言い訳せねば愛せない
*2011年Halloween記念SS
*11/10/31フリー配布終了
「知っているか」
クラトス、と名を呼ばう男は、挑発的な目をしていた。
デスクに片手をつき、椅子へ座ったままの青年へ、覆いかぶさるように身を寄せ、ユアンは上体を屈めた。その背には薄い紫色をした羽が広げられている。
似合わない紫の羽を広げたまま、間近で口を開いた男は、椅子の背もたれへ身体を押し付けてやや逃げ腰となった青年へと、不適に笑ってみせた。
「ハロウィンは、悪霊や妖精が現れて悪さをする日だ、と言われている」
空いた手を伸ばし、ユアンは指先でクラトスの強張った口元を撫でる。
「仮装をするのは、己の正体を隠し。別のものとなる効果があるからだ、と言われている」
そうして、悪しきものの目をごまかすのだな。
言葉を切ったユアンは、不意に真剣な眼差しを見せた。常にない状況の中、ただ一つ。少し寄った彼の眉根は、常を思わせ、奇妙な違和感となってクラトスの視界に映った。
「羽を出せ、クラトス」
頬に添えられた硬い手は、合わせられた視線が寸分たりとも逃げるのを許さない。
「そうすればお前は、何者でもない」
常と同じように命令するような言葉使いではあるものの、何処か懇願の色を匂わせる声音は、奇妙に耳へ留まった。
「ただのシー。妖精だ」
返事も、羽を出すのすら待たず、世界から覆い隠すように──或いは世界を青年から隠すように──背中へ回された二本の腕へ。クラトスは静かに瞑目した。
[幕切]