくる。
「誰も、そのようなものなど求めていない!」
態度がそういっている、とは流石に言わなかった。
指摘をすれば、よりいっそう気色の悪くなったこの男を見なければならなくなるだろう。それだけは、避けたかった。
「では、どうすればいいのだ」
「だ、だから」
「言わねばわからぬ」
追い詰めれば、ユアンは頬を紅潮させ半ば苛立ったかのように、しかしもどかしいかのように語気を荒げると、
「解っている!」
最後まで言わせろ! と言って真っ直ぐに見詰めてくる。エルフの血が入っているらしい端正な顔立ちは、しかし、ミトスのように少女然としたはかなさは持ち合わせていない。人の血が少なからず入っていることは、彼の耳が丸いことで示されている。先の言葉以降、まったくもって逸らされることのない目は、青かった。空の青、というには深すぎる。だが、海の青、というには澄みすぎている。
視線を送られるままに受け取り、返すことで先を促せば、苦し紛れに下唇を噛む姿が目に映る。僅かに香ばしいような香りが閉められたドアの隙間を縫って入り込んできて、残された時間が少ないことを知らせる。
もう直にミトスかマーテルが、この部屋の戸を叩きに来るだろう。
戸を背にしていたユアンもその匂いに気付いたのか、覚悟を決めたようだった。噛み締めて赤くなっていた唇を開き、一歩、踏み出して来る。
──と。
パタパタと走る音がして、軽く戸がノックされる。
「クラトス? 姉様がご飯だってさ」
「ああ、解った。今行こう、ユアンにも伝えておく」
「そう? じゃあ僕、姉様の手伝いに戻るね」
軽い体が床を蹴り駆けてゆく音がする。徐々に小さくなっていく音にクラトスは仲の良い二人の姉弟の笑顔を見た気がした。
「腹を括るのだな、ユアン」
逃げの外食など、許されぬ。
マーテルの手料理から逃げる気だったのだろう、と指摘すれば、ユアンは、ぐう、と詰まってうなだれた。
マーテルの食事は、酷い。しかし、士官学校や戦場で、もっと酷いものも食べたことのあるクラトスからすれば、言う程酷い代物とは思わなかった。
だが、ユアンには堪えられなかったらしい。ユアンを仲間に引き入れて一ヶ月。食事は作れないが味には煩い。本当に迫害されてきたのかと問いただしたくなるような文句の多さに、後ろ頭を叩きたくなったこともしばしば。最も、それは偏見なのかも知れないのだが。
「だが、」
幾分言いにくそうに口にされた言葉に、クラトスは思わず手が出ていた。
「食えたものではな──!」
がつん!
クラトスー、ユアーン。
呼び声に、今行こう、と声を返して。
「行くぞ、ユアン」
一声かけるなりクラトスは、頭を抑えてうずくまるユアンの首根っこを掴んだ。そのまま、首が絞まるのも構わず、マーテルとミトスの待つ食卓まで、文字通り引き擦って連れていったのであった。
[幕切]