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レリック


 さよさよと、風に擦れる梢の音。聖地と呼ばわれし森を包む静けさよ。
 煙るような濃い緑は天上を覆い、僅かな隙間から光を零す。下生えへ踊る陽光を、目元を笑ませて見詰めた女性は、重さを感じさせぬ軽やかな動きで大樹の下へと寄り添った。決して草花を踏み折らず、木の根に重みを掛けることも無いその足取りは、現実味を帯びない。
 髪に揺れる若葉の髪飾りを撫で付け、女性は懐かしさを帯びた眼差しで大樹を見上げた。
「また、二人になってしまったわね」
 ぽつりと、己よりも長く生き、そして己よりも早くに逝ってしまった弟の──今はもう自身の弟、とは呼べないのだけれど──名を呼ぶ。
 そう、と掌を木の表面に押し当てて、気のせいとも思えるほどに微かな温もりを感じ取る。
(数千年の長きにわたり、彼女と共に在った仲間たちは皆居なくなってしまった)
 大いなる実りとの同調を強いられ続けた魂は、既に木と分離するのは難しく。タバサに受け入れられてから、大樹と共にこの星を見守ろうと決め、そして同時に何れ訪れるであろう未来への覚悟を決めた、つもりであった。
 ただ、それでも。そうであろうとも。
(私の、ヒトであった部分が、泣いている)
 古い旅の仲間たちの内、彼女の弟は純粋なまでに理想を追い求めた末に果て、一人はエルフの郷里と呼ばれた惑星と共に去り戻ることはなかった。最後まで傍に在ろうとしてくれた護り人もまた、今朝方過ぎし者となった。
(ついに、最後の一人となってしまった)
 彼女とその弟の姓を冠する大樹へと添えていた手の甲へ、額を押し当てて。かつて人であった大樹の精霊は、その過去を恋しがるように、静かに瞑目したのだった。


[幕切]


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